第三十二話 言葉の重み3


優斗と宮下がクラスの集団から少し離れて、公園内を回り始めてからすぐのことだ。

 これまで、特段動きのなかった中山が、周囲を見渡すように視線を動かしていた。


 まるで、子供が母親を探すように、忙しなく視線は動き続ける。

 何を探しているのかは、考えるまでもない。


「悪い……ちょっと離れる」


「分かりました、遠くへは行っちゃダメですよ?」


「俺は子供か……」


 俺の視線の前で、綺麗な海へと視線を向けていた雫と綺羅坂に一言告げると、雫が母親のような言葉で送り出す。


 綺羅坂も、先に言われたと言わんばかりに、小さく舌打ちを雫に向けていたのが好戦的で怖いが、それは置いておくとして。


 二人の元から離れた俺は、進路を公園の中央付近へと進める。

 一つ公園内にあるアーチのような形状をした石碑の付近には、優斗と宮下が興味深そうに園内を回っている。


 その二人のところへ班員を引き連れることなく、一人で横やりを入れるべく近づく中山と二人の丁度間に陣取るように、俺は歩みを進めてから立ち止まった。


 両者間で立ち止まると、自然と進行ルートをふさがれる形となり、私は怒っていますとでも言いたげな表情を浮かべて歩み寄っていた中山は、俺の正面で立ち止まる。


「どこいくの……?」


「あんたに言う必要なくない?」


「一応、班編成の際に優斗から班長を押し付けられてるからな、班員が勝手に行動して行方知れずになったら怒られるのは俺なんでね」


 中山の言う、関係ないという言葉に対して、最適解の言葉で返す。

 班長の役割を担っていたのは厳密には優斗であるが、名ばかりの役職が役に立つ機会が来るとは。


 世間話でも持ち掛けようが、親しくもない彼女からはあしらわれるのは明白。


 彼女も何かしら答えなくてはならない状況に持ち込むために言うと、大層不機嫌そうな表情と声音で言った。


「彩だって勝手してるじゃん、それは止めないんだ」


「……」


 中山が指さしたのは、優斗と肩を並べて楽しそうに談笑している宮下だ。

 その楽しそうな彼女が、相当気に食わないのか焦りを含めた声音で急くように言い放つ。


 しかし、そんな彼女の心境とは裏腹に、ゆっくりとした動作で後方を振り返り確認してから、短く言葉を発する。


「二人からは一言、園内を見物したいって相談があったから許可した……あいつなら連絡が取れるし」


 忘れてはならないのは、完全な嘘を吐くことはNGということだ。

適度に言葉を作り変えて、ほどほどに事実を含ませることで言葉には信ぴょう性が生まれる。


そして、最後に遠回しにお前とは連絡手段がないことを添えてあげることで、特別扱いをしているわけではないと会話の中に含ませる。


 他の生徒に連絡が取れれば、公園内では自由行動なのだ。 

 だから、中山も第三者に連絡が取れる状況を作っていれば問題なく目の前の二人を追うことができる。


 しかし、彼女が連絡先を交換している相手など班員には優斗と宮下を除いていないだろう。

 根拠などないが、自信だけがあった。


 彼女の立ち振る舞いを見ていても、とても自己中心的なものだ。

綺羅坂には、冷たすぎる対応と凍てつくような瞳から氷の女王なんて呼び名があるが、中山は本物の女王になりたい生徒なのだろう。


 他者からの指示を嫌い、自分の願望を優先させる。

 周囲にとっての女王(クイーン)だ。


 学内カーストでも上位にいるから許される、今だけの特権階級に近いものだ。


 中山の言葉など従う必要もないのに、学内での彼女の立ち位置が上位にいることから、取り繕った笑みを浮かべて従う女子生徒は多くいることだろう。


 

