第三十二話 言葉の重み4



 楽しい修学旅行とは、皆が同様の価値観を共有していればこそ、“みんなで楽しい”と言えるのではないだろうか。


 だとすれば、俺が行っている行動は楽しむという原則から離れている。

 会話を邪魔して、故意的に優斗へ中山を近付けさせないようにしていた。


 平和祈念公園を離れて、昼食兼物産展を兼ねた商業施設へと一同は進路を移すと、最初に建物二階にある食事スペースでタコライスをご馳走になった。

 タコライスって、タコは入っていないんだな。


 素朴な疑問を解消しながらも、少しピリ辛の飯を小さな口を開けて時間の許す限りで食した。

 建物が一体化している物産店では、食事を終えた生徒から順に下に降りて家族への土産を見繕っている。


 早くいけば、ごちゃごちゃとした場所に身を投げ出すことになるのだ。

 それは、断じて承認できることではない。


 だって、暑苦しいし、優斗と同じ班だから女子の視線が怖いし。

 付け加えるなら、男子からも視線が冷たいものなのは、似たように雫と綺羅坂が同じ班だからだ。


 ともかく、人の視線を集める班員が揃ってしまっている以上は、周囲からの視線は避けようがない。

 なら、少なくとも人口密集している時間帯は外しておきたい。

 そんな考えで、たぶん他の三名も似たような考えを思い浮かべていたのだろう。


 しかし、違う生徒もいた。


「荻原君、早く下に見に行こうよ」


「今は人が多くてゆっくり見れないから、もう少し後でもいいんじゃないかな?」


 誰かと言えば、お察しの人物だ。

 中山が優斗に身を乗り出して提案を述べていた。

 そうなると、この班員構成で起こる展開は予想ができる。


「荻原君が行くなら、私も一緒に行こうかな」


「宮下さんまで……」


 優斗の隣に腰掛けていた宮下が、静かに手を上げて賛同の声を上げる。

 ……まあ、すべてこちらの指示に従ってもらうなんて約束はしていないから、彼女の行動には文句を言うことも出来ない。


 本音を言えば、もう少し混雑を避けられれば、俺も動きやすくて時折二人だけの時間が作られるようにお邪魔戦法を繰り出していたのだが……。


 優斗は困り顔でこちらに視線を向ける。

 ……自分に投げかけられた判断を他人である俺に委ねられても困るんだがな。


 しかし、優斗を挟んだ二人の少女は既に臨戦態勢に入っている。

 互いの視線を交じり合わせて、どちらが荻原優斗とお土産コーナープチデートを行うか、それしか頭には浮かんでいないのだろう。


 思わず深い溜息を零して、視線を下に落とす。

 首を横に振って、ご自由にどうぞとジェスチャーで示すと、待っていましたといわんばかりに宮下と中山の二人は優斗の両腕を掴み階段へと歩みを進めた。


 優斗の腕を掴んだ中山が振り返りざまに、あっかんべーなんて子供じみた挑発をしてきたのを見て、思わず苦笑が零れる。


 他人を煽るレパートリーが少なすぎだろ。


「本番は、この後の自由時間ですから、私達も少し休憩としましょう」


「そうだな……」


 隣でお茶を淹れなおしてくれていた雫が、小さく優しい声音でそう告げた。

 反対側の綺羅坂も、卓上にこの後に訪問する国際通りのマップを開いていた。


 修学旅行に来て、何を俺達はやっているのだろうか。

 本分から離れて、そして巻き込んで。

 

 修学旅行は、恋愛沙汰の最大級イベントだと、言ってしまえば大概の生徒が頷くだろう。

 だから、学生イベント的には間違った行動をしているわけではない。



 しかし、頭の中に浮かぶのは、協力してくれているこの二人には、何のメリットもないことだ。

 それが分かっているだけに、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。


「悪いな……付き合わせて」


「何よ今更、私は別に想像していた修学旅行と大して離れていないから」


「私も、一緒の班で観光が出来ればそれだけで楽しいですから」


 綺羅坂は、俺の発言を聞いて一蹴すると、お馴染みとなった髪を払う仕草を見せる。

 雫は、ただ優しく微笑んでいた。


 あれ、おかしいな。

 なんだか、目の前の女性たちが凄く優しくて母性に溢れた女性に見えてきてしまったぞ。


 普段は、目を離せばあーだこーだと言い合いしている生徒にはとても見えない。

 これが成長なんですね……なんて、誰目線かもよく分からない小粋なジョークを心のうちで繰り広げてから、ゆっくりと重い腰を上げる。


「楓に土産を買ってあげたい、二人も選んでくれるか?」


 俺の頼みごとに、二人は静かに頷いた。






 午前中のイベントである平和祈念公園、そして昼食とお土産購入を終えた一同は、自由時間へと突入した。


 各クラス内で構成した班員たちと、自由に沖縄観光をする最大の楽しみである時間だ。

 俺達の班も、多くは表情を明るくさせて出発の時を心待ちにしていた。


「全員揃っているね、それじゃあ行こうか!」


 優斗が班員が揃っていることを確認してから、出発の合図を出す。

 それに女性陣と俺以外の男子が手を上げて「オー」と元気よく答える。


 ノリノリだな……こいつら。


 若干、この場の空気に馴染めていない感は否めないが、班の最後尾を付いて歩く。

 目の前に雫と綺羅坂が歩き、さらにその前を男子生徒二人が歩く。

 最前線に優斗を挟み中山と宮下が進む並びだ。


 誰が決めたわけでもなく、自然とこの隊列になっていた。

 つまり、俺はこの班の殿(しんがり)を任されていると言っても過言ではない。

 何かあれば、先に行けと格好よく班員たちに言い放つことだろう。


 あれ……完全に捨て駒では?

