第三十八話 送る者と送られる者6
「ビデオ……っすか?」
「そうだ、正確には思い出ビデオだな」
放課後に火野君といつの間にか実行委員の巣窟となった視聴覚室で、過去の映像を流しながら話す。
画面の先には、似たようなビデオをスクリーンに再生して、卒業生たちが懐かしむ姿が記録されていた。
「こんな感じのを作るって事っすかね?」
「大まかな認識としては間違ってない、ただ、これは後輩たちからの感謝や祝いの言葉を寄せ集めたようなもので、今回俺達が作りたいのとは少し違う」
自分のスマホを取り出すと、対面して座る火野君の前に差し出すような形で机上に置く。
覗き込むように彼はスマホを凝視すると、考えるように一つ唸って見せる。
そこで、俺は火野君に一つ尋ねてみた。
「……火野君は普段スマホを使って何をしている?」
「何をしているって……YouTubeで動画を観てますよ、他には電話とかメッセージとか」
「俺も似たようなもんだ……でも、我々若者が一般的に利用しているのはそれだけではない」
俺はスマホのロックを解除してホーム画面を開くと、本来そこには存在していなかったアプリを三つほど事前に用意していた。
おそらく、俺や火野君のような人間が嫌い避けるツールだ。
「Twitterにインスタ、あとチクトク?」
「TikTokな、今ので君が俺と同類でこの手のツールに無関心なのが分かった」
SNS、それにショート動画を投稿するサイトは、言うなれば学校だけでなくインターネットでも交流をしたい人や、承認欲求が高い人が多くの人に見てもらいたいという気持ちで動画を投稿している。
……と、俺なら考えて不必要だと切り捨てるところだ。
あくまで、これは俺の価値観の話だ。
他の高校生達の大半はこれらを利用している。いや、これに全力を注いでいる人だっている。
いまや、SNSが仕事に繋がるような時代だ。
人より人気になりたいと力を注ぐのは別に間違ったことではない。
ただ単に、俺がこの手のものを苦手意識を持っているだけに過ぎない。
しかし、優斗の言葉を思い出した。
俺の嫌い物がみんな好きで、俺の好きな物がみんな嫌い。
ようは、発想の逆転をすればいいのだ。
これまで、俺の考える中で最善の策を考えて難航してきた。
だが、それが卒業生たちにとっての最善策かと問われれば、即決即答で頭を縦に頷くことは出来ない。
でも、俺が考える最善の方法の逆を考えてみれば、それは多くの生徒の好みに合うものになるのではないか?
最善をと考えてきた俺からすれば皮肉なことだが、的を射ている気がした。
「でも、これがビデオレターに関係するんすか?」
「直接的ではないけどな……要は、スマホのカメラだよ」
俺は表面のスマホを背面へと反転させて、搭載された小さなカメラを指さす。
最近は、無駄に高性能のカメラをスマホに搭載させて、小型化まで進んでいるとかそのうちドラゴンボールさながらのホイホイカプセルとか生み出しそうな勢いだ。
誇張して言うなれば、大半の生徒が立派なカメラを一台所持して学校生活を送っている。
SNSでも、スマホのカメラが優秀であることが他者とのアドバンテージになっている。
実際、投稿したことも無ければ、サイト自体に登録すらしていないが嫌でも話は耳に入ってくる。
4Kだの6Kだの、1LDKだの。
最新のスマホには何でカメラが三つも付いてんだとか、思わないわけがない。
いらんだろ、普通。
しかし、これを活用しない手はない。
参考資料として過去の記録の中でも、確かにビデオレターを採用している年は多々見受けられた。
後輩から、教員から、卒業した先輩からのパターン。
ビデオレター自体はそんなに珍しい事でもない。
無難という言葉が似合うだろう。
学校の備品庫に眠っているだろうビデオカメラで録画ボタンを押せば今すぐにでも始められる。
だが、今回は撮影などは基本的にしなくていい。
目的の映像は既に撮影されている物を使うのだから。
「自分のスマホの中に保存された古い写真や動画なんて見たら懐かしいって思うもんだけど、それが他の生徒のスマホで、自分が持っていない動画とかだったら、なおのこと懐かしくて感慨深いんじゃないのかな」
自分のスマホにある写真を開いてみると、いつ撮影したのかも忘れてしまった写真が何枚も出てきた。
