番外編2 バトンタッチ



 祭りの後には、大概不安なまでの静寂が訪れる。

 高まった感情が一気に低下して、学業に向き合うまでの時間。


 そんな日常が数日続く中、放課後の視聴覚室には生徒が多く集まっていた。

 人数にして、約四十名ほど。


 文化祭実行委員会の面々だ。

 今日は、滞りなく文化祭を終了することができた打ち上げ兼収支報告会となっていた。


 会長と白石が視聴覚室の壇上に椅子を並べて腰かけ、その前に会計の長を務めた三浦が合計の収支を発表していた。


「――以上が、今年度の文化祭の収支報告となります」


「ご苦労様、これにて桜祭実行委員会の活動は終了となる、細やかな席ではあるが、皆楽しんでくれ」


 三浦が一礼をして壇上から席に戻ると、変わるように会長が前に立ち生徒達に告げる。

 臨時で設置された卓上には、飲み物とお菓子、そしてオードブルが並ぶ。


 学年、クラス別に並んでいた生徒達が自由に立ち歩き飲み物を注ぎあう。

 全員の手元に飲み物が行き届いたのを確認すると、代表して白石が大きな声を発した。


「お疲れさまでした、乾杯!」


 白石の掛け声に生徒達も「乾杯」と告げて、打ち上げは開始された。





「……ふぅ」


 視聴覚室の端で、飲み物を片手に室内を眺めて息を吐く。

 白石は同学年の生徒に囲まれ、会長は学年問わず最後の役割を終えたことの労いの言葉を四方八方から投げかけられていた。


 実行委員会を引き受ける生徒は、大半がクラスの中心人物だ。

 会話が途切れることはない。

 むしろ、会話が弾み過ぎてうるさいまである。


 歌を歌っているわけでもないのに、視聴覚室は戸の外まで賑わいが漏れ出るくらいにはうるさい。


 当然、室内の雰囲気に馴染めるはずもなく、ひっそりと席を外すことなくその場に留まるには教室の端っこですよね。


 わかります、壁と友達。

 俺達、ズッ友だね!


 音楽室といい、視聴覚室といい、何故防音の部屋の壁面には穴が無数に空いているのだろうか、はたまた一枚の壁には何個の穴が開いているのだろうか……。

 なんて、考えに至っている時点で手持ち無沙汰なのは間違いないだろう。


 

 だが、生徒会として主に活動するイベントは、この文化祭が最後だ。

 後は季節的なイベント、クリスマスや普段通りの活動をすることになる。


 柊茜の生徒会は、いま終了を迎えた。

 短い付き合いだが、終了の瞬間に立ち会うことになるとは感慨深いものだ。


 そんなことを考えていると、近くに雫と綺羅坂が歩み寄ってきた。

 両手に飲み物と適当な食料を持参して、近くの机の上に置くと二人して俺を手招く。


「あなた、ほとんど何も食べていなかったでしょう」


「無くなってしまう前に好きそうな物を貰ってきました」


 紙皿の上には、から揚げやポテトなどの好みの食料が並ぶ。

 二人が椅子を引いて座るのを確認して、俺も近くに腰かけた。


「苦手なんだよ……こういう場所での食事は」


 どれだけ取っていいのか、男子だけならともかく女子もいるとなると視線が向けられないと分かっていても、控えめになってしまう。


 バクバクと貪り食っている火野とか火野とか火野とか、周りから冷めた視線を向けられている自覚がないらしい。


 彼はその方がキャラ的にも合っている気がするから、受け入れられれば友人もすぐにできることだろう。


 というか、この文化祭をきっかけにクラスでも立ち位置は変わるかもしれない。

 後輩を優しい目で見守る先輩的なムーブをかましていると、綺羅坂が冷たい視線を向けていた。


「後輩を睨むなんて、そこまで食欲に正直だったかしらあなたは」


「見守ってたんだよ……この純粋無垢な瞳で分かるだろ」


「濁って曇った瞳の間違いよ」


 ……すいませんね、濁って曇っていて。

 新鮮な魚並みに透き通っていたつもりなのだが、売れ残りだったらしい。


 綺羅坂の一言に、雫も笑いを零していた。

 なんだかんだ、君達が最近仲良いのではと思いますよ、湊君は。


 

 せっかく持ってきてもらったのに手を付けないのも悪いので、から揚げを摘まんで口の中に放り込む。

 うん、普通。

 家で楓が作った方が、24倍は美味い。


 二人も俺が食べたのを皮切りに、箸を手に取って食事を始めた。

 

 

