第三十八話 送る者と送られる者3
一夜が明けて翌朝、早朝の生徒会室にはいつもとは異なる重苦しい空気が広がっていた。
小泉と俺は自分の席に腰かけながら、無意識にため息が零れ落ちたのは同じタイミングだった。
そのことに気が付いて互いの視線を交わすと、自然と苦笑が零れ落ちた。
どちらも、思い悩むことは同じということだ。
「まさか送別会の運営に生徒が一人も来ないとはね……」
「去年は人数は集まっていたのか?」
本音が零れた小泉に問うと、顎に手を当てて思い出すように答えた。
結局、昨日は教室で少しだけ生徒が来るのを待っていたが、誰一人顔を見せることはなかった。
事実上、送別会の有志活動に参加する生徒は俺と小泉の二人だ。
生徒会も手伝いはしてくれるが、本格参加ではない。
別件で直前に迫る卒業式に向けた準備で人数を他へ割ける余力はほとんどない。
小泉も参加してくれるとは言ってくれたが、彼も本当に助力程度。
むしろ、俺だけが有志で参加しているといっても過言ではないのが現状なのだ。
「僕も去年はお手伝い程度だったからあれだけど……10人くらいは参加していたはず」
「……体育祭や文化祭の実行委員会とは違う有志だし、大切な人達とは部活動とか個人間で済ませているだろうからな」
記憶を蘇らせながら答える小泉。
わざわざ面倒な学校行事の一つに精力的に参加する必要もない。
そう思う生徒が多くてもなんら不思議ではない。
むしろ、去年までは十人近くも参加していたこと自体が、学園の行事参加への意欲が垣間見えるものなのではないだろうか。
それとも、何かしら理由があるのか。
しかし、二人で考えていても埒が明かない。
今後の活動方針、その他の対策も含めて話は進めていかなくてはならないのだが、あまりにも頭脳と時間が足りない。
明確な期限があると無いとでは焦燥感に大きく差が生じるものだ。
漠然とした期限では、まあ何とかなるだろうと楽観視できるが、期限が残り二週間ともなれば焦りも生まれるわけで……
静かな早朝の生徒会室で悶々と思い悩む二人の姿。
お互いが脳裏で候補の生徒の顔を上げては、理由を考えてお願いするのを諦めて……そんなことを繰り返す。
まあ、俺に関しては三人目くらいで候補が全ていなくなってしまったので、小泉が長い時間悩んでくれていた感じだ。
直下の問題点は人数だ。
こればかりは何かしらの手を打たなければ非常に面倒なことになる。
人数の増加は単純な作業効率だけでなく、アイディアを考える頭脳の増加も意味する。
多すぎる組織は統制が難しくなるが、少数の集まりならその心配はほとんどないはず。
だからこそ、最重要で解決しなくてはならないのだが……
猫の手も借りたい、そして皆に頼ってしまっては意味がないのだ。
去年はどんな名を打って人を集めたのか……
小泉が知っていれば何の問題もないのだが。
「ちなみに去年は人集めはどうした?」
「いや、特に何かしたわけではないはずだよ、例年通り各クラスでのアナウンスくらいかな?」
「なら、仕方がないか」
学校は一種の生き物だ。
生徒全体の集合意識の塊だ。
皆がやるなら私もやろう、やらないならば別にやらない。
きっかけを作るのはいつだって生徒の中に存在している重要な主人公、ヒロインたちだ。
去年はきっと会長が参加していたのだろう。
それが、今回は参加していない。
だから、生徒達の多くが参加をしてくれた。
好意か興味か善意か、惹きつける理由はなんだっていい。
逆に、会長が参加していないなら、去年も今年と同様に参加する生徒など皆無に等しい結果に終わっていた可能性もある。
そんな考え方をすれば妙に納得できてしまう自分がいた。
いくら人手が欲しいからと、彼女たちに頼んで客寄せパンダのようなことは絶対にしたくない。
だから、俺の可能な範疇で誰かを引き込む必要性がある。
いくつか案を考えていると、俺と小泉の机にそっと淹れたてのお茶が差し出された。
「あれ、火野君?」
