第三十一話 青春の旅路2


 

 修学旅行における班決めのルールは少ない。

 男女に分かれて各々が好きなクラスメイト達と組む。

 そして、男女別に数字を割り振って最後に抽選を行い男女の班を組み合わせる。


 必須事項は、合計人数が四人以上であること。

 

 他にも細かな決まり事として、班の中に責任者を決めて必ず教員達と連絡が取れるように配慮することができるものがいることなどあるが、班決めにおいてはさして問題ではない。

 

 簡潔に言ってしまえばこの程度だ。

 あとは、各班ごとに目的地を決めて修学旅行を楽しんでくださいとなるわけだ。

 

「説明は以上で終わり……質問がある人がいれば別途先生へ聞いてくれ」


 クラスメイトの前で最後の末文までを読み上げると、教卓の前から自席に向けて歩き出す。

 最初はあれほどうるさかった教室内も静かなものへと変わり、最後の方は説明していて楽なものだ。

 

 生徒の前に立つ人間がいなくなったことで、教室の静寂は徐々に歓談ムードへと変わる。

 生徒達にとってはここからが楽しみの時間だ。

 

 修学旅行、二年生だけの最大イベント。

 楽しみにしていない生徒の方が珍しい。

 

 誰が誰と班を組むのか、賑わいに戻る教室内で自分の席に腰掛ける。

 

 「本当……敵を作る言い回しが得意なのね、あなたは」

 

 腰掛けたところで、綺羅坂が呟いた。

 彼女はすでに机の中から文庫本を取り出して、班決めなどに興味はなさそうにしていた。

 綺羅坂らしいといえば、そこまでだ。

 

 自分も教室内の状況を楽しんでいたくせに、何を言っているのかと言い返したくなる気持ちを抑えて代わりに溜息を零す。

 

 生徒会だから、教員はそう言っていたが別に面倒ごとを押し付けられる役職ではない。

 これだから、最近の若者は的なムーブを教員に対して投げかけたくなるが、自分の方が若者だったので止めだ。

 

 

「班……誰と組むのか決めてあるのか?」


 クラスの中では生徒達は立ち上がって、各々が組む予定の生徒達で集まっている。

 男女関わらず、その光景は変わりない。

 だが、綺羅坂をチラチラと視界に入れている男子生徒は数多い。

 

 班決めのルール上、必ず男女で構成を組まなくてはならない。

 綺羅坂に好意を持っている人間からすれば、これ以上の機会はないだろう。

 

 当然、彼らの内心では綺羅坂と同じ班になることを願っているはずだ。

 なんてことを周囲の状況を見ながら考えていると、綺羅坂は手に持っていた文庫本をパタリと閉じる。

 

 そして目線をこちらに向けて、何を言っているのかと言わんばかりに小首を傾げる。

 

「何を言っているのかしら?……真良君と同じ班に決まっているでしょう?」

 

「俺の話を聞いてましたか……?」

 

 当然でしょ? みたいに言われても俺がクラスメイトに説明していた内容を全く無視した発言だ。

 

 胸を張ってよくそんなことが言えるものだと逆に感心してしまうまである。

 口を開けてぽかんとこちらを見据えていた綺羅坂が、手元の配布された用紙を確認する。

 

 そこには、俺が教卓の前に立って説明した内容が詳細に記載されている。

 すぐに表情は冷静なものへと変わり、指先を顎に当てて思案顔を浮かべる。

 

 正直、男女の組み合わせに関しては時の運に頼る他ない。

 彼女の秀でた頭脳を持ってしても、対応策などないのだが、それでも綺羅坂はおもむろに腰を上げる。

 

 

 班員を決めるためにクラスの中心でガヤガヤと騒いでいる場所へと歩みを進める彼女の姿に、すれ違う生徒達は何事かと目を奪われていた。

 

 俺もその中の一人だ。

 何をしでかすのかと、少しだけ心配になりながら眺めていると、女子生徒の中心人物である雫の横で歩みを止めた。

 

「少し話があるのだけれど」


 そう言って、雫に声をかけた綺羅坂は教室の後ろを指差す。

 流石に授業中に教室外に出るわけにもいかないので、クラスメイト達から話が聞こえない程度の距離を空けて話がしたいのだろう。

 

 指差す意味を悟った雫も、何事かと少しだけ驚きながら教室に後方へと移動する。

 クラスメイト全員の視線が彼女達に向けられる中、俺は自分の席から班編成についてどうしたものかと思いを馳せる。

 

