第4話 華絢宮

 馬車が停まり、一足先に龍琰が籠から降りる。叡賦大聖宮に到着したのだ。


「それじゃあ、僕はここで。上手くやるんだよ、鈴。夕刻には迎えをやるからね」

「ああ、任された。お前の方こそ、桃香の事は頼んだぞ」

「うん、任されたとも!」


 朝から元気に笑顔を振り撒く龍琰は、兎のように白く、絹糸のように長い髪を揺らしながら手を振った。

 間も無くして再び馬車が走り出し、華絢宮の裏手側の門に向かっていく。

 表門は妃嬪達が皇帝と共に、何らかの行事で外出する際に使われるもの。なので食材や資材の搬入といった、基本的な人の出入りは裏門で行われる。

 橙色の襦裙を纏った鈴綾は、馬車から降りてすぐ裏門を抜けた。

 さて……まずは、これから私が働く尚官司の女官長に会うべきだな。誰かに道を聞けば、すぐに辿り着けるだろうか?

 華絢宮は妃嬪も女官も、宦官の数も多い。出入りの業者を含めれば、毎日数百人が行き交う人の海だ。

 歩きながらパッと見渡しただけでも、色取りどりの襦裙を着た少女や女性で溢れている。その中で鈴綾は、自分と同じ橙の襦裙──六色十二階の第四級・大信であろう少女を呼び止めた。


「すみません、少々お時間宜しいでしょうか?」

「は、はい! 何でしょうかっ?」


 少し慌てた様子で足を止めた少女。年齢は桃香よりも若そうだ。十五ぐらいだろうか?

 目がくりっとしていて、若干不安げにしている姿が小動物に似ているなと感じた。元気があって素直そうで、後宮の女性達が皆この少女のような性格であれば……と無意識に願ってしまう程度には、桃香以外との女性との付き合いが苦手である。


「本日付けで尚官司女官として配属される事になったのですが、尚官司女官長様にご挨拶をしたいのです。もし宜しければ、女官長様の所まで案内をお願い出来ませんでしょうか?」


 鈴綾がそう言うと、金の小花の簪を挿した少女が大きな目を更に見開いて、こう返した。


「ああっ! 貴女がそうだったのですね……! ごめんなさい、わたしが貴女の案内役を仰せつかっていたのですが……お迎えが遅れてしまって、大変申し訳ありません!」

「……もしや、貴女も尚官司女官で?」

「はいっ! わたしは関黄玉かんおうぎょくと申します。どうぞ宜しくお願い致します!」


 うん、やはりこの子は良い子だな。こんな子が同僚であれば、女官としての表向きの仕事も落ち着いてやれそうな気がしてくるな。


「私は白鈴玲はくりんれいと申します。こちらこそ、ご指導のほど宜しくお願い致します」


 白鈴玲というのは、龍琰から事前に伝えられていた鈴綾の偽名である。

 後宮では白鈴玲として、尚官司女官としての務めを果たす。その裏で、鐘鈴綾として桧貴妃についての調査を行う。二重生活の始まりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る