番外編2 友と友
古民家の外観からは想像できない洋風なインテリアの店内には軽快なBGMが流れる。
店内にはカウンターの数席とテーブル席が四つだけの小さな洋食店。
店内には買い物帰りのマダムたちが、ティータイムを楽しむ。
そんな中で、テーブル席に対面するように腰かけた二人の青年が、無言で卓上に置かれたパスタを頬張る。
整った目鼻立ちで、明るい茶色に染めた髪をする青年は、年の差を関係なくマダムたちからの熱い視線を集める中、慣れた様子で対面していた青年……というか、俺なのだが食事に没頭する。
ここは商店街の中央通りから一本道の外れた裏通りと呼ばれる居酒屋などが数店だけ並ぶ通りに面している古民家風の洋食店。
こんなオシャンティーな店がこの田舎にあっていいのだろうか。
いや、というか外観だけ見たら絶対に店だとは思わない。
看板など設置されていない隠れ家的な店だった。
向かいに座る荻原優斗に連れてこられなければ、二度と来ることはないだろう。
文化祭の代休を使用して、俺は優斗と食事に赴いた。
理由は、単純に昼飯を食べようと自宅からコンビニに向かい出たところで遭遇したからだ。
近所って怖いね。
優斗も両親は平日で仕事のため、適当に買い物をして済ませようとしていたらしい。
偶然の条件が一致してしまっただけに、彼のおすすめでコスパの良い店を教えてくれと頼んだら、この店に連れてこられたというわけだ。
値段が安いのに、提供されたタラコパスタは十二分に満足する味だ。
湊君的美味しい飲食店として認定してあげよう。
口の中をリセットするために、卓上の水を喉に流すと一息零す。
「どうだ?」
「……美味い」
短く問われた質問に言葉を返す。
その際に浮かべていたドヤ顔が非常に不愉快だが、それも軽く流してしまうほどに美味い一品だった。
軽快な店内とは裏腹に、俺と優斗の間には静かな状況が続く。
こうして、近しい存在が誰もいない状況で二人きりになるにはいつぶりだろうか。
夏休み前から疎遠になり始めていた俺と彼との関係性は、文化祭で一つの修復の兆しを見せた。
だが、あれから数日、まだちゃんとした会話をしていない。
これは俺の性格上の問題もあるのだが、スマホで連絡というものはまったくもってしない人種だ。
文章を考えるのが面倒なのと、受け取った相手によってニュアンスが違ってしまう。
優斗ならそんなの杞憂だと分かっていながらも、面と向かって話をする機会を待っていた自分がいた。
それにしても、男同士だからこそ切り出し方は難しい。
羞恥心が先に出てしまうから、優斗も同様に空気を探っている感じはしている。
「……文化祭の時は助かった、ありがとう」
「あぁ、他校の生徒がいちゃもん言ってきたときか……気にするな」
そう言って、優斗は手元のコーヒーに視線を落とす。
同様に、俺も視線を落とす。
水でした、おかしいな。
俺も真剣な表情でコーヒーの黒い水面に表情が浮かぶと思ったのだが、水でした。
なんて、ふざけた思考は今は除外しなくてはならない。
頭を振って余計な言葉をはじき出すと、適当に会話の切り口を探す。
「空が……泣いてるな」
「晴天だけどな」
瞑目して淡々と突っ込みを入れる優斗は、依然と変わらない。
なぜか、その反応に安堵していた。
優斗はカップから口を離すと、静かに息を零す。
「いつの間にか俺達の間に距離が出来ちまったな」
「……」
寂しそうな声音に、感情も何もかもが冷静なものへと変わる。
慣れていたはずの相手と話すのに、緊張などしていたとは情けない。
求めているのは変わらない応対なのだろう。
だから、俺もかつての自分と同様に言葉を返す。
「男同士で四六時中仲良くしていたら気持ち悪いだろ……」
「それもそうだ」
相変わらずな反応に、優斗も少しだけ嬉しそうな微笑を浮かべる。
