第三十一話 青春の旅路

第三十一話 青春の旅路1



 日本は四季があるけれど、その変わり目を明確にするのが難しい。

 大半の人が暦で判断するよりも、体感的な部分が多いからだ。


 人によって寒ければ冬になるし、少し暖かいと感じればまだ秋だ。

 住宅街に吹き荒れる横風が、俺には寒く感じるのですでにこの町は冬が訪れている。


 俺が決めた、俺の判断基準。

 異論は認めん、なぜなら個人間で季節って判断していいと思っているから。

 

 なんて、住宅街を進み登校している最中、考える。

 

 文化祭が終わり十一月中旬。

 今週末には修学旅行が迫っていた。


 今日も、学内では修学旅行の話題で持ちきりなのだろう。

 嫌という程、クラスでも賑わいを見せていた。

 さすが、修学旅行。

 

 二泊三日、親元から離れて親しい友人達と旅費など気にせず遊び三昧。

 気にするのは隣の異性と財布の中身だけ。


 歩き食いや無駄な浪費をして、親から頂戴したお小遣いを無くす生徒がどれほどの数いるのだろうか。


 こういう遠出の際は、交友関係が狭くて良かったと身に染みて痛感する。

 だって、お土産を買う必要性がない。

 俺の場合は、楓と両親のもとに送る用を買えば大丈夫。


 あとは自由に使ってよし。

 むしろ、使わなさ過ぎて後のお小遣いに進化するまである。


 進行方向の歩行者用の信号が赤に変わったのを確認して、立ち止まったところでスマホを取り出す。

 普段使わないスマホ君は、最近活躍中だ。


 検索項目に目的地を入力する前に、隣から口頭で告げられた。


「沖縄だとこの季節でも暖かいのでしょうか」


 当然のように朝の登校を共にしている雫は、俺がスマホで検索しようとした内容と同じ質問を投げかけてきた。

 服装とか、正直遠すぎて検討もつかない。


「……二十度は平均的に超えてるらしいな」


 暖かすぎやしませんかね。

 普通に上着とか用意しようかと思っていたけど、半袖で過ごせるぞ。

 

