第三十一話 青春の旅路3



 翌日から、本格的に二年生は修学旅行の準備を始めていた。

 授業以外の大半の時間を各班の自由行動の時間に割き、話し合いが進められる。

 

 同時に、昼休みや午後の授業を繰り上げて、注意事項の説明や諸項目についての話が進められていく。

 完全に、学園内で二年生だけが意気揚々と過ごしていた。


 今日も教室では確定した班のメンバーで椅子を並べて、当日のタイムスケジュールを決め始めている。


そんな室内で、話し合いが進む気配のない班が二つ。


 うち一つは、教室の中心付近に席がある優斗の机に集まり腰掛ける俺と優斗、そして運の悪いことにも俺が司会進行時に横やりを入れてきた女生徒二人の班である。


 この二人は、確か選挙の際にも優斗の後ろにいたはずだ……


「中島さん? 話を進めても大丈夫か……」


「中山よ! 何度も間違えるとかマジ信じられない」


 二人組の中でも、特に嫌悪感を剥き出しにしていた女子生徒に声を掛けると、釣り目で強い語気で返される。


 でも、君も新学期初日に俺のことを見て「誰だっけ」と言っていたのだから、対等といこうじゃないか。

 優斗が隣で声を掛けて落ち着かせると、彼女達は体の方向を完全に優斗に向けて話し合いに参加する。


 あからさまに、私達は荻原君と話をしていますと表現しているのでしょうかね。


「琉球村とか美ら海水族館とか行きたいわ」


「国際通りは外せないっしょ」


 打って変わって、話し合いに前向きになった二人はスマホを取り出して知名な場所を上げていく。

 逐一、それをメモして優斗は可能な限り回れるルートを模索しているのか、時折唸るような息を零す。

 

 ……これなら、俺が何か口を挟む余地はなさそうだ。

 だが、その代わりに考える必要も赴いて満足しなかった際の責任も俺には無関係になるという素晴らしいメリットもあるから良しとしよう。


 その代わりと言ってはあれだが、もう一つの班に目を配る。

 教室に窓際に腰かけた男女四人のグループ。

 

  神崎雫と綺羅坂怜の組み合わせという、男子生徒からすれば羨ましいことこの上ない班構成となっている。


 しかし、彼女達の表情は暗い。

 男子生徒だけがノリノリで話をしていて、雫は乾いた笑みで相槌をして綺羅坂は完全に窓の外に顔を向けていた。

 

 班が確定した日から、この状況が続いている。

 

 全員が希望通りになるわけではないので、彼女達も文句は言うことはなかった。

 だが、修学旅行に向けていた意欲が完全に消え失せているのは、傍から見ても分かるほどの落ち込み具合だ。


「湊は希望の場所とかあるのか?」


 意識が自分のことではなく、他に向いていたところで優斗が問う。

 彼の手元にある紙には、様々な場所や地名が書かれていた。


 その中で、見覚えのある場所はいくつか指さす。


「美ら海水族館と琉球村はクラス行動で行く予定だぞ……全体スケジュールに目を通してあるのか?」


 少し呆れ気味に聞くと、中山と隣の女子生徒の……

 

 今度は間違えるわけにはいかない。

 言葉にする前に、班員名簿に視線を落として確認する。

 宮下さんね、覚えました。


 髪色を明るく染めたセミロングが中山さん。

 黒髪で一見おとなしそうに見えて、実際には腹黒そうな女子生徒が宮下さん。

 

 見た目が正反対なのでオセロみたいで覚えやすい。

 その中山と宮下は、俺の指摘を聞くと視線を逸らす。

 見てないですね、分かりました。


 まあ、俺も生徒会の関係上、資料に目を通していただけなので、立場が違えば確認などしていなかったことだろう。

 

 中でも、お土産用に寄りたかった国際通りはリストに入っていたので、あとは首里城や波上宮(なみのうえぐう)、おみきゅーとか呼ばれる美術館などは全体行動で見ればいい。


 強いてあげるのであれば、静かな場所を見ておきたいというくらいだろうか。

 パンフレットの中でも、静かな景観を楽しめそうな場所をいくつか見つけて、候補のルートに照らし合わせる。


「識名園くらいかな……」


「……地味だわ」


 俺が提案すると、中山が半目しながら言った。

 お前……世界遺産を地味とか、何を観るために修学旅行に行くのか逆に問うてみたい。


 しかし、そんなときは荻原君。

 俺の案に否定的な感情だった、中山に声を掛ける。


「まあまあ、俺も行ってみたいからどうかな?」


「荻原君も行きたいなら、私達は構わないけど……」


 渋々、優斗が行きたいからといったニュアンスで、引き下がる二人に余計な口論にならずに溜息を零す。

 いや、本当に雫とか綺羅坂だから普段通りに会話が成立しているけど、関わりない人と相対すると大体こうなるものだ。


 意思疎通が難しいと言いましょうか、好みの問題なのでしょうか。

 静かを好む人と、派手を好む人間が分かり合えないみたいな、そんな感じだ。


 優斗が中間役を担うことで、俺達の意見を確認し合いだいぶルートはまとまる。

 これで、おおよその時間や移動手段、入園料などの金額などを算出すれば教員も頷くはずだ。

 

 雰囲気が歓談になり始めて、他の班も似たような状況になると互いの情報共有がてら教室内を立ち歩く生徒が散見しはじめる。


 その間に、俺も自分の席に戻る様子で自席に戻りながら女子二人組の様子を伺う。

 彼女達も一旦休息なのか、男子生徒は世間話を始めていて、一瞬こちらに視線を向けた雫と目が合う。


 微笑を浮かべて、小さく胸の前で手を振るがその表情は晴れない。

 と、彼女を見て思いながらも班の編成に異議を唱えることなど、一介の生徒には出来やしないのだ。




 