彼がいま何を考えて、俺をどう見ているのか、そんなことを考えているとマダム達の歓談にかき消されそうなくらい小さな声量で言葉を綴った。
「全部俺が悪いのは分かっているんだ、未練がましくて、勝手に選挙でも勝てると思い込んで、距離が置かれる理由を自分で作ってるんだからな」
語る言葉に対して、俺はこれまでの記憶が映像として脳裏に再生される。
一概に優斗だけが悪いとは思ってもいないし、俺とこいつの間に距離が生まれたのは時間の問題だったのだろう。
ただ、タイミングが悪かっただけで、彼が謝ることもない。
そして、俺も謝るつもりはない。
雫の件は別として、選挙の件も文化祭も望み納得をして行動した結果だ。
悲観的な姿勢の優斗に、違うと即答したい気持ちを押し殺す。
いま、こいつが何を言いたいのかを最後まで聞き終えなければ、今後の関係性は変わらない。
「最近思うんだ、前みたいに適当に冗談言い合うように戻れないかって」
そう言って、上げられた視線には問いかける意味が込められていた。
中学の時のように、そして高校一年や二年に進級して間もないころのような関係を優斗は欲していた。
その気持ちは、俺にも少なからず共感できるものがある。
初めてできた同性の友人に、気を使わないといけないことを望む人はいないはずだ。
「……無理だ」
だからこそ、今しがた優斗が告げた言葉を否定しなくてはならない。
優斗は、俺の返答を聞いて一瞬だけ寂しそうに、そして泣き出す少年のような表情を浮かべる。
人生にやり直しはないのだ。
俺と優斗の関係性は、ゴールデンウィークを境に一つの分岐点を迎えてしまったのだ。
何も気にしないで言葉を交わしていた昔のようには戻れない。
だが、彼が考えているような言葉ではないことを補足しなければならない。
「俺もお前も、昔に戻ることもやり直すことも出来ない……セーブなんて存在しないからな」
熱くはないはずなのに、喉の奥が乾くような感覚に思わず水を含むことで誤魔化す。
ついでに、優斗の表情を今一度確認してから言葉を紡ぐ。
「良くも悪くも、俺達は一人の女の子に対してその時の答えを出した。間違っていたと思うなら直せ、偽りがあったのなら正(ただ)せ、それくらいしか出来ない」
まるで、自分自身に言い聞かせているかのような言葉だ。
優斗が罪悪感を持っているように、俺にも同様の感情を抱く相手達がいる。
だが、今後の行動や態度でしか示すことはできないのだ。
悲観的になるのは、何か行動を起こしてからでも遅くない。
「勘違いしているのならハッキリと言ってやる……俺にとっては荻原優斗が友である事実に変わりはない」
ちょっと気まずい関係性になれば、友達辞めましたとなるのなら初めから関わらない。
偽りで表面上だけの関係性に意味などない。
平日の昼に、俺はなんでこんなセリフを口にしているのだろうか。
俺の視線からは、優斗の後ろのマダム達がニヤニヤとして微笑んでいるのが丸見えだ。
恥ずかしいったらありゃしない。
誤魔化すようにグラスを手に取るが、中が空なのに気が付いて強く机の上に戻す。
「湊、少し変わったか?」
「あ?何が?」
鋭い視線で優斗を睨むように見てやると、「なんでもない」と濁すように彼は笑って見せる。
だが、その表情は普段クラスメイト達に振りまいている微笑とは違って不快に感じることはなかった。
「俺、もう一杯貰ってくる、湊も何か頼むか?」
「ココア……」
「ミルク多めの甘めだな」
「……」
どこか嬉しそうに、俺が言おうとした注文を答えると優斗は腰を上げる。
店主に追加を頼みに行って、マダム達と一言二言だけ言葉を交わす姿を遠目に見ながら、溜息を零した。
青春ドラマみたいな展開は、やはり嫌いだ。
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