 ふと、教室の一角に集う生徒の塊に目を向ける。

 中心には、優斗がいた。


 女子が大半を占めていたが、男子も彼の近くで女子生徒と会話に花を咲かせる。

 別に用事があったわけでもないが、離れた場所から彼の様子を見ていると視線が交わった。


 周囲の生徒も優斗の視線がこちらに向けられているのに気が付いて、何かを察したように手を上げた。


「神崎さん!こっちおいでよ」


「よければ綺羅坂さんもこない?」


 男子生徒が雫に声を掛け、女生徒が綺羅坂に声を掛ける。

 優斗が向けたのが、彼女達への視線だと思ったのだろう。


 周囲の生徒も同調するように、二人に声を掛ける。

 俺の目の前で二人は視線を合わせて、次にこちらを向く。


「……行ってくれば?」


 別に、俺の意見など求める必要はない。

 呼ばれたのだから、行くのは問題ない。


 というか、呼ばれていない俺が行く方が問題ある。

「なんでお前が来たの?」的な視線が向けられるからね。


 あれ、とても居心地が悪くてとてもじゃないが耐えられない。

 会話するネタもないし、必要性も感じない。


 しかし、俺が思っていた反応とは異なる対応を二人は見せた。


「私達はここで十分ですので」


「要件があるならそちらから赴きなさい」


 賑わい労う席が、彼女達の発言で静かなものへと変わる。

 クラスどころが、学園の中心である二人が教室の端で居座る方が周りから見れば異様なもの。


 呼んで拒まれるとは想像していなかったのだろう。

 生徒達の視線がこちらに集まる中、優斗は苦笑して会長は額に手を当てて溜息を零す。


 いや、俺悪くないからね?

 完全にやらかしているのは目の前の女子二人だからね。


 

 静かな状況を変えるべく、優斗は生徒たちの輪の中から出てこちらに歩み寄り、会長も白石達に一言告げてから飲み物を片手に寄ってきた。


「ご一緒してもいいかな?」


「怜、嘘も方便だぞ?」


 優斗が問い会長がなだめるように綺羅坂に告げた。

 妹を叱る姉のような光景は微笑ましいが、澄まし顔で会長の言葉をスルーできる綺羅坂の不敵さは凄い。


 雫も優斗の申し出を断る素振りはなく、俺に目配せをした。


「お二人が良ければ構いませんよ」


「……」


 二人という言葉が誰を指すのか。

 綺羅坂ではなく、会長でもない。


 俺と優斗だ。

 関係性が曖昧だったからこそ、雫の気配りだろう。


「特に断る理由もないからな……」


「そうですか……」


 素直に言えばいいものを、子供みたいな遠回しな言い方に雫は少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべた。


 優斗が俺の隣に腰かけ、会長が綺羅坂の隣に座る。

 五人が円になるように座る態勢で、歓談とまではいかないが適当な話をしている。


 周りもその光景を気になりながらも少しづつ会話に意識を戻すのだった。




 桜ノ丘学園のオールスター揃い踏み、完全なる場違いの中、しばらく会長や優斗の話に相槌をしながら聞くことに徹していると、自然と全員の視線が教室前方に集まる生徒会へと向けられた。


「終わると寂しいものだな」


 何かを失ったような悲しい瞳で会長は言った。

 一年から約三年間、会長を全うしたのだ。

 前例がなく、今後塗り替えられることは絶対にない。


 断言できるほどの功績を残した人も、こんな寂しそうな瞳をするのか。

 意外な一面を垣間見ていると、気持ちを切り変えるように一息零して話を逸らす。


「君達も修学旅行が控えているからな、思い出話を是非聞かせてくれ」


「思い出に残ればいいですけどね」


 良い意味で残ればいいのだが、悪い意味で記憶に残ってしまうと最悪だ。

 記憶が鮮明に残ってしまう一大イベントであるだけに、一生モノのケガを負いかねない。


「もちろん、二人でカフェで聞きたいものだ」


「ダメよ」

「ダメです」


 最後まで、雫と綺羅坂の二人をからかう態度を貫き通すらしい。

 会長は一言余計な言葉を述べてから腰を上げる。


「そろそろこれを渡してこよう」


 腕に巻いていた会長と記された腕章を外すと、会長は言った。

 何を言えばいいのか、思い浮かぶ言葉がない。


「お疲れさまでした……」


 俺が会長の苦労の何が分かるわけでも、理解できるわけでもないが口から零れ出た。

 本音というやつだ。


 でも、その言葉が逆に会長にとっては良い印象を与えたのだろうか、表情は僅かに晴れて歩みも軽く見えた。




 変わらなくて良いと言われた者と、変わらなくてはならない者。

 様々な状況で、確実に変化は起きている。


 ただ、人生で初めて自ら属した集団だからこそなのか、生徒会としての変わらぬ姿を、変わらない環境を望んでいる自分がいる。


 大きな拍手の中、最後に引継ぎの腕章を手渡した女性の姿を、最後まで脳裏に焼き付けながらそんなことを考えていた。


 


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