第三十一話 青春の旅路6

 

 那覇空港から、学園側が手配したバスに乗り込むと桜ノ丘学園一行は首里城へと向かった。

 道中、車内でバスガイドによる沖縄についての歴史や様々な情報が伝えられた。

 大まかな情報としては、学生達は修学旅行に赴く前に各々で調べてはいる。

 だが、細かな地元ならではの知識などを雄弁に語るガイドに、耳を

傾ける生徒は多い。


「……」


 車内の窓際に腰かけた俺は、沖縄の光景に目を向ける。

 自宅のある神奈川とは建築物から出店に至るまで違いが確かにあった。


 空港付近は近代的に発展しているが、街中を走ってみれば一目瞭然。

赤に近い色が多く使われたり、所々にシーサーの置物が置かれていたり、意外なことにコンビニの風貌も違う。


 青を基調にしていたはずの大手コンビニも壁面を焦げ茶色に仕様変更されていた。

 

 普段とは違う街並みは、観光がてらに見ている分には面白い。


 修学旅行とは、学生が歴史ある場所へと赴き、字のごとく見て学ぶことが本分だ。

 記憶にも新しい中学時代の修学旅行では、京都と奈良に行った。


 楽しいか、自問自答して思い返してみれば楽しい記憶はない。

 ただ、歴史的な文化財を見て、歴史や技術とは凄いものだと実感したくらいだろうか。


 あの時は、何も余計なことを考えることがなく優斗が楽しそうにおしゃべりして、雫も珍しく興奮した様子で楽しそうにしていた。


 旅行は、人の心を開放的にする。

 例外なく、今回も同じだ。

 バスガイドの話を聞いて、質問をする生徒もいるが、それは本当に興味があるからではない。一種の盛り上げだ。


 車内の雰囲気を明るくして、楽しいものへと変えること、そして自分を中心に会話が弾むことが楽しいのだ。


 隣に腰かけて、持参したガムを差し出す優斗に目を向けて、無言で受け取った。

 ニヒッと微笑を浮かべて、優斗も自分の口に一つ放り込んだ。


 車内を見回すようにしてクラスメイトに目を向ける優斗は、俺達の前に腰かけた二人にも中央の通路から身を乗り出して問うた。


「二人も食べる?」


「大丈夫です」


「遠慮しておくわ」


 ワイワイと騒がしい車内に紛れた返事だが、真後ろにはしっかりと聞こえた。

 即答で断るとか、表情は見えないが思わず苦笑が零れてしまった。


 渋々と、優斗は姿勢を正すと隣から覗き込むように外の光景に息を漏らす。

 目的地までは近い。

 看板などで首里城の名が散見していることから、窮屈な時間もあと暫しの我慢だろう。


 だが、小さな空間というのは人間関係を如実に表すものだ。

 車内で指定の席がない場合、派閥や影響力で席が自然と決まってくる。


 静かな生徒は前に、煩い生徒は後ろに。

 高校生なら単純にそのように二分割される。


 バスに乗車の際に、男女問わずに優斗達には後方から声が掛かっていたが、その一派たちの少し前に俺達は腰を下ろした。



 最後尾には中山や宮下、それに髪の毛が全体的に明るいお茶らけた生徒が多数固まっていた。


 いわゆる、陽キャというやつらだ。

 学内カーストにおいて、上位に位置する連中は我が物顔で騒ぎ散らしてた。


 前方に座る生徒の何人かは、煩そうに顔をしかめて振り返ってはいたが、何も苦言を告げることはない。

 それが暗黙の了解なのだ。


 担任も一定以上騒がない限りは、注意をすることはない。

 これが無法地帯……。


 だが、憶測になるが他のバスよりも幾分か静かな方なのだろう。

 理由は単純明快。


 彼ら以上に影響力と発言力がある生徒が三名このバスには乗車しているからだ。

 雫と優斗と綺羅坂。


 この三人がいる限りは、後方でふんぞり返っている生徒達も好き勝手には出来ない。

 彼らを引き込んで、この旅行を最高の思い出にしたいであろうクラスメイト達は、まず最初のバスの席取りで躓いたことになる。


 

「まもなく到着します」


ガイドの女性が一声発すると生徒達は一瞬声を大きくする。

 そして、貴重品や最低限の筆記用具などを制服のポケットにしまい込んで停車を待った。



 首里城の指定駐車場へバスを停めると、各クラスがまとまって場内へと歩みを進めた。


「……本物のシーサーだ」


「本物というか、本場のシーサーね」


 大きな門の手前に鎮座したシーサーは風土で傷が多い。

 だが、歴史を感じてそれが良い。うん。


 でも、綺羅坂が隣をすれ違う瞬間の突っ込みはいらない。

 楓に写真でも送るかと、スマホのカメラ君を久々に起動させて撮影した。


 他にも、撮影が許可された場所は一通り映像に収めると、いよいよ首里城の本殿まで進んだ。


 門の下を通り、広間のような場所へ出ると全体的に赤い建物が視界に広がる。


「首里城はいまから――」


 眼前の建物の歴史、世界遺産に認定された時の話などを事細かく説明してくれているガイドに耳を傾けながら、じっと目の前の建造物を見据える。


「凄いですね……楓ちゃんにも見せてあげたい」


「女学院は京都か北海道かで分かれているみたいだからな」


 妹は、旅行で赴かない限りこの景色を実際に目の当たりにすることはない。

 隣でそれを知っていた雫が、少しだけ寂しそうに呟いた。


 その隣には綺羅坂もいるのだが、彼女は別荘があるからかさほど興味がなさそうだ。

 

