第三十一話 青春の旅路5
空港を一般利用する人の中で、一際この場には似合わない集団が所狭しと空港の一角を占拠していた。
本日から行われる桜ノ丘学園修学旅行の生徒だ。
制服のブレザーに身を包みながらも、普段よりか少しだけ身だしなみに気を遣う集団は、一様に期待の表情を浮かべる。
優斗、雫、綺羅坂の後に続いて空港内に入ると、まず最初に目に飛び込んできたのが生徒達の集団だった。
近くを通り過ぎる人たちの視線も暖かいものであり、かつての自分を懐かしむような表情さえ込められているようだった。
その思い出は甘いか苦いか、気になるところだ。
クラスを問わず、学年全体での人望が厚い優斗と雫は言わずもがな、綺羅坂も並び歩いている姿に生徒達は近寄り声を掛ける。
前者の二人はにこやかに応対をして、後者はスタスタと歩みを止めることはない。
生徒達の集団から少しだけ離れるように、指定の場所まで俺も進むとこちらの存在に気が付いて歩み寄る生徒が二人いた。
小泉と三浦の生徒会コンビだ。
二人は、制服の上に普段のように生徒会の腕章を着けていた。
校外での活動なのに、なんで腕章なんぞ身に着けているのか一瞬だけ疑問に思い、そもそも俺も腕章を持参しなくてはならなかったのではという答えに辿り着く。
その間、約二秒。
表情を曇らせて、目の前で立ち止まる二人の腕に視線を向けていると、意図を汲み取ってくれたのか苦笑を小泉は零した。
「腕章は絶対ではないから安心して、空港だから生徒誘導の役に立つかと思って持ってきただけだから」
「……そうか、なら安心した」
そっと安堵の息を零してから、荷物を足元に置く。
視線を上げて二人に目を向けると、挨拶の言葉を交わす。
「おはよう、今日も二人はお揃いなんだな」
「真良君、余計な一言はいらないわよ」
三浦から冷たい視線が向けられるが、それも慣れたもの。
適当な会話の切り出しとして、余計な言葉を付けたしてから周囲を見回す。
やはり、この日を待ち望んでいた生徒は多いのか、教員たちの号令を待つ姿が見て取れた。
優斗と雫はクラスメイトに挨拶をしてから、班員たちと合流しており綺羅坂もその近くに設置されていたベンチに腰掛ける。
中山と宮下、それに雫達の班にいた男子生徒達も近くで談笑をしていた。
俺が様子を伺っていたのに気が付いた中山は、一瞬だけ嘲笑にも似た瞳を向けるがすぐに優斗の方向へと戻す。
俺は、あくまで余計なお邪魔虫なのだろう。
修学旅行中、存在を認識されるのか疑問なくらいに気にも留めていない。
車で送迎してもらったので、比較的時間には余裕があるはずだがそれでも指定の場所には生徒の大半が待機していた。
小泉と三浦は、一声掛けに来ただけのようで、すぐに教員たちの元へと戻っていく。
刹那、俺も一緒に何か手伝った方がいいかと思ったが、会長として何も言わなかったのは無用だということだろう。
そう判断して、綺羅坂が座るベンチに寄った。
隣の席ではなく、壁面に背を預けて立つと、既に本を開いていた綺羅坂が問うてきた。
「用事は済んだのかしら?」
「ただの挨拶だ……雫達も適当に済ませたら来るだろ」
「あの二人は別に来なくても構わないけど」
……相変わらず冷たいですね。
空港の中の喧騒とした状況であるのに、彼女の紙をめくる音が耳に届く。
いや、正確には普段の生活で聞きなれてしまったので、彼女が小説のページを捲る音が脳内再生されているのかもしれない。
いつもと違う状況の中、浮足立つことなく佇む姿には尊敬の念すら覚える。
綺羅坂は視線を手元に落とし、俺は目の前の生徒達に目を向ける。
いつもと変わらない。
未知の土地に訪れる不安を、かき消すには十分だった。
視線で最後に捉えたのが、優斗たちに寄り添う中山と宮下の姿だ。
彼女達は、この修学旅行に何を求めるのか。
どんな気持ちで、このイベントに臨んでいるのだろうか。