その一枚一枚を見て、朧げに当時の記憶の断片が脳裏で再生される。
火野君の前だから妹の楓を大きく映すと何かと面倒なので雫をピックアップ。
前に楓と三人で買い物に行った際に出店であったクレープを頬張る姿を激写したシーンだ。
「在校生から卒業生の動画を集めるって事っすか?」
「そうだ……可能な限り全部の部活、委員会、親しい人達から」
火野君は自分が投げかけた問いの返答を俺から聞くと、口を開いたまましばらく硬直した。
きっと、計算をしているのだろう。
桜ノ丘学園は各学年で100人以上が在籍している。
部活、委員会に属していた生徒の数も当然だが相応の数になる。
約二週間、走り回って可能な限り集めて回れば何とかなるだろう。
でも、問題はある。
「……どうやって俺達でデータを譲ってもらうんすか? 言っちゃなんですけど先輩と俺って人望無いっすよ」
「そこが問題だ……どうしたもんか」
まったく、深刻な問題だ。
生徒会は大丈夫として、他の部活動に顔が利くわけでもない。
それに、これは問題の一つでしかない。
残る問題は、集めた動画を編集する技術が無いことだ。
だから、ここは人員で解決したい部分ではある。
これだけネット時代だ、中には動画を編集して投稿しているTuber的な生徒がいるはず。
見つけて、上手く陣営に加えこむ口実を考えなくては。
「……考えていても時間が過ぎていくだけだな、とりあえずは小泉達に会長の動画を持っているか聞いてみるか」
溜息を零すのと同じくしてとりあえず今日の行動方針を決めて席を立とう、そう思った矢先に視聴覚室の扉が大きく開かれる。
しばらくは貸出する予定はなかったはずだが、扉の音で振り返ると見知った姿が堂々と佇んでいた。
「お困りのようですね真良先輩!」
意気揚々と、制服を校則通りにきちっと着こなして佇むは白石紅葉副会長様ではないか。
彼女の個人的トレードマークでもあるポケットから少しだけ見え隠れしている使い古したメモ帳が、今日も俺の視線の端に映りこみながら彼女は参上した。
「生徒会の仕事はどうした……サボりか?」
「ふふふっ、問題ありません! 先輩が大変だろうと思いまして会長へは根回し済みですぅ!」
「本音は?」
「……こんな好感度が急上昇のイベントを逃すわけにはいきません!」
へへへ、なんて聞こえてきそうな仕草で髪をいじりながら頬を赤く染めて告げる白石に思わず苦笑が浮かぶ。
俺が送別会の実行委員に参加した時から、もしかしたら彼女も内心参加を決めていたのかもしれない。
俺が断りづらいように既に小泉にまで話を通しているあたりが、用意周到だ。
彼に俺も人手が足りないと言っていた手前、無下にもできまい。
それに、生徒会選挙で多くの生徒達に人脈を広げていた白石なら、一年生を経由して多くの部活や委員会に顔が利く。
……綺羅坂に怒られそうだな。
白石が入り口の手前で立ったまま、カバンの中からノートを取り出しておもむろに開くと何かを探すように視線を手元に落とす。
何かしら、参加にあたってアイディアや意見をまとめてきてくれたのだろうか。
今しがた俺が火野君に説明した案と合わせて、良い方向性へと動かせれば御の字。
だが、それよりも先に彼女には言っておかなければならない。
「……白石、さっきから後ろで小泉が入りにくそうにしているぞ」
「え? かかかかかかかか、会長!? いつからそちらに?」
「あはは……白石さんが生徒会室から出た時からずっと後ろにいたんだけど、そんなに影が薄かったかな」
「ぜ、全然気が付きませんでした……」
彼女の後ろでようやく気が付かれたことで少しだけ恥ずかしそうに、しかしどこか落ち込んだ様子で姿を見せた小泉に白石が追撃の一言をお見舞いした。
薄々気が付いてはいたのだろう。
自分は生徒会長であるが、存在感が薄いのではないかと。
まあ、影が薄いのは個性でもあるからね。
どこかの少年スポーツ漫画で見た気がする。
だから自信をもって、現生徒会長君。
でも、ちょうど小泉には会長の動画の件で伺いたかったところだ。
俺達に続いて後からやってきた白石と小泉を交えて、俺が考えた案を頭から二人へと説明をしていくのだった。
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