 あまり物には福があるなんて、班編成においては何も意味のある言葉ではない。

 むしろ、現在進行形でクラスメイト達からの印象を下げていた俺を誘う奇怪な人間などこのクラスにいるのだろうか。

 

 

 そんなことを考えながら、再度教室の中を見回すと優斗がさりげなくクラスの中心から抜け出して俺の前の席に腰掛けた。

 

「湊はどこに行きたいとかあるか?」


 担任が参考資料用に持参した旅行雑誌を片手に、意気揚々と語る姿に唖然とした。

 俺の視線に気がついた優斗は、不思議そうに問うてきた。

 

「もしかして、沖縄に興味ないのか?」


「いや、それ以前に何故俺と普通に班を共にするつもりでいるのかについて聴きたいところだ」


 彼が持参した資料の上には、班員の名前を記入する紙がある。

 そこには、班長の欄に俺の名前が記載れており、その下には荻原優斗の名が連なっている。


 コソコソと彼らしくない行動で、クラスメイト達も一瞬にして席から姿を消した優斗を探す様に視線を動かす。


 最終的に行き着いた視線の先が、こちらであることに少しだけ納得していた様子なのが気にくわぬ。

 

「え、組まないの?」


 逆に驚いた様子で聞き返す姿に、こちらが溜息を零す。

 組む相手も他にいないので、クラスメイト達から恨まれるのを覚悟するしかあるまい。

 

 返事を返すことなく、優斗が持ってきた資料に手をつける。

 二人して、黙り込んで互いが行きたい場所を探す状況の中、担任の教員が職員室から戻ってきた。

 

 片手にはダンボールで作られた抽選箱が握られている。

 教卓にその箱を置くと、担任が口を開く。

 

「決まった生徒達は用紙を提出する様に、全員の用紙が回収できたところで抽選を行います」


 簡潔な説明に、生徒達は頷いたり言葉で返したりと様々な反応を示す。

 優斗は話が終わったところで、すかさず持参した用紙を担任へと手渡していた。

 

 これで、俺と優斗が同じ班になることが確定した。

 男子生徒達からすれば、不満があるのだろうが優斗の意見なので誰も口を挟むことはなかった。

 

 

 

 クラスメイト全員の用紙が提出されたことで、担任がまず男子の班を発表する。

 

「真良、荻原はD班」


 黒板の書記役として女生徒が俺と優斗の名前を書いて、その下にDと記す。

 女子生徒達は少し騒ぎ立つ。

 

 男子生徒の次は、女子生徒達の班が発表される。

 これで、D班を引いた組が俺達と同班になる。

 

 男子生徒の抽選が全て終わり、次は女子生徒の組み合わせが発表される。

 俺は席からクラスの様子を眺めていたが、隣では綺羅坂が、視線の少し先では雫が手を合わせて祈る様に結果を待っている。

 

 ……そんな、深刻な顔して大丈夫かよ。

 たかが修学旅行の自由日程だろうと思ってしまうのは、修学旅行への期待値の差だ。

 

 「女子神崎、綺羅坂の組は……」

 

 担任が、その一言を発した時に少しだけ男子生徒達が騒ぎ立つ。

 決して仲良くない二人が、同じ班であることに衝撃を受けたのだろう。

 それと同時に、この二人と同じ班になることができる可能性が浮上したことによる、期待の表れだ。

 

 この二人、後ろで何を話していたのかと思えば、同じ班になる話をしていたのか。

 意外……

 

 そんなことを思いながら、担任が次に告げるであろう言葉を待つ。

 

「二人はB班だ」


 担任が引いた紙にはBと大きく書かれており、告げられた瞬間同じ班になった男子生徒達は歓声を挙げる。

 

 だが、裏腹に二人は全く同じ反応で頭を机の上に落として、落胆した様に力尽きた。

 

 雫は涙目でこちらに振り返り、俺は諦めろと言わんばかりに首を横に振る。

 こればかりはどうしようもない。

 

 隣の綺羅坂にも一言何か告げた方がいいのだろうかと、視線を横に向けるとこの世の終わりの様な、力のない瞳で小さく呟いた。

 

「私……修学旅行は行かないわ」


「行けよ……」


 決して、俺や優斗が悪いわけではない。

 悪いわけではないのだが、何故か二人に申し訳ない気持ちになってしまったのは胸の奥にしまっておくことにした。

 

 

 


 

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