 雫も目前にまで迫った修学旅行に期待が高まっているのか、普段よりも浮ついた声音だ。

 その隣から、同じく楽し気な声が届く。


「本場のサーターアンダギーとか、沖縄そばとか食べつくそうな」


 肩に学校指定のスクールバックを背負った優斗が、無謀な提案を告げた。

 文化祭、そして喫茶店の一件を経て、最近では昔のように登校するくらいには関係は修繕されている。


 だが、俺だけでなく雫ともあやふやな関係性なのは未だ解決はしていない。

 俺と雫との距離感よりも、優斗と雫の距離の方が離れている。


 前なら、そこから一歩踏み込んで並び立っていたところだが、これが変化だろう。


「奢りなら付き合うぞ……」


「マジか……お小遣い足りるかな」


 冗談で言った言葉を真に受けて、財布を確認する素振りを見せる優斗に雫が苦笑を零す。

 彼女も俺が冗談で言ったと気が付いたのだろう。


 信号が青に変わったのを見ると、三人で並んで歩みを再開する。

 今日は、班を決めて自由行動のルートを決める日だ。

 当然、騒がしいことは容易に想像ができた。





 時間は過ぎ去り、昼休みが終了して最後のLHR(ロングホームルーム)の時間に差し掛かる。

 教卓の前には、担任の姿はない。

 代わりに、何故か俺が立っていた。


 何故だ……

 こういうのはクラス委員とかの仕事だろう。


 クラスメイトからの視線が俺に集まり、背中に嫌な汗が流れる。

 普段から他人と話すことに慣れていないことの弊害ですねこれは。


 担任は生徒会だからという理由で、班決めの進行役を俺に投げ渡すと自分は書類を取りに職員室に戻ってしまった。


 クラスは騒然として、話を聞く姿勢でこちらを見ているのは雫と優斗、綺羅坂の三人だけだ。


「えー……班決めですが――」


「うち、荻原君と一緒がいいわ」

「私も!」


 俺が口火を開こうとしたところで、タイミング悪く女子生徒がそう言った。

 同調するように、他の女生徒も手を上げて立候補する。

 ……黙って人の話を聞くことを小学校から学びなおしてもらっても大丈夫でしょうか。


 俺の内なる人格が出てくる前に黙っておいた方がいいぞ……なんて、中学二年生が言いそうなセリフを脳内再生すると、気を取り直して言った。


「それでは、今回の修学旅行の――」


「神崎さんはまだ班決まってない?」

「あ、俺も聞こうとしてた」



 ……いや、いいよ。

 気になる異性が誰と班を共にするか気になるよね。


 聞きたくなる気持ちは分からないけど、分かる。

 一周回って分かる、ということにしても代表して前に立つ者の話を最後まで聞くという精神力は君達にはないのだろうか。


 漫画なら、完全に頭の血管がはち切れて怒りマークぷんぷんだ。

 だが、俺は周囲の生徒よりも落ち着いているという自負がある。

 冷静に、そうクールにだ。


 息を吐いて、荒ぶる胸中を落ち着かせる。


「煩(うるさ)い……動物園かここは」


 無理でした。

 冷静になって、落ち着いた結果、この状況を収めてかつ議題を進めるという方向性は俺には難しいという答えに至った。


 生徒会として、能力が不足していると言われれば否定できない。

 でも、人の前で取り繕った笑みと発言を連ねるのは自分らしくない。


 声音は低く冷たい。

 生徒達も、一瞬誰が言ったのかと周囲を見渡したが、教卓に立つ俺だということに気が付くと瞳を見開く。


 少しだけ静かな状況になったのをいいことに、発言を続けた。


「自分の好きな人たちで班を作りたいならお前……それからお前もここに立って話を好きに進めろ、立たないなら時間が無駄になる……静かに議題に沿った発言をしろ」


 先ほど、話をぶった切って自分の意見を告げてきた男女の生徒を指さして言った。

 女子生徒の方は選挙でも姿を見かけたが、名前は忘れた。


 相手も似たようなものだろうから気にしない。

 男子生徒も優斗の近くでいつも騒いでいる一派の一人だ。


「別にうち達はあんたに頼んでないですけど」


 面倒なことに女子生徒が言い返す。

 周囲の仲間を引き込み、賛同するように相槌を促すと言ってやったと言わんばかりに口元を歪ませる。


「偶然生徒会に当選したからって、あんた調子乗り過ぎじゃない?」


 まるで、クラスの総意を代弁するように告げると、女生徒は足を組んで背もたれに体を預ける。

 何がそんなに自信を持てるのか、甚だ疑問だが適当に話を逸らして議題を進めるか悩む。

 

 悩んで、悩んで、正直面倒だから優斗あたりにバトンを渡して席に戻ろうかと思ったが、視線の先で綺羅坂がニヤリとこちらを見ているのに気が付いた。


 ……楽しんでやがる。

 この状況で、俺が何を言うのか、どんな対応をするのかが彼女には興味があるのだろうか。


 クラスからの印象とか、個人からの印象とか、そういうのは別段気にしない。


 それよりも、下手に席に戻って、冷たい一言を告げられる方が精神的ダメージは大きいと判断します。

 あの人、人の心を的確に抉る才能に秀でていますからね。


 無意識に胸の中の息を吐露して、思考を切り替える。


「……なら、逆説的に勝てて当然な勝負に優斗が負けたとクラスメイトの前で堂々と発言しているのと同じだが、そこらへんを考えての発言か?」


「はぁ!?違――」


「言葉の解釈は人それぞれだ……仮に交友的にしている相手に関しての発言なら、もう少し気を遣え」


 そう言って、視線を優斗に向ける。

 女子生徒も釣られて優斗に視線を向けるが、彼は急に集められた視線に苦笑いを浮かべる。


 気にしていないよ、そう表すかのように女子生徒に手を振ると、先ほどまで自信満々にふんぞり返っていた相手も静かに小さく縮こまる。


「俺はただの進行役だ……班決めのルールだけ言ったらすぐに下がるから、それまで我慢してくれ」


 淡々と、感情を込めることなくクラス全体を見回して言うと、騒々しかった教室内も静寂に変わる。


 ……そこまで静かにならなくてもいいんだけどね。

 まあ、話が進まないという問題はなくなったので、あらかじめ担任から渡されていたルールを、クラスメイト達に告げるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る