第5話 尚官司

 黄玉に連れられて、鈴綾は後宮内を歩いていく。

 尚官司が置かれているのは、青龍殿せいりゅうでんという建物だ。青龍殿は華絢宮の中でも東側に位置しており、裏門のある南側からは比較的近い場所にあった。

 その名の示す通り、玉黄と共に到着した青龍殿の外観はどこまでも青い。空の青と海の青、その全てを表現したような雄大さを感じる建物だ。

 黄玉に続いて青龍殿へ入ると、そのまま奥へと一直線。そこから何度か通路を曲がって、扉の前で立ち止まる。


長官、関玉黄にございます。新入りの女官をお連れ致しました」

「……お入りなさい」


 扉の向こうから、厳しい印象を受ける女性の声が返ってきた。

 それを合図に黄玉が扉を開け、二人が入室する。

 室内で待っていたのは、鈴綾より一回りは歳上であろう女性だった。先程の声から受けた印象通り、仕事に厳しそうな真面目な人のようだ。そのうえ、かなりの美人である。

 纏う襦裙の色は紺色。六色十二階で上から二番目に第二級であり、その中でも上位である大仁にある人物であるらしい。第四級の黄の大信である鈴綾とは、十二階で四段も離れた上位階級だ。

 加えて龍琰の話が事実なら、彼女は右丞相の娘でもある。右丞相であれば大将軍である父の銀魄と同じく、最上位の紫の襦裙を許された地位の血族だ。そんな彼女が自力で登り詰めた青の襦裙も、彼女が相当の実力を持った女官である裏付けとなる。

 何故ならば青の襦裙とは、女性が個人の実力で成り上がる事の出来る、最高峰の位置付けとされているからだ。

 桃香の婚礼の儀で鈴綾が紫の襦裙を着たのは、あくまでも大将軍である銀魄の代理であった為だ。女として生まれたからには、あれは本来宮中で身に纏うはずの無い色だった。

 ……彼女も男として生を受けていれば、もっと上の地位に立てていたのだろうか。

 引き締めた表情の裏で、鈴綾が女官長と自身の立場を重ねていたその時だ。


「貴女が白鈴玲ですね。粗方の事情は陸太師より伺っております。私は本日より貴女が配属された尚官司長官、李桂英けいえいと申します」

「宜しくお願い致します、李長官」

「ええ、こちらこそ宜しくお願い致します」


 そう言うと、李桂英は執務机の上に置かれていた、細長い小箱を手に取った。


「早速ですが、尚官司女官として貴女にこちらをお渡しします」


 桂英が小箱の蓋を開け、鈴綾に中身がよく見えるように差し出した。一歩後ろに下がっていた玉黄も、ちらりとそれを眺めている。

 小箱の中にあったのは、小さな金の花飾りが付いたかんざしだった。悪目立ちしない程度に揺れる金色の小花には、どこかで見覚えがある。


「この簪は、尚官司女官が身に付ける身分証の役割を果たします。金の小花は、後宮を纏める尚官司女官にのみ与えられる名誉ある意匠です。紛失したり壊したりしないよう、気を付けて扱うのですよ」

「承知致しました」

「本来、これは陛下より賜るべき品なのですが……今回は特例です。玉黄、貴女もこの件に関しては無闇に拡める事の無いようになさい。良いですね?」

「はいっ、御意にございます!」


 簪を受け取った鈴綾は、玉黄の手を借りて三つ編みを後頭部でくるりと一纏めにし、小花の簪を髪に挿した。

 これで名実ともに、『白鈴玲』は尚官司女官として認知されるだろう。

 すると桂英は、鈴綾を見て口を開いた。


「それでは白鈴玲。貴女にはまず、この後宮──華絢宮について、私から一通りの説明を行います。それが済みましたら、玉黄と共に後宮を見て回りなさい。玉黄はそれまでに、第三倉庫の整理をお願いします」

「はいっ、お任せ下さい! それでは失礼致します!」


 すると玉黄は、きびきびとした動きで退室していく。

 静かになった室内に残された鈴綾に、桂英がそっと告げる。


「では、貴女はこちらにお座りなさい。……陸太師のお頼みですからね。私の立場としても、『貴女』の働きには期待しているのですよ?」

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