第三十一話 青春の旅路7
首里城の敷地内にある観光スポットを巡り終えると、一同はバスの中に戻る。
道中、優斗と並んで歩いている際に彼が控え気味に声を掛けてきた。
「悪いな、面倒な役割を任せて」
「別に……お前も大変だな」
人気者も大変な役目だこと。
あの場で女子生徒お得意の自撮りで撮影を行わなかったのは、選択としては正しいはずだ。
第三者に撮影してもらう記念写真とは違い、一定以上の距離を詰めた自撮りになると女子生徒は浮いた扱いを受けてしまいかねない、
今回の場合は、宮下が中山あたりから冷たい目線を向けられていたことだろう。
状況が状況なだけに、優斗も口を挟みにくいだろうし、面倒ごとを少なくして解決するなら俺が撮影してあげたほうがベストな選択なはずだ。
それでも、気に病んでいたのか優斗は申し訳なさそうに告げた。
否定するわけでもなく、ただ素直に受け取っていると俺の言葉に自身の心境を吐露した。
「みんなで一緒に撮って、それでおしまいなのが一番だと思うんだけどな」
「ただのクラスメイト達ならそれで終わりだ、違う理由は一番お前が自覚しているはずだろ……」
理由は言わなくても、彼自身は自覚していた。
クラスの、学園の人気者である荻原優斗だからこぞって個人撮影をしたいのだ。
内心、何を思っているのかは別として。
男子生徒からすれば、自分は優斗と同じグループであることの強調なのか。女子生徒からすれば、周りにいる女子生徒達への牽制なのか。
考えるだけ無駄な内容ではあるが、苦心しているのが友人である以上は適当な言葉を返すわけにはいかなかった。
そして、同時に彼への俺からの問いかけでもある。
平等、皆で一緒、それは大いに結構だ。
仲良く手を取り合って平穏に過ごせればそれが一番なのだろう。
だが、人間はそんな優しい生き物ではない。
自分の欲のためならば、昨日まで友人として過ごしていた人間に対しても冷たい対応をする。
中山と宮下がいい例えだ。
彼女達は、今日の空港までは仲良く集まっていたのだろう。
だが、高校の修学旅行は人生で一度きり。
己が想像していた旅行にするためなら、友人ですら無碍に扱ってしまうのも人間なのだ。
果たして、そんな関係性を友人と呼んでいいものかは疑問だが、個人の価値観にまで口を挟んでいてはキリがない。
でも、優斗にもできたことがあるはずだ。
写真を撮るなら個人的にではなく、複数人でまとめて撮ってしまおうなどの提案をすること。
そもそも、適当な理由を考えて撮影自体を断ることだってできた。
それをしなかったのであれば、それは優斗がこの修学旅行で貫き通す責任がある。
「この修学旅行に二度目はないからな、俺にできるようなお願いなら喜んで引き受ける……でも、女子の歪な雰囲気は苦手だ」
「わかる……怖いよね、某ロボットアニメ的な通常の三倍の怖さがあるよね」
「ああ、俺の本能は逃げろと騒いでいたよ」
適当な冗談を含ませて返事を投げかけると、それに合わせて適当な言葉で返す優斗と視線が交わり互いに苦笑する。
やはり、人気者でも女子生徒の張り詰めた状況や雰囲気は怖いらしい。
慣れではどうにもならないという、意外な答えを得た。
しかし、それも束の間。
背後には音も立てずに近寄る二人の生徒がいた。
「まさか私達のことを怖いと言っていませんよね……」
「違うわよね……違うわよね」
……怖いよ。
やっぱり、女子が醸し出す雰囲気は怖い。
バスに乗り込もうとした時に、背後にいた雫と綺羅坂が頭を横から出して目を見据えて言った。
冷ややかな視線で、何やら感情を含んでいそうな瞳に思わず視線を逸らしてしまった。
……怖いね、本当に。
次なる目的地、沖縄県博物館・美術館に向けてバスは進む。
車内の様子を確認した際に、中山と宮下の様子を一度だけ伺った。
これまでと変わらぬように装っていたが、二人の間は少しだけ離れているように見えた。
その物理的な距離以上に、二人の心の距離は広がったことだろう。
博物館の駐車場に止まると、先ほどと同様にクラスごとに館内へと進む。
中でも注意事項や入場の券、その他些細な話を聞いてから時間を告げられ内部での行動は自由となった。
各々が友人達と集まり始める時に、優斗と雫もこちらに向かって歩みを進めた。
だが、俺たちが話のできる距離に着く前に二人に話しかけてきたのが同じ班の男女だ。
当然、中には中山もいる。中だけに。
班員だし、自由行動なら彼ら彼女を誘うのは当然のこと。
綺羅坂にも男子生徒が声を掛けていたが、彼女はお決まりのスルーをしてこちらに歩み寄った。
断られた男子生徒達に哀れみの視線でも送ろうものなら、憎々しい視線を頂いた。
俺に向けるのはお門違いだ。
そんなに彼女と行動をともにしたいのであれば、今日のことを教訓にして、綺羅坂から興味を惹かれる努力をすることだな。
