第三十八話 送る者と送られる者

第三十八話 送る者と送られる者1

 人は平等ではない。

 容姿が優れた人、優れない人。

 運動神経に長けた人、苦手な人。

 体格に恵まれた人、恵まれなかった人。

 

 人はそれを才能と片付けられることを嫌う。

 才能ではなく、自身が努力して身につけたものであると。

 確かに間違いではないのだろう。

 

 きっかけは偶発的なものなのかもしれない。

 しかし、己の秀でたものを理解して伸ばしてきたのは事実なのだろう。

 

 だから、才能という言葉を嫌う。

 しかし、持たないものからすれば才能という言葉を求める、羨む。

 

 正反対の意見、考え。

 これもまた、平等ではない結果が生み出す相違なのではないのだろうか。

 

 

 足掻いて、妬んで、本当は喉から手が出るほど欲しているのに表面上は何てことないふりをする。

 そうやって人は大人の言う成長という過程を踏むのだろう。

 

 ……本当は自分だって主人公になりたいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バレンタインの話をしよう。

 三浦が発起人として起こったバレンタイン騒動。

 結果としては三浦が手渡したチョコを小泉は受け取った。

 

 しかし、彼女が想いを告げた後の反応は想像とは少し異なる。

 彼が出した答えは関係性の維持だった。

 

 理由は単純、今は生徒会長としての任を全うして先代会長である柊茜に少しでも近づくことであるから。

 彼が生徒会長としての責任を全うした三年の暮れには二人は晴れて交際を開始する約束を交わしたらしい。

 

 三浦も、小泉が出した答えに納得していた。

 自身も、彼を隣で支えて次代へと生徒会を引き継いでからの方が安心して交際に専念できると前向きに俺達に言っていた。

 

 俺達が生徒会室へと足を踏み入れた時の甘々した空気といい、その後の二人が新婚さながらの初々しさで会話を交わす姿には俺だけでなく他の生徒会メンバーも苦笑いを浮かべていた。

 

 

 白石なんかは、二人の甘々しい雰囲気に思わず舌打ちをしていたくらいだ。

 確かに、交際していないと宣言しておきながらあれでは変わらないではないかと思ってしまうのは致し方ない。

 

 数日すれば二人は今まで通りの取り組みの態度に戻っていたので、一時的な舞い上がりだったのだろう。

 

 そんなこんなでバレンタインの一件は無事に解決となった。

 

 

 でも、全てが丸く収まったわけではない。

 真良湊という人間と関わることで雫や綺羅坂の評価が下がっていることを明確に目にしてしまったことだ。

 

 自分へ向けられた他者の評価は気にして生きてはない。

 でも、周囲に悪影響を与えているのだとしたら、責任は俺にあるはずだ。

 

 周囲から変な目線で見られることを嫌うなら関わらなければいい……そんな関係性はとうの昔に超えている。

 

 この先も、俺達は関わり続けることだろう。

 ならどうするか、そこからが俺の問題点である。

 

 この数日、そればかりを考えていた。

 何ができて、何ができないのか。

 容姿は当然として、急激な学力アップで周囲を見返すことも夢のまた夢。

 地道な積み重ねがモノを言うものを突然手に入れられるほど人生はイージーモードに作られてはない。

 

 

 俺は今後の変わり続ける環境の中で周囲へ示し続けなくてはならない。

 自分の有用性を、存在価値を。

 

 立っていれば人気になれない、筆を取れば学園で一番の秀才になれるわけでもない。

 なら、秀でた何かを見つけ出して証明しなくてはならないのだ。

 

 少しでも長く、近く彼女達と関わっていきたいのであれば。

 

 

「でも、そんな簡単に見つかるものでもないか……」


「何を見つけたいのかしら?」


 歴史の授業で課せられた資料制作のために図書室で適当な書物を集めている最中に呟くと、当然のように隣に腰掛けていた綺羅坂が問いかけてきた。

 雫は対面に教材を置き、その隣には優斗と宮下が並んでいる。

 

 すっかりと固定化されてしまった面々は、いまは各々が資料に意識を向けていたので呟きに気がついたのは綺羅坂一人だった。

 

「どうかしたんですか?」


「湊も資料は同じの使うって言ってたから別に何か見つける必要もないんじゃないか?」


 雫が疑問を浮かべて、優斗は自分の手元にある資料にトントン指を叩いて言った。

 話せば、彼らはどんな反応をするのだろう。

 笑うか、呆れるか、憤るか。

 

 きっと、心配無用だと笑って告げることだろう。

 

「周りと同じを嫌う体質でしてね……何か尖らせたい葛藤と戦っているのだよ」


「そんな葛藤しないほうが成績よくなると思うよ、真良の学力なら」 


「無理無理、湊は余計なことに頭を使っているから成績は変わんないよ」


「……」


 ほほう……

 言うではないか、この無自覚女子生徒クレーム発生機が。

 宮下のサラッと俺の評価を上げてくれるような言葉が台無しではないか。

 

 二人は小さな声で少しばかりの談笑を交わすと、途切れた線を繋ぎ合わせるように集中して目の前に課題に取り掛かった。

 

「……」


 普段とは違う窓からの景色。

 裏手にある川と木々が自然を全面的に表現しているその光景に視線を向けて、止まった俺の手は動き出す気配ない。

 

 そんな俺を雫と綺羅坂の二人は、どこか心配そうな瞳で見つめているのだった。

 

 

 授業の終わりは本来教員が声を掛けて終わるが、今回は移動教室での授業ということもあり、校内に響くチャイムの音で終了の合図だ。

 本日の最後の授業が終わりを迎えたことで、生徒達の間では解放感に似たものを漂わせる。

 

 優斗も、宮下も、雫も綺羅坂も教材を手に持ち腰掛けていた椅子を正しい位置へと戻して図書室から出ていくために歩みを進める。

 

 最後に、遅れるように四人の背を追って続く足取りは重い。

 今日も、何も解決策も浮かばないうちに一日が終わりに近づいてしまった。

 

 廊下を出て何気なく見た体育館の入り口付近には、多くの生徒が列をなしていた。

 その顔ぶれには見知った顔は少ない。

 しかし、すぐに学年は分かってしまう、あれは三年生だ。

 

 行っているのが目前にまで迫ってきた卒業式の予行練習で、今は入場の練習の真っ只中。

 

 

 彼らの姿を見るのも残り数回なのだろう。

 そして、一年後には自分たちがあの列に並んでいる。

 

 仮に人生を八十年生きたとして、高校生活はたったの三年。

 その長い時間の中で考えれば刹那的な時間なのかもしれない。


 でも、多くの人が学生の時間を輝かしい時代だと語る。

 それは、卒業の後に待っているのが多くのしがらみと幸せの度合いが薄い日々だからなのだと思ってきた。

 

 虹色の学園生活、それは幻想と妄想の産物でしかないと。

 

 でも、最近は少しだけ大人達の言葉の意味が分かってきたかもしれない。

 虹色の学園生活、それは本当にあるのだろう。

 

 活力が溢れ、賛同する多くの友がいて、何者にも縛られない。

 昨日はこんなことがあった、今日はこんなこと、明日はもっと楽しいことが起きるはず。

 

 些細な物事で一喜一憂して、だが自分の居場所は絶対にここであるという確かな自信。

 

 叶えられるのは一握りで、誰もが手に入れることができるものではないのだろう。

 でも、身の丈に合わない大きな夢とは違い、誰もが近くの環境に足を踏み入れて、そして目にしてきた。

 

 手を伸ばせば手に入れられそうな本当に近くの場所で。

 あるいは、手に入れられた人も多くいるのだ。

 

 いま、俺が眺めている三年生の中で、学生生活が輝かしい日々であったと語ることができる人がどれくらいの数いるのだろうか。 

 

 そして、俺たちに残されたのは時間もあと一年だ。

 小さな幸せを積み重ねているが、俺の周囲にいま立ってくれている彼らが将来において輝かしい日々であったと語ることができるのだろうか?

 

「卒業式は私たち二年と生徒会は参加しますが、一年生は三年生を送る会で最後になりますね」


「確か卒業式の一週間前だったか……?」


「はい、そろそろ有志で送別会を運営、実行する生徒達の集まりがあるはずだと小泉くんも言っていましたね」


 雫は歩みを止めて俺と同じ視線の先で談笑する三年生を見据えながら言った。

 去年は一年だったから送る会で当時の三年生とはお別れだった。

 自分たちが何かをしたわけではない、ただ数人の生徒が在校生代表として言葉を述べたり、花束を手渡したりしているのを眺めていた気がする。



 終わりよければすべてよし、そんな言葉もあるが在校生である俺たちができる最後の餞別みたいなものだ。


 そして、いまの桜ノ丘学園の生徒が集まる最後の場所でもあるのだ。

 そう考えると、とても大きなものに見えてきた。



 先に進んでしまった優斗や宮下、綺羅坂の後に続くように俺と雫も廊下を歩 く。

 最中、スマホの画面を操作して小泉へのメッセージを入力すると、それを迷いなく送信したのだった。




 

 

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