第三十八話 送る者と送られる者4
視聴覚室に備え付けられたテレビでは過去の送別会の記録映像が流れる。
机の上に資料用のテープを乗せられるだけ並べてから、放課後の人気のない部屋で一人視線を目の前の画面に留める。
去年も、一昨年も、数年前まで遡ったとしても、送り出す側は似たような内容で三年生達を送り出していた。
恒例、習わし、そんな言葉が頭に浮かぶ。
決して悪いことではなく、一つのテーマに沿った形式で固めておけば余計な部分にリソースを割かなくていい分、単純で質の高いものに仕上がる。
これまでの習わしを真似て、送別会を行うと内容はこうだ。
まずは、在校生が揃った体育館へ三年生が入場する。
教頭の挨拶で開会され、まずは学園長が三年生への祝辞を述べる。
卒業式でも学園長は祝辞の予定があるので、あくまで簡略化されたものだ。
送別会は三年生と在校生が最後に顔を合わせる機会だからこそ、先生方の言葉は少ない。
そして、在校生代表として二年生からの祝いの言葉を伝えると、三年生代表が在校生へ向けたメッセージを述べる。
小泉は、卒業式で在校生代表の祝辞を任されているので、この場での代表は生徒会長に限らない。
最後に三年生へ花束を贈り、これで工程は終了となる。
シンプルで可もなく不可もない。
送る側も、送られる側も及第点といったところだろうか。
むしろ、下手に手を加えようとして印象を悪くしてしまう可能性もある。
視点は異なれど、一定の賛同を得ているから恒例と呼ばれる。
今回は、奇抜を求めない場だ。
だからこそ難しい。
ダンスでも踊ったり、誰かに漫才でもさせたり、笑いの場に変えたところで求められるものが笑いではなく思い出なのだとしたら水を差すようなものだ。
知識が足りない、発想が足りない、そして時間が足りない。
いつもの自分なら不必要と弾き飛ばす陽気な生徒達のような、今この瞬間を楽しむだけに生きている生徒の発想に近しいものが必要なのだろうか。
頭を捻らせたところで、浮かんだ案に伴うリスクばかりが脳裏をよぎる。
「どうっすか、何か良い案でも見つかったすか?」
「……全然、こればっかりは人手が欲しいところだな」
視聴覚室へと入ってきた火野君は、開口一番で問いかけてきた。
彼の手には多くの資料が山盛りで抱え込まれている。
視聴覚室では映像を主に保管しているが、他にも過去の写真などを保管している職員室へ火野君が資料運搬を担当してくれていた。
ドッサリと机の上に広げるように置かれた写真たちを一枚ずつ目を通していくが、やはり映像通りで変わった場面は切り抜かれていない。
今まで俺が見ていた映像を変わるように火野君が眺める。
そして、疑問点を一つ述べた。
「この腕章を付けているのが送別会で集まった有志の在校生っすかね?」
「多分そうだと思う、生徒会の物とは違うし他の映像でも付けている生徒が何人かいた……先生へ聞けば持ってきてくれると思うぞ」
オレンジの腕章は生徒会では使用していない。
有志の生徒達が準備を通して動きやすいようにどこかの年代で用意したものなのだろう。
……校内をしばらくは徘徊することが多くなるかもしれないから、念のために持っておいた方が良いかもな。
頭の片隅に留めておくとして、資料を漁ってもアイディアが浮かんでこない以上は、小さな作業でも進めておいて損はない。
体育館の生徒配置や物資の試算、調達。
少人数でもやれることはいくらでもある。
まずは細かな作業を進めつつ人数を集めて、アイディアをまとめていく……これしか現状思い付く選択は無い。
「人数、案、問題は色々あるけど今できる作業を進めよう……幸い、小泉から生徒会には放課後に顔を出すだけで良いと許可も貰えているから動きやすい」
「そうっすね、俺は全然生徒会の仕事でいいんすけど……」
「まずは体育館で当日の配置を確認しに行こう」
「聞いてないっすね……」
必要最低限の資料を手に取り、流れていた映像を止めてから腰を上げる。
念のため視聴覚室は施錠してから退室しなくてはならないので火野君を先頭に出る。
扉を閉じて施錠が終わると左から声を掛けられる。
振り向くと、少しだけ伸びてきた黒髪を払う綺羅坂が佇んでいた。
「参加生徒は火野君だけなのは本当なのね」
「綺羅坂……まだ学校にいたのか」
「図書室で面白い本がないかを探していたの。それにしても、送別会まであと二週間しかないのに二人で間に合うのかしら?」
彼女から見てちょうど俺の後ろに立つ火野君を見て綺羅坂が告げる。
帰り際に様子を見に来たと言ったところだろうか。
興味深そうに、でもどこか心配の色を見え隠れさせる声音に開きかけた口を固く閉ざす。
俺と火野君だけでなんて戦力不足にもほどがある……そういつものように口にしてしまいそうだったからだ。
想像とは異なる生徒の参加状況だとしても参加を決めたのは自分自身、言い訳は出来ない。
綺羅坂から見れば、間に合うと言ったところで到底信じられる状態ではないだろう。
もしかしたら手伝ってくれるために足を運んでくれたのかもしれない。
しかし、それでは意味がない。
「お、俺はお邪魔みたいっすから先に体育館へ行ってますね」
「悪いな……後からすぐ行く」
居心地が悪そうにしていた火野君は、綺羅坂へ小さく一礼してから体育館の方向へと小走りで去っていく。
手持無沙汰で、談笑という雰囲気でもないからいち早く立ち去りたかったのだろう。
数秒、彼の背中を見送ってから視線を戻すと先ほどよりも一歩だけ前に踏み出した綺羅坂の顔が視界に広がる。
こちらの瞳の奥を覗き込み、意図を探り当たるかのような視線に思わず目を反らす。
「私も協力するわ、卒業生には茜さんも含まれていることだし」
綺羅坂が微笑を浮かべて右手を差し出す。
その表情は、差し出された右手には優しさを感じさせる。
無意識に動きかけた右腕を、体の真横に留めたまま首を横に振る。
「いや……これは俺がやらないとダメなんだ、綺羅坂や雫の力を借りることなく終えなきゃ意味がない」
「……それは誰かに言われた言葉?」
「誰に言われたとかじゃない……俺が自分で考えたことだ」
問われて、即座に返答する。
俺の言葉に綺羅坂は目を細める。
理由を告げることなく獏前的な言葉で納得できる否定の仕方ではない。
友人の助けをするため、差し出したはずの手を振り払われる相手の身になってみれば不快感を覚えたまである。
俺の行動なんて、言葉にしてしまえばただの見栄だ。
彼女たちのため、将来の自分たちのためにと綺麗事を並べているに過ぎない。
「湊らしくないわ……私達はいくらでもあなたの力になるのに」
綺羅坂から見て、俺は勝算のない活動に手を出しているのだろう。
実際、無事に終えるイメージは全く浮かばない。
そして、在校生代表として送別会を運営した責めを生徒達から受ける。
見ていられない姿が、容易に想像できるのだろう。
「それでも……出来るところまでは自分でやってみたいんだ」
「……そう、なら私は湊が頼ってくれるのを待っているわ」
悲し気な笑みを浮かべて踵を返す綺羅坂は、廊下の角で姿を消す前にもう一度だけ笑って見せる。
今までの行いのせいなのだろうか。
最近は、自分の不甲斐なさと周囲への申し訳なさが、まとめて身に降りかかってきたかのように感じる。
待っている結末が幸か不幸か。
それでも、歩み始めてしまったこの足を止めることは許されないのだ。
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