 放課後は、生徒会室に立ち寄った。

 修学旅行を目前に、一年生の白石、火野君だけになる数日間の打ち合わせと、対応についての会議が行われるからだ。


 鉄の扉を開いて、適当に挨拶を投げかけると所定の席に腰かける。

 机の上にカバンを乱雑に置いてから、一息つくと隣の席に座る生徒の姿があった。


「おや、お疲れかな?」


「生活環境が違う人と話すのは苦手でしてね……というか、会長は元気そうですね」


「私はもう会長ではないぞ真良、錘(おもり)が外れた身軽さ故の元気かな?」


 軽快に椅子をくるくると回してから、飛び降りるように会長は立ち上がる。

 生徒会を実質引退したはずの柊茜は、こうして放課後の生徒会に毎日顔を出していた。


 正確には、引継ぎ事項の確認などのためなのだが、小泉や三浦達から時間に余裕があるなら顔を出してもらえると嬉しいと言われて、彼女も嬉々として先輩面をして赴いているのだ。


 会長が立ち上がった代わりに隣に荷物を置いた雫は、苦笑して会長の姿を眺める。

 文化祭の一件で、生徒会の推薦枠で加入した雫は生徒会書記として活動に加わった。


 これで、名実ともに生徒会役員となった神崎雫と真良湊は、四六時中同じ空間を共にしているというわけだ。


 だから、余計に修学旅行の班編成で落ち込んでいる雫の姿を多く目にする結果となった。

 加えて……


「茜さん、少し落ち着いてこちらに座ったらどうかしら」


 生徒会室の奥、窓際に設置されたソファの上には、綺羅坂が悠然と居座っていた。

 彼女は目の前の机の上に、紙コップで飲み物を用意して、その隣にはこの後の時間に読破する予定の本が並べられている。


 和洋問わず、言語も問わず。

 俺には読解不可能な難しそうな本もそこには入っていた。


 この光景を見れば、説明は簡単だ。

 雫は生徒会役員として加入し、会長は毎日生徒会に顔を出し、綺羅坂は読書スペースとして生徒会を利用していた。


 綺羅坂曰く、図書室よりも快適だからという理由らしい。

 なんて自分勝手な理由だと思ったが、小泉達も顧問の須藤先生も重要な話し合い以外では教室内は立ち入りを許可したので問題はない。


 彼女だけではなく、全生徒が同様の扱いらしい。

 あくまで、生徒会は生徒の代表が集う室内であり、共用スペースであることに変わりはない。


 そんなことを言っていた。

 だから、綺羅坂や会長達がアットホームな雰囲気を醸し出してくつろいでいても、誰も何も文句は言わない状況が完成したのだ。


 そんな教室内で、小泉と三浦は会長席の近くで見慣れた雑誌を眺めていた。


「二人もルート作成か……?」


「うん、僕達は班が同じだからね」


 俺が問うと、小泉が笑って返事を返す。

 二人は同じクラスだし、修学旅行も同じ班なのか……

 仲いいな、この二人。


 なんて思いながら、持参したココアの缶を開けていると明るい雰囲気な室内に似つかわしくない表情に急変した生徒が二人いた。


 雫と綺羅坂だ。

 二人の変化を感じ取った小泉は、あとから気が付いたように口元を抑える。


 次に俺に視線で何かを訴えかけてきたのが分かったので、掌をひらひらと振って気にするなと合図を送る。


 生徒会の面々には、既に俺達が違う班であることは周知の沙汰だ。

 班決め当日の放課後、終焉に迫った人間の表情で生徒会室に入った二人に驚いた三浦が問うたのだ。


 二人は無言で椅子に腰かけたので、代理で俺が原因を教えた。

 それから数日、すっかり生徒会の中では班に関する話題はタブーとなっている。


 まあ、今日に関しては俺が話題を振ってしまったので悪いのは俺だ。

 俺が謝っておけば大丈夫だろうと考えていると、会長が言った。


「なんだ、三人は別の班なのか……今年は合併の班構成は認められてないのか?」


 なんの気兼ねなく、そう告げた会長に二人は同時に視線を向けた。

 合併? なにそれ、聞いてないのだが。


 初耳の単語に、俺だけでなく生徒会役員の全員が首を捻る。

 その反応に、会長はあっけらかんと言葉を続ける。


「去年はありがたいことに私と同じ班になりたいとの声が多くてな、班員の全員が賛同すれば別の班と合わせてもいいとなっていたのだが」


「本当ですか!?」


 最後まで会長の言葉を聞き終えると、雫は輝かんばかりに表情を急変させる。

 そして、綺羅坂も腕に付けた時計で時刻を確認する素振りを見せていた。


 現在の時刻は三時十分。

 下校から約十分程度なら、教室に班員が残っている可能性はある。


 二人は何も告げることなく席を立つと、足早々に生徒会を後にした。

 ……きっと、男子に詰め寄るんだろうなぁ。


 そして、男子生徒は言い返すことなく、そして優斗とも同じ班になれる好条件に快諾することだろう。


 ……さらば、俺の平穏な修学旅行。

 内心、優斗に中山と宮下の対応を任せれば、沖縄の風景をのんびりと眺められると考えていたはずの修学旅行計画が、会長の一言で足元から崩れ去ったのだった。




 

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