だが、優斗と雫達の場合は俺たちへ話しかける手順を踏ませることなくクラスメイト達が館内へと押し進めた。
優斗からすれば中学の友人、そして雫からすれば幼なじみ。
真良湊という人物は、周りにとって大層邪魔な存在だろう。
優しすぎる二人は、押される背中を振り払うこともできずに何度もこちらに振り向く。
何か、言葉を発しようと雫が意気込んだ時に、俺が首を横に振る。
「……」
雫も俺の考えを汲み取ってくれたのか、小さく頷いてからいつもの微笑を学友へと向けて振り直す。
入り口に残ったのは俺と綺羅坂だけだった。
さてさてどうしたものか。
適当に入り口近くにある椅子に腰掛けると、隣に綺羅坂も腰を下ろす。
「館内を見なくてもいいのか?」
「私は来たことあるもの、それに同じ言葉を返すわ」
「今進んでも嫌な目で見られるだけだからな……しばらくここで休むよ」
視線の先を後方のクラスが通りすぎ、中には見たことのある生徒が何人かいた。
当然、奇異な視線を向けられた。館内の入り口で座ってぽけーっとしていたらそれは気になるはずだ。
あえて、その視線に気がついていない様子で静かな館内のBGMに耳を傾けて時を過ごす。
全クラスが通過した頃だ、綺羅坂が口を開いた。
「仮にも同じ班、男子の要望も聞いておかねば彼女が何か言いたい時に言いづらいものね」
「……わざわざ言葉にしなくていいですよ」
先ほど、雫に対して首を横に振った理由を、わざわざ親切御丁寧に言葉にして告げられる。
実際に言葉にされると恥ずかしいのでやめてもらいたい。
だが、我が儘も行き過ぎればただの自己中だ。
適度に相手の要望も呑んでこそ、我がままは通される。
今回のようにクラスでの全体行動は大人しくしていた方が、この後の自由行動の際に雫や優斗も何かと班員に言いやすだろう。
別に、そんな俺の考えを理解してもらいたいとか、優しさからとかではない。
後々、お前は彼女達を独占していたのだから、自由行動は好きにさせてもらうという本人達の要望を無視した会話が容易に想像ができてしまうから、リスクを避けるためだ。
遠まわしに自分のためにもなる。
「それにしても、人は本当に薄っぺらいものね」
「……」
綺羅坂が小さな声音で呟いた。
中山と宮下の一件を外から眺めていたから、そのことなのは間違いない。
友情とは名ばかり、脆い関係性が垣間見得た瞬間だ。
「たった一度……修学旅行だからこそ自己中心的になる、結局誰から見ても世界は自分中心に回ってるからな」
中山の中では、彼女がメインヒロインなのだ。
そして、主人公の優斗との高校最大級のイベントに思い出を残す。
過程で友情を損なうことになったとしても、彼女が選んだのは目に見える思い出ということだ。
確かに薄っぺらいといえば、そう見える。
友情とは一体なんなのか。確かに目に見えない関係性であり上下もある。
全てが対等の関係性ではない友情という間柄は、期間限定のものだ。
高校を卒業すれば、二度と会うことはないかもしれない。
だから、簡単に捨てられる。
そんな価値観で過ごしているであろう中山達の高校生活は楽しいものなのだろうか。
……いや、楽しいのだろうな。
深く考えていないのだ。
目の前の自身の欲に忠実であり、楽しいと思うことに、自分の願いにだけ素直に従うのだからきっと楽しい生活なのだ。
本当に大切なものが、些細な行動ひとつでなくなってしまうことに気がついていないだけで。
余計なお世話に思考を割いていたが、時間もあまりない。
隣に腰掛ける綺羅坂に手を差し伸べた。
「そろそろ見て回るか?」
「私は行きたくないわ、それよりも数少ない貴方との二人きりの時間を有意義に使いたいものだわ」
最後に、貴方が進みたいなら別だけどと付け足すと返答を綺羅坂は待った。
正直、この先に館内を進んでも男子生徒から睨まれるのは想像に容易い。
館内ということもあるからなのか、多くの同級生が詰め込んでいるせいで息が詰まりそうだ。
「……なら、ここで休んでますか」
「ふふっ、そうしましょう」
綺羅坂の隣に立ってしまった腰を下ろして、短く言った。
この後も、何かと気を揉む展開は続くはずだ。
休める時に休んでおくのも俺らしいといえば俺らしい。
隣の綺羅坂も落ち着いたのか、鞄の中から本を取り出していた。
「楓のお土産……何にしよう」
「この際だから一緒に考えましょうか」
隣で声のトーンが上がった綺羅坂が、そう提案を持ちかける。
何もしないでただ休んでいるよりかは、有意義な時間になるかもしれない。
俺と綺羅坂は、クラスメイト達が入口に戻ってくるまでの間、椅子に腰掛けたまま妹のお土産についてや他愛もない話を沢山話したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます