第三十七話 チョコと君11



 勝負を決めるのは放課後が始まってすぐ。

 生徒会の活動のために小泉と三浦が一番に生徒会室に集まるであろうことを想定して、根回しは進めてある。


 

 雫は言わずもがな、火野君と白石にも事前に放課後三十分を過ぎてからでないと生徒会室が使用できないとメールを送ってある。

 だから、それまでは放課後の僅かな時間を各々で過ごしていた。



 どこでもよかった。

 いつも使う屋上でも、中庭でも、教室に残っていても。


 でも、なんとなく体育館の近くに設置された自動販売機でお茶を買って、近くに設置されたベンチに腰掛ける。

 目の前を二人のバスケ部の生徒が通り過ぎて行った。


 

 手には小さな包みが握られ、笑顔を浮かべる。


「白石さんのチョコいつ食べる?」


「家に帰ってからに決まってるだろ」


 彼らはそう話す。

 ……一年生で、白石のクラスメイトだろうか?


 

 友チョコ、義理チョコ、呼び方はそれぞれだが、透けて見えてしまうのは白石の思惑。

 思慮深く、行動一つに些細な意味を持たせる彼女のことだ、将来を見据えたイメージ戦略の一つなのだろう。



 お茶を喉に流しながら横目で後輩たちへ向けて心の中で語りかける。

 ……その純粋な心を忘れてはダメだぞ、お兄さんとの約束だ。



 しかし、放課後の時間は暇だ。

 部活も委員会もない生徒にとっては、放課後の学校は帰宅するだけの無用の場所と化す。

 

 赴く場所もなく、ただ茫然と視線を前に向けて生徒達の様子を眺める。

 退屈な時間だ。



 その退屈を覆すかのように一年生の集団から姿を見せたのは白石だった。

 少しだけ疲れたような顔で、同級生との別れを告げて一人離れていく。


 彼女が目線を体育館側の右へと少し動かせば、俺が腰かけるベンチが視界に映ることだろう。

 見るかなー、こっち。


 他に興味が引かれる対象もいないので、彼女の一挙手一投足を見逃さない眼差しを向けていると、第六感で感じ取ったのか立ち止まり首を左右に動かした。

 そして、向けられた視線が俺の視線と交わる。


 

 一瞬、思案の表情を浮かべて、彼女は進路を変えて近づいてきた。



「寂しい時間をお過ごしですか?」


「この状況で楽しんでいる奴がいれば、脳内お花畑な奴だけだろ……」


「それもそうですね」


 白石は人一人分の間を空けて隣に腰かけた。

 カバンを俺との隙間に置いて、まるでバリケードのように城壁を築き上げる。


 ……大丈夫、何もしないから。

 肩に手を回して来るはずもない君との将来を語りだすとかしないから、それは優斗の役目だから。



 生徒会選挙の一件では、かなり彼女には配慮したつもりだが、簡単に心の距離を詰められるほどに現実は甘くない。

 カバン一つが分厚い壁のように感じる今日この頃。



 せっかくだ、後輩との交友を深めるのも悪くはなかろう。

 だから、彼女が少しだけ疲れた顔を浮かべている理由を、勝手気ままに予想してみた。


「クラスの男子生徒に友チョコと称した賄賂を贈るのに、昨日は夜更かししたってところか?」


「……な、何のことでしょうか?」


 視界の端で肩を震わせ顔を右へと逸らすのがチラッと映る。

 当たっちゃったよ、簡単すぎたなこの問題は。



 俺からしたらつい最近生徒会選挙で敗れたばかりなのに、すでに次を見据えて行動を起こす彼女の向上心というのか、執念というのか、感心するばかりだ。

 2月14日は印象アップの絶好の機会だろう。


 

 白石のことだ、男子だけに贈っていれば異性からの人気稼ぎする生徒と思われてしまうので、女子にも友チョコで何かしらを渡しているに違いない。

 まずはリスクを排除してから行動に移す、だから彼女は相手に回すと面倒だ。



 しかし、内面を知られている相手にとってみれば彼女ほど分かりやすい相手もいるまい。

 


 ……友達少ないだろうな、こいつ。

 俺が言えたことではないが。




 傍から見たら、ベンチに肩を並べて座る姿は誤解を生みかねない光景だろう。

 でも、このベンチに座るのにはちょっとした意味がある。


 待機時間を過ごすため、それは間違いない。

 でも、ここからは視線を上にしてとある窓を眺めてみれば、一人の生徒が腰かける椅子が頭の近くだけだが見えている。


 そう、生徒会室の会長席だ。


 窓際に座っているからこそ、外からも少しだけ映る姿に俺は瞳を向ける。

 すでにその席には小泉が腰かけていて、その隣にもう一人の生徒が見える。


 五分くらいだろうか、二人の影がこのベンチから見えてから経過した時間は。



 正確な表情までは流石に見て取れないが、それでも談笑しているのだろうというのは分かった。

 つまりは、三浦の贈り物は無事に手渡されたということだ。


 

 どのように好意を告げ、どのように彼が返事をしたのか。

 気にはなるが、悪い方向になることはまずないだろう。


 もし、そうだとしたら同じ部屋に留まることは出来るはずがない

 ましてや、すぐに他の生徒も含めて会議をしたり作業をしたりと時間を共にするのだ。


 きっと、良い方向に答えが出たのだろう。

 三浦の顔を見れば俺の予想も確信へと変わるはずだ。



 皆、少しずつだが変わっていく。

 ここで一人、歩みを止めてしまえば彼らと一緒の時間を過ごすことが出来なくなってしまう。

 そんな気がする。 


「白石……この近くで良い美容室とか知ってるか?」


「まあ……私が普段利用している場所でよければ、確かに先輩の髪は長くなってきましたね」 


 白石はそう言うと、スマホを操作してあるホームページを見せてくれた。

 駅前の、帰りに寄ろうと思えば行ける一軒の店だ。






























 翌日を迎え、騒がしかった日常も戻ってきた。

 通り過ぎる生徒は、別段こちらに気を留めることなく朝の談笑を続ける。


 教室の前にたどり着くと、少しだけ躊躇った手で戸を開く。

 クラスメイトの視線が数秒集まり、すぐに散る。


 

 しかし、三人の人物からの視線だけは向けられたままだった。


「……」


「……」


「……」


 一人の男子生徒はニヤニヤと口角を上げ、二人の女子生徒は驚愕で口を開く。

 片方は手に持った本を机に落とし、片方は登校したばかりだったのだろう肩に提げたカバンをドスンと足元に落とす。


 目元まで隠れていた前髪は眉の上までサッパリと切られ、鬱陶しそうな襟足は前方からは見えない。

 ここまで短く散髪をしたのは中学の部活動をしていた時以来だ。


 楓にレクチャーされながら整えた髪型は、所々が不格好だがある程度は様になっている。


 短く整えられた俺の髪型を見て、雫と綺羅坂は同じ感想を零した。


「何か違う……」

「何か違う……」


 個人的ではあるが意識の変化を表した大胆な髪型変更は、どうやら彼女達には不評のようでした。

 

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