「どうしたんだい? 今日は朝の活動はないけれども」
二人して考え込んでいたので彼が生徒会室に入っていたことすら気が付かなかった……
それに、何も言われずともお茶の準備をしていた彼のお給仕スキルの上達に外見とのミスマッチ感が凄い。
「授業で提出する課題を机に忘れてしまって取りに来たっす、一応声は掛けたんですけど……」
「いや、悪い……ちょっと考え事をしていて気が付かなかった」
「いえいえ、別に構いませんっすよ」
火野君はそう言うと、自分の机の引き出しからプリントを何枚か取り出してカバンの中へ入れる。
目的は達したのだろうが、俺達の雰囲気を悟ってか退室するのが心苦しいのか、視線を泳がせていた。
……火野君て見た目はあれだけど案外優しいよな。
でも、コミュニケーションの観点から裏方に回りがちなのは、本人も自覚があるらしく別段嫌ではないらしい。
きっと、送別会の組織でも見ず知らずの相手と多く接するだろうと何も声を掛けてこなかったが……
「小泉、火野君は卒業式の方で必要?」
「当日、前日で力仕事が多くなるから彼には力になってもらいたいけど……その前段階なら手は空いてしまうかな?」
……ふむ。
フィジカルお化けの彼は細かい打ち合わせや予算の算出等の話は不向き、ならこちらで彼をお借りしても大丈夫そうだ。
ただ、どう彼をこちらに誘うか……
いや、面倒だから強硬策で行こう。
「さあ火野君、君も今日から真良カンパニーの一員だ」
「え……何すか突然」
「多大なるご恩を受けた先輩方の晴れ舞台の前哨戦……君にはパワーワークマンという二つ名を授けよう」
「力仕事って事っすよね、格好よく言ってみたって嫌なものは嫌っすよ!」
声高々に火野君は言い返す。
そして、視線を横へと動かして小泉に懇願するように口を開いた。
「小泉先輩からも言ってほしいっす! 生徒会の仕事で忙しいからダメだって」
「大丈夫だよ」
「ほら、真良先輩も聞いたっすか? 大丈夫って―――え?」
「うん、大丈夫だよ」
小泉は表情一つ変えることなく笑顔のまま、淡々と同じ言葉を繰り返す。
驚いて会長席を二度見していた火野君の背後まで立ち寄ると、片にポンと手を置く。
彼の大きな背中が一つ震える。
きっと俺の口元はニヤリと歪んでいることだろう。
綺羅坂もびっくりの笑みかもしれない。
「逃がさんぞ雑用係……」
「先輩、本音が零れているっす!」
人手が足りずに困っていた早朝の生徒会室に足を踏み入れてしまったことが彼の運の尽き。
観念して先輩方のために尽力していただきたい。
そして、一見優しい笑みを浮かべている小泉も、表情の裏には火野君を逃がさない、そんな心境が滲み出ているのが同じ境遇の俺には分かってしまった。
「嫌だ!! 今は女神楓さんの文化祭写真を現像する大事な作業が残っているんっす!」
仮に俺が逆の立場なら、絶対に同じように嫌だと告げていただろう。
嫌だよね、分かる。
……致し方ない
この手はあまり使いたくはなかったのだが……
「このスマホに妹の新しいパジャマ姿の写真があってね……」
「是非、協力させてくださいっすお兄様、僕も先輩方への感謝の気持ちを伝えたいっす!」
先ほどまで体を仰け反らせて全身で嫌だと表現していたのにも関わらず、俺がスマホを取り出して魔法の言葉を告げるとあら不思議。
彼は片足を床につき、まるで騎士が君主の前に佇む姿のようだ。
……チョロいぞ、この男。
あまりの豹変に小泉も苦笑を浮かべて眺めていた。
やはり火野君は好ましい後輩である。
性格はとても純粋で、だからこそ俺のような人間でも彼の心境などを裏読みして勘ぐってしまうこともない。
少しだけ無理やりであることに心苦しい気持ちが……まあ火野君だからいいか。
とりあえず、貴重な人員の一人を確保できたので良しとしよう。
ちなみに楓の写真を贈るとは一言も言ってないからな……言ってないんだからな!
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