 まあ、そこら辺の学内ランキング情勢など、正直気にもしていないのでどうでもいいのだが。


 しかし今だけは、彼女の自分勝手な立ち振る舞いは控えてもらいたい。

 突発的に作られた短い時間でも、宮下には貴重なアピールタイムになるのだ。


 でも、俺や宮下の思いとは違い、中山は邪魔だと言わんばかりに隣を通り過ぎると、雑な足取りで二人の方向へと進む。


「……そんなに気に食わないか?」


「はあ?」


 俺が振り返り、中山に問いかけた。

 何がそんなに気に食わないのだろうか。


 彼女の表情は不機嫌そのもので、瞳はつり上がり声音は低く、機嫌も見るからに悪い。

 その理由が、優斗の隣に立つ宮下なのだとしたら、なぜ彼女がそこまで不機嫌になるのだろうか。


 俺が問いかけたことに対して、中山は小馬鹿にしたように嘲笑を浮かべる。


「答える必要あんの? 偉そうに……なんかウザイし」


「ですよね……ま、別に答えてもらえると思っていたわけじゃないからいいけど」


 挑発することで悔しがったり、俺が機嫌を損ねたりする様子を楽しみにしていたのだろうか。

 溜息だけを零して開き直ってみると、中山は一瞬だけぽかんと間の抜けた表情を浮かべたが、次には憤慨に満ちた表情に変える。



 ただ、中山はどういう心情で二人の間に割って入ろうとしているのか、言葉として聞いてみたかっただけだ。

 それが、中山という女子生徒を不快にさせているのは分かっていた。


 関係のない、そして親しくないクラスメイトからの問いであれば尚のこと不快であろう。


 でも、荻原優斗の隣にいる女子生徒が宮下彩だから、彼女は踏み込んできたように見えた。


 例えば、隣に立つのが神崎雫であったり、綺羅坂怜だったとしたら彼女はわざわざ足を運んで二人の間に割って入るような行動は取らない。

 

 なぜなら、彼女が自分のステータスだと思い込んでいる学内カーストですら勝負にならない相手だからだ。


 確かに、中山は女子生徒の中では猿山の大将的な存在なのだろう。

 優斗に普段から一番ベタベタとくっついて話をしているのも彼女だ。


 学力ではなく、普段の素行から周囲の女子たちが無意識にこの女子には逆らわないでおこうと思わせた結果、自然と生まれた優劣関係。


 物差しの上で、本当に優劣をつけて比べているわけでもない。

 本来は、全員が対等で同じ場所に立っているはずなのだ。


 なら何を観て、判断をしているのか。

 外見八割、発言二割といったところだろうか。


 外見的に整っていたり派手だったり、陽気な性格であることなどから学園内ではヤンチャな生徒にカテゴライズされる生徒達は、大半が学内カーストでも上位だ。


 中身などない、すっからかんの上下関係。

 ただ、今の学生達は孤立することが怖いから、彼女達のような主張の強い生徒の言葉に従う。


 従うことが正しいか、正しくないかは関係がない。


 反発する=孤立、下手すればイジメなどに発展するのが、この学内カーストの恐ろしいところなのだ。


 しかし、雫と綺羅坂に関しては、その心配はない。

 彼女達は、発言が尊重されるであろう条件をすべてクリアしているからだ。


 学生で重要な外見的良さ、成績、運動能力。

 一つでも、雫と綺羅坂が中山に劣っている点などないからこそ、彼女は何も言えない。


 

 でも、宮下には言うだろう。

 自分よりも下に見ている相手が、自分の気に入った男子生徒の隣を独占しているのだから。


 ……おかしな話だ。

 自分で、客観的に中山の行動を分析しているつもりだが、これほどまでにくだらないと思ったのは久しい。


 何をもって、自分よりも宮下の方が劣っていると考えているのか。

 多分、性格的な問題なのだと思う。


 宮下はあまり前に出たがる性格ではないのだろう。

 本来、物静かである彼女の性格とは裏腹に、中山は高圧的な発言が多い。


 相性の悪さで、中山を不快に思わせてグループから外されるのが怖くて、これまで宮下は彼女に従ってきたのだろう。


 でも、少なくとも現状の宮下は違う。

 自分の想いに奮い立ち、行動している姿は勇ましくすら見えた。


「もういい? 急いでんだけど」


 急くように、外された視線を追うことはない。

 派手に染められた金髪を靡かせて、溜息を零しながらすれ違う。


 雫と綺羅坂が作ってくれた時間は、五分程度だろうか。

 俺は何もしていないが、少しは会話に花を咲かせることが出来ただろう。


 完璧に二人きりの状況を作れないところが俺らしい。

 そう思って、中山を追うことはせずに同じ制服の生徒が集まる場所へ歩みを再開しようとした。


 ……戻って、女子生徒一人止められませんでしたと、二人に言えるだろうか。

 二人なら、実に真良湊らしいと笑って済ませてくれる。


 優しいから、また自分達がタイミングを作ると笑うだろう。


「……それにしても、格好悪いな」


 手伝うと決めたのは俺だ。

 中山にも優斗に対しての想いがあるのかもしれないが、中途半端な口約束はしたくない。


 通り過ぎた姿を追い、そして追い越して再び中山の前で立ち止まる。


「邪魔者、再登場……」


「え、シンプルにうざいんですけど……」


 予定変更、ストラテジーをチェンジしよう。

 手法をあらかじめ算段していたものから、アドリブへと変えよう。


 よくよく考えるまでもなく、俺には作戦参謀や軍師のようなインテリ系男子は難しい。

 思慮深く、取り繕った言葉を並べたところで中山にとっての邪魔者にしかならないのだから。



 

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