第三十話 開幕10



 生徒会役員という肩書があるといっても、桜ノ丘学園の一生徒であることに変わりはない。

 だから、開会式から最初の三十分ほどはその場の雰囲気に身を置いていた。


 商品のチェックという名目の献上品をほどほどに消化して、生徒会のテントから姿を出す。

 開会式で使用してから、まだ無人の屋外ステージの近くに歩み寄ると、数人の生徒が機材やらを運んでいた。


「それでは始めようか」


 会長が先頭に立ち、振り返りざまに告げた。

 これからが本当に忙しい時間の始まりだ。


 生徒会のテントには雫と綺羅坂が残ってもらうことになり、俺たちは生徒会としての仕事に取り掛かる。

 楓たち桔梗女学院の生徒たちがこちらに合流する前にやらなければならない仕事がある。



 現在、実行委員会は校内を回って開会に際してのトラブルが発生していないのかを確認している。

 その場判断が可能な問題に関してはその限りではないが、生徒会は一般生徒では対応不可のトラブルを引く受けることになる。


 会長には耳にインカムが取り付けられ、各自生徒からの連絡が入っている。

 実行委員側は白石が代表で同じものを装着していたはずだ。


 スマホが飛躍的に布教したこのご時世に、連絡手段としては古めかしい気がしなくもないが、素早い連絡手段としてはこれが最適らしい。

 俺も少し付けてみたかったのは内緒だ。


 他にも、いま近くに佇んでいるステージの裏方で行事全体の行程を注視して、滞りなく最終プログラムまで進めるのが目標だ。

 この文化祭は、実行委員会があくまで運営の母体である。


 だから大まかな作業に関しては白石が指揮系統になり今も活動をしているが、細かな指示や修正を加えているのが生徒会。

 荒く進めてもらい、細かく修正をする。


 白石と会長が二人で話し合い決まった今回の文化祭の運営方法だ。

 最初は反対の役割の方がいいのではないかと思ったが、考えてみれば生徒会としての少数規模で小回りが利く生徒会の方が、修正の役割的には適切だ。



 そして、その修正を現在進行形で行っているのだ。


 三浦が会長の掛け声を聞いてから、最もステージの近くで最初のステージ使用の生徒に歩み寄る。

 そして、小泉はステージの司会役の生徒と最終打ち合わせを開始した。


 俺は火野君と共に適当な機材を指示された場所へと運んでいく単純作業に徹する。

 言っておくが、単純な力仕事っていうのは意外と重宝されるんだぞ。

 控えめな男子必見の情報として、今後の教科書に載せてもいいくらいに将来の男子生徒には必要なスキルになってくるかもしれない。

 

 かもしれない運転が一番危ないから、本当は必要ないのかもしれない。

 うん、今日も絶好調である。


 軽音楽部がライブで使用するであろう大きな音響機材を二人掛で運んでから、ステージの上から生徒たちの姿を一望する。

 あら不思議、巨人にでもなったような目線の高さに見下すという表現が適切な状況になってしまった。


 いつかの夏祭りのような人混みにふと考える。

 

 人混みは嫌いだ。

 騒がしい喧騒が耳の奥まで届き、体全体を包むようにして倦怠感が込み上げてくるから。


 自分が普段と違う行動はしていないのに、その場の雰囲気に当てられてなのか精神的な疲れが出る。

 違う日常は、結局いままで積み上げてきた日常という常識ではないから適応が出来ない。


 楽しい疲れ、嬉しい疲れなんてものもあるのかもしれない。

 だが、結局のところその場を心の奥底まで楽しめた人間だけが味わうことができる感覚だ。

 

 いまも目の前では生徒たちが縦横無尽に走る歩くを繰り返している。

 クラスの出し物で使うのであろう荷物を持つもの、買い出しをするもの、そして何も気にせずに文化祭を満喫するもの。

 

 一人として同じ表情や行動をしているものはいない。

 全員が違う価値観や行動をして、そして各々で楽しさを見出している。


 これがみんな違ってみんな良いですね、分かります。

 だって、俺も授業がないから得している気分だ。


 