優斗に気があるのは、俺にでも分かるくらいに明白だ。
当然、優斗も向けられた好意には気が付いている。
言葉にしていないから、余計な気配りをしてないだけであって、彼女達が気持ちを言葉にした時点で、関係性は変わる。
修学旅行は絶好の機会であることは間違いない。
面倒な役割や立ち回りを強いられることがなければいいなと思いながらも、手持ち無沙汰になった時間をどうするか考える。
「綺羅坂は沖縄には行ったことあるのか?」
結局、たどり着いたのはクール系女子で学園の先頭に立つ綺羅坂への問答だ。
お願い、湊君は暇なの。
綺羅坂も面倒がることはなく、青く透き通った瞳を向けて答えた。
「沖縄なら別荘もあるから年に一度は行っているわね、今年は修学旅行があるから北海道か京都の邸に行こうかしら……」
「……」
想像の返答とは違う、そして追加でさらりとお金持ち発言をしてきた綺羅坂に、若干引き気味の視線を向ける。
別荘とか、金持ちかよ。
いや、お嬢様なのは重々承知しているのだが、別荘とか他にもいくつかあるとか聞くと、何か複雑な心境になる。
俺の視線に気が付いた綺羅坂は、不敵に微笑むだけで何か言うことはなかった。
しかし、俺が視線をわざと逸らすと、不服なのか聞きたくない一言を付け足す。
「父も旅行の日程は沖縄の別荘で仕事をするそうよ」
「……左様ですか」
「学園側にホテルの手配を頼まれたのも父だし」
……まさか、あれですか。
綺羅坂グループのホテルにでも俺達は泊まるのだろうか。
あらかじめ、簡単に確認ができるようにスマホで撮影していたホテルなどの資料を表示させて、企業欄を拡大する。
しっかりと綺羅坂という文字が記載されていた。
「……もしかして、口利きで安くしてあげたり」
「そこのところは学園側もわきまえているわ、人数分の部屋の確保を事前に頼んだだけよ」
後々、お嬢様がいるからとか下手な噂とか耳にしたくない。
そんな問題など、微塵もなく一蹴した綺羅坂を横目に視線を前に向けた。
……あの人、沖縄にもいるのかよ。
社長ってお高そうな椅子に腰かけて社長室にいるわけではないのね。
まあ、在宅でも昨今は仕事が行える時代だからこそ、家が職場的なあれか。
別荘を転々として、気分転換的な。
娘が沖縄に来るのなら、沖縄の別荘へ。
どんな金持ち感覚だ、全然理解できない。
綺羅坂との会話に意識を集中させていると、小泉達と共に現れた教員が生徒達の誘導を始める。
倣うように、その指示に従って国内便の発着口へと進む。
荷物と渡された航空券を従業員に渡し、事前に指定された機内の席へと腰かける。
綺羅坂と雫が隣、俺と優斗が並び座った。
飛行機は人生は初の経験だ。
鉄の塊が空を飛ぶ、なんとロマン溢れる光景だ。
飛び立つ間際まで、少年少女は瞳を輝かせて今か今かと待ちわびているように見えた。
例外なく、俺もその一人だ。
クール系男子として、一線で過ごす湊君的には表情に出すわけにはいかないが、ざわつく胸中を落ち着かせるべく、座り心地が良いとは言えない背もたれに重心を預ける。
大きく息を吐いて、窓際から飛び立つ前の光景を脳裏に焼き付けた。
そうすれば、空から雲海を見た時の感動も一際大きなものへと変わるだろう。
だから、息を吐いて、姿勢を整えて、飛び立つ瞬間を待ち瞑目した。
周りの声など、ただの街中BGM、意識から外して……
「おい湊、降りないのか?」
「……」
瞑目したまま、居眠りをして気が付いたら那覇空港に着いていた。
雲海など欠片も見ることなく、飛び立つ瞬間の感動もなく、重力を感じて「凄いGだぜ!」的な漫画のセリフを言うことも叶わず。
そんな語ることなど微塵も記憶することなど出来ないまま、俺達桜ノ丘学園二年生は、沖縄へと降り立った。
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