 お決まりのネガティブな思考が今日も元気に働き、この並びの本当の意味を悟った気がした。


「国際通りと呼ばれているのだから、国際色豊かな海外の商品が多いのかと思いましたが」


「……沖縄の商品が多いな、というか沖縄のTシャツは想像の三倍はダサい」


 有名な観光地にはよく見かけるTシャツ販売だが、沖縄のは他よりも群を抜いてダサい商品が多かった。


 サーターアンダギーや、シーサー、ようわからん文言が入ったシャツ。

 シーサーはまだ分かるが、食べ物や文章だけって何とも言えない。

 しかも、誰の名言でもなさそうなセリフだし……


 露店の前で、雫と二人商品を吟味しながら首を捻っていると、綺羅坂は静かに微笑を零す。


「海外に行ったことがないから、ここで海外気分を味わえると思っていたかしら?」


「……」


 その一言は、大層挑発じみていて、俺も雫も途端に顔をしかめる。

 やっちゃいましたね、これは火をつけてしまいましたね。


 心のうちに眠る小さな灯をさらに大きく燃え上がらせましたね。


「……海外に行ったからって調子に乗るんじゃないぞ、俺はただ日本が好きなだけだ、言語が伝わらない場所に来たくないだけだ、つまり、家から出たくないだけだ!」


「湊君、完全に本音が出ていますよ」


 いかんいかん、綺羅坂の挑発に乗せられて感情を吐露してしまうところだった。

 すでに手遅れだということに関しては、目を瞑っておこう。


 数店を回ってみたが、品揃えに関してはどこも似たようなものだ。

 国際通りでも何かお土産でもと考えていたが、それは辞めておこう。


 昼間に物産展で沖縄そばとかサーターアンダギーのセットを郵送で購入しておいたから、それだけで大丈夫だろう。


 となると、あとは純粋に国際通りを見て回るということになるのだが、視線の先には未だ露店の商品に目を留める中山達の姿だ。


「ここでも二人きりの状態を作ってあげるんですか?」


「やる、といっても俺が純粋に邪魔者として二人の間に割って入って時間を作るくらいしか俺には出来ないんだけどな」


 集団で既に動いている。

 建物の中に入るか、別の観光場所に移動するまでは適当に会話の合間に入り込んで、不自然でも切り離すほかあるまい。


 適当な感覚を前方のグループと開けながら、進む足取りの中で考える。

 しかし、その隣にいた雫も同様に考えていた。


真剣なまなざしで、何かを考えて、そして発した。


「湊君はこの修学旅行が楽しいですか?」


 突然、脈絡もない問いを投げかけられ、思考していた内容はすべて吹き飛んで行ってしまった。

 何を今更、そんなことを思っていると雫の言葉を代弁するように綺羅坂が言葉を紡ぐ。


「あの子を手伝うことに利となるものがあったのかもしれないわ、でも私達は真良君が楽しそうにしている姿が見たいのよ」 


 お手伝いも程々にね、そう最後に付け足された言葉に、思わず溜息が零れ出た。

 別段、そこまで入れ込んでいないつもりだったが、彼女達から見れば自分の修学旅行をそっちのけで協力しているように写っているのだろう。


 彼女達の気持ちも汲まなくてはならない。

 宮下よりも大切だと自分で思っている相手ならなおさらだ。


 彼女の協力は次の目的地で達成するとして、いまは三人で肩を並べて露店を見て回ることにしよう。


 長く歩道の両側にある多くの店を、俺達の班は時間をかけて回った。

 野球部男子が、絶対に後日必要とならない木刀を購入していたり、沖縄限定のプリクラなんてものが路面に設置されていたから、優斗と中山、宮下が撮影していたり。


 ドラゴンフルーツを使った、ドラゴンアイスなんて最高に格好いい名称のお店もあり購入してみたが、近くの水道で手を洗っている間に雫と綺羅坂に食べられていたり。


 小さな子供に道を尋ねられて、土地勘のある綺羅坂が答えたら彼女の鋭く凛とした瞳を怖がってしまった少年が泣き出してしまい、代わりに雫が道を教えてあげたり。


 面白おかしいことは多くあった。



 班員が一つになってではなく、班の中でも三つに分かれて楽しむ形となったが、それでも国際通りは中々に有意義な時間となったのではないだろうか。

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