 ステージからは遠目にだが特設された正門が全体像としてみることができた。

 ひっきりなしに門の下を通り来場する人たちに、実行委員会の生徒は手渡しで校内の案内図を配っている。


 その中には当然、白石の姿もある。

 時折、伝令役の生徒が白石に話しかけて、その度に思案顔を浮かべながら指示を伝えていた。


 思い悩むたびに制服の胸元に手を当てているのは、その場所にある胸ポケットの中に入っているメモ帳に手を添えているのだろう。

 彼女の行動の生命線、そして何よりも大事な彼女のブレインだ。


 視界の端で彼女が懸命に働く姿を見て、俺も思わず止まってしまっていた手を動かす。



 もうじきステージのプログラムが開始することを見た生徒たちは、一層の賑わいを見せる。

 そんな中で、三浦が舞台脇で待機している生徒から何かを聞きつけてこちらへ駆け寄った。


「軽音楽部、昼の部の生徒がクラスの出し物の関係で開始を十分ほど待ってほしいとのことです」


 手元のタイムスケジュールと腕の現在時刻を見比べて、会長と三浦は苦い表情を浮かべる。

 俺も遠巻きから聞こえた内容に、思わず視線を校舎に建付けられている時計で時刻を確認した。


 現在時刻は十時半前

 30分ちょうどに最初の組は進めることができるが、そこから進んで昼前に行われる軽音楽部の生徒は遅刻宣言。

 大胆な生徒もいたものだ。


 クラスの役割があるから一概にその生徒を責めることは出来ないが、時間は守りましょうね本当に。

 俺が困るから……運営が遅れる=俺が帰宅するのが遅れるを意味する。


 本当、やめていただきたい。


「ダメだ、一組あとのダンス部の演目を優先する」


 三浦からの言葉に、会長は一切のためらいもなく即断する。

 その言葉に続く、妥協案が提示された。


「彼らにはミスコンでドラムロールで手伝ってもらうのだ、その前に演奏を入れる」


 そう告げると、三浦は一礼して今の話を脇で控えていた生徒たちに伝えるために去る。

 次に小泉が会長へ案件を要件を告げた。


「手芸部が顧問の先生の誕生日でサプライズを用意しているので壇上に先生を呼びたいとの申し出がありました」


「サプライズを運営の私たちにまでサプライズにしてどうするのだ……前半のインターバルを一分間ずつ削って時間を作る」


 額に頭を当てて、溜息を零す。

 本当、こちとら分刻みで予定を組んでいるのだから何かしらのお祝い事でも言ってもらいたいものだ。


 小泉も優しい性格から会長への打診を頼まれたのだろう。

 二人が忙しなく生徒間を走り回っている姿に、火野君が小さく心境を吐露した。 


「先輩……自分たちも他に手伝えることをした方が……」


 赤毛の髪に大きな体格、釣り目で完全に不良みたいな様相をしているのにこんな優しい男のことは火野君のことです。

 だが、いまはその優しさは捨てなくてはならない。


「そんな心配をする余裕があるなら一つでも早く運べ……分担で作業が行えているから躓かないって考え方をしろ」


 人の体で例えるなら会長が脳であり、俺と火野君は腕、そして三浦と小泉は足だ。

 全部が必要な仕事を分担して行っているから作業が効率的に運ぶことができている。


 ここで作業の手を止めてしまうのは、すべての工程を後回しにしてしまう。

 考えるな、感じろ、将来自らも置かれるであろう社会の歯車となるごとく。


 俺は歯車、仕事絶対、給料低い……将来に絶望してしまいそうだ。




 ともかく、俺たちは腕としての作業を行えばいいのだ。

 そう思い込むことで脳内に浮かぶ余計な思考は削ぎ落として体だけを動かす。


  

 先ほどの会長の指示を小泉は司会役の生徒に伝えると、反対方向に立つ俺の方へと近づいてきた。

 会長に怪しまれないように近くで作業をしている様子を装い、耳元で囁くように話しかけられる。


「真良君、僕も会長へ閉会式で花束進呈とか用意していたんだけど……」 


「……」


 ……会長の一言が自分にまで響いてしまったのね。

 会長本人には言えないにしても、俺たちにも秘密にしていたことを後ろめたくなったのだろう申し訳なさそうに小泉が告げた。

 だぶん、会長の情報収集能力とかを危ぶんで俺達にも伝えていなかったのだろう。


 判断としては間違っていない。

 だが……


「サプライズinサプライズはやめような……」


「うん……」


 溜息と苦笑を零して、赤面する小泉にそう告げるのだった。






『それでは皆さん屋外ステージのプログラムを始めたいと思いまーす!』


 暫しの準備と修正などを重ねて、屋外では最初の演目が開始された。

 語尾に星でも付いていそうないわゆる萌え声で、女子生徒が大きな声を発する。

 すると、後ろに控えていた吹奏楽部が校歌を演奏して、開始のファンファーレさながらの開幕を告げた。


 その様子を脇で眺めていると、会長が耳元のインカムに手を当てる。

 そして、何も告げることなく顎に指先を当てると考える素振りを見せた。


 小泉たちも何事かと視線を向けていると、会長はこちらに体を向ける。


「真良、実行委員のテントに行ってくれ」


「人手不足ですか?」


 そう問うと会長は首を横に振る。

 呆れたように息を零すと、この手のイベントでは恒例とまでなっている言葉を発した。


「クレームだ」


「……」


 ですよね。

 そんな気がしていました。


 この場から会長は離れることが厳しいだろうし、俺が呼ばれる時点で優しい小泉や火野君には不向きな内容だろとは予想していた。

 三浦が呼ばれていない時点で男性の方が優位な状況を作りやすい、ならクレームとかの単純な人間トラブルだ。


「すまんな、頼む」


「いえ……適材適所ですから」


 これでも会長補佐だ。

 会長からの頼みを断ることはできない。


 苦笑して申し訳なさそうに暗い表情を浮かべていた会長に軽く言葉を返すと屋外ステージとは反対方向へと体を向ける。

 怖い人だったら絶対に火野君を呼ぼうと、内心思うながら重い足取りで目標のテントへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る