「今度皆さんでまた来ませんか?」


「めんどい……」


 空港に向かったり、長丁場を我慢したり、慣れない土地を散策したり。

 楽しいと感じるか否かの問題だ。

 俺は正直、国内だとしても遠出は面倒だ。


 というか、家から出たくないまである。

 究極の引きこもり、将来は自営業で在宅勤務を希望します。


 だが、俺の返答など想定済みなのか気にもしない様子で綺羅坂にも同様の質問を雫が投げかける。


「綺羅坂さんはいかがですか?」


「楓ちゃんが行きたいと言うのであれば飛行機や宿泊先は手配するわ、これくらい未来の妹のためには当然よ」


「決まりですね、将来の妹の件以外は」


 ……俺の意見は?

 というか、妹はあげないからね。

 ドラマのお父さん的な発言をしてでも、妹はやらんと彼氏の前で断言する自信がある。


 お前を試すとかいって、家の外に連れ出してそのまま帰宅させる作戦も既に考えてあるから完璧だ。


 二人は一瞬だけ鋭い視線を交差させるが、すぐに普段通りに戻る。

 俺も、面倒だとは言ったが現地に赴いて何も記憶に残さず帰るつもりはないので、眼前の光景をしかと焼き付ける。


 十分、楽しんだところで視界の端で何やら人が集まっているのに気が付いた。

 優斗を中心に、多くの生徒が写真撮影を行っていた。


 ……あいつはアイドルかよ。

 首里城についての説明書きがある場所に進むついでに、会話の内容でも聞いてやろうかと近づいてみると、内容はくだらないものだった。


「彩、荻原君と写真撮りたいから撮影お願いね」


「私も次に――」


「はやくー、時間なくなるでしょ」


 中山が優斗の腕を掴んで、一番の撮影スポットに連れ出す。

 宮下が……というか彩って名前なのね初めて知った。

 その宮下が、交代して次の撮影を頼もうとしたのだろうが、遮るように中山が催促する。


僅かな表情の変化だが、彼女は不服そうな顔を見せる。

だが、中山はそんな小さな変化など気にも留めていない。


友達と言っても、二人の間には上下関係が既に作り上がっていたのだ。


 優斗も二人の言葉のやり取りに、口を挟んでいいのか困惑しながらもカメラに視線を向けた。


 その後方にいた、俺は優斗と自然と視線が交わる。

 何か助けを求めるような視線に、思わず溜息が零れた。



 あの瞳を見て、何を意味しているのか気が付かないくらい浅い付き合いだったら楽だったものを。


 必要性と、俺に何も良いことはないのが分かっていながらも三人の元へと歩み寄った。


「はいチーズ……撮れたよ紬(つむぎ)、今度は――」


「さんきゅー、みんな進んじゃったね」


 中山は、宮下から自分のスマホを受け取ると次の目的地へと進んだクラスメイト達を追って歩いて行ってしまった。


 その背を寂しそうに見送る中山の手には、自分のスマホが握られていた。


「……優斗、さっさとしろ」


 俺が宮下の隣で立ち止まると、優斗に言った。

 何事かと、一瞬嫌そうな視線をお隣さんから向けられた気がするが、今の俺は最高にいいクラスメイト。


 手を差し出して告げた。


「撮りたいんだろ……撮ってやるから貸せ」


「あ、ありがとう……」



 宮下は、黒髪を整えてからスマホを手渡す。

 優斗の隣で立ち止まると、服装を正して僅かに赤面させてこちらに視線を向ける。


 幸い、彼女が使っていたのが俺の使用しているスマホの最新機種だったこともあり、操作に関しては問題ない。


 建物を入れて二人を撮ることが難しく、画面の縮小を繰り返していると顔を挟むように雫と綺羅坂が同じ画面をのぞき込む。


「もう少し離した方が良さそうですね」


「これくらいかしら?」


 雫の一言に、綺羅坂が白い指で画面を操作して調整をする。

 それに合わせて、俺が掛け声を…… 


 そう言えば、人の写真撮影とか全然したことがない。

 はいチーズって言えばいいのだろうか、地方でも言い方が変わると聞く。


 撮影ボタンを押さない俺に全員が不思議に思ったのだろう、こちらに視線が集まるのを感じたので、適当な言葉で取ることにしよう。


「マルチーズ」


「犬ね」

「犬ですね」


 適当に選んだ言葉に、両隣からはツッコミが入れられる。

 優斗も宮下も、一瞬だけ間の抜けた表情を浮かべたが次には楽しそうに微笑んだ。


 カメラに収められた表情は、そんな笑顔の写真だった。

 

 ……俺、カメラマン目指そうかな。

 そんな、カメラマンの能力的には分不相応な偶然ショットを撮影してしまったのだった。


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