第6話 覚悟
男の魔術の腕は、確かなものであった。
地獄牢を抜けた先には、鈴綾らよりも罪の軽い罪人達が投獄される牢屋が並んでいる。
ここは定期的に見張りの兵が巡回しており、術士が最下層から階段を上がって来たのを見た兵の一人が声を掛けて来た。
「
「ああ、もう用は済んだ。流石にあの地獄牢から抜け出すのは不可能だろうが、引き続き警備を怠らずに頼むよ」
「はっ、御意にございます!」
それだけ言って、陸太師と呼ばれた目の前の男は、更に上へと続く階段を登っていく。
兵士は槍を持っている方とは反対側の手を胸元に当て、陸大師に深々と頭を下げて、見送りの姿勢を取った。やはり彼には、鈴綾の姿が見えていないようだ。
けれども、声を出してしまえば気付かれてしまうと言っていた。鈴綾は彼の指示通り、一言も喋らずに男の後を追う。
それにしても、あの兵士の発言には驚かされた。陸太師といえば、皇子の師である男性の名だったからだ。
異国の出身でありながら、先代皇帝に魔術の腕を買われ宮中に招かれた、帝国史上最強の魔術士──陸
鈴綾も、父である銀魄からその名は聞かされていたのだが……まさか、あの陸太師がこんなにも若い男だったとは。
しかし彼がその陸太師本人であるのなら、こうして薄紫の襦裙に袖を通している理由にも説明がつく。何故なら太師とは、大将軍である銀魄と肩を並べる地位の役職であるからだ。
だが、皇子の師──つまりは、成長し皇帝の地位を継いだ嶺明の師であるはずの彼だが、皇帝の意に背くであろう鈴綾の解放に至っても良かったのだろうか?
鈴綾は、桃香の無二の友。そして桃香は、皇后候補である祝籃の殺害容疑をかけられ処刑が決まった大罪人で、鈴綾はその共犯として裁かれてしまった。
祝籃殺害に関わった鈴綾を野放しにするなど、例え相手が太師であったとしても、そう簡単に許すとは思えないからだ。
ならばこれは、陸龍琰個人の独断によるものなのだろう。
皇帝に無断で大罪人の脱獄を手伝い、あろうことかその物を後宮に送り込もうというのだ。今の宮中の状況からして、仮にこのような大それた行いが皇帝の耳に入ろうものなら、大師の身分であろうとも処分は免れないはず。
──そんな危険な賭けに出てでも、この事件の真相は解き明かさなければならない。
そう思ったからこそ、陸大師は鈴綾と手を組む道を選んだのだろう。鈴綾にとっても、それは同じこと。
祝籃殺害の真相を暴くというただ一つ目的を持つ、叡賦帝国一の剣姫と術士。
どうにもこの男とは、性格が合わない気がする。だが二人の力が重なれば、予想以上の結果に繋がるのではないか……?
そんな予感が、鈴綾の胸中で密かに芽生えたのだった。
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