第三十話 開幕11
目的の場所へと進むにつれて、人の数は多くなる。
正門に近づいているというだけではなく、周囲の視線や表情から何かしらの特殊な状況が起きているのは容易に想像ができた。
自分が関わっていないだけで、なぜ人間はこうも興味を示すのだろうか。
リスクがない、関係がないだけで人は時として非情になれる。
いや、無自覚だからこそ非情になるのだ。
我関せず、だが好奇心に打ち勝つことはできない。
人の流れとは反して進む中で、そんなことを思う。
指示された実行委員会のテントよりも手前に設置されている生徒会のテントの下には、本来いるはずの二人の姿はなかった。
賑わいとは違う周囲の状況に感づいて、二人も白石の様子を窺いに行ったのだろうか。
一瞬、歩みを止めて周りを見回す。
いつもなら簡単に見つかるはずの二人の姿はどこにも見当たらない。
「……」
普段、嫌というほど集めている視線が瞬間的に表れたトラブルに集中しているのだ。
なら、その視線の先に二人もいるかもしれない。
人混みを縫うようにして進み、時に肩をぶつけてしまい謝罪で小さく頭を下げるなどしてようやく実行委員会の本部が視界に入った。
遠巻きからでも分かるほど観衆が一点を避けて円形に立ち止まっている。
中には、スマホのカメラを向けている人もいた。
行為自体に悪気はないのだろう。
お祭りに加えて、無関係な揉め事ならば記録をしておこう……SNSが飛躍的に流行している現代では、その無自覚は行動に喉元に刃突きつけかねない。
外部の人間なら控えめに声掛けや行動をしないとならないが、カメラを一点に向けていた人の制服姿に強気にカメラを手のひらで覆い隠すように遮る。
「なに?」
表情をしかめて超不機嫌そうにこちらへ振り返った生徒に腕章を強調するように腕を差し出す。
「生徒会だ……面倒事になりかねないから撮影は控えてくれ」
そう目を合わせることなく告げると、遮っていた手を避けるように女子生徒はなおもカメラを向けた。
……最近の若者は聞き分けが悪いな。
俺も若者だったわ、納得。
実際俺も超聞き分け悪いから尚更納得だわ。
でも、これからそのカメラが向けられている場所に行く状況なだけに、撮影は止めてもらいたのだが……
喧騒で聞こえていないだろう深いため息を零して、一考していると女子生徒の肩に手を置く生徒がいた。
女子生徒はそれを俺の手だと思ったのだろう、強く振り払うように俺とは反対の方向に振り返る。
俺とは反対の方向にだ。
「勝手に人を撮ってはダメだよ」
「あっ……」
彼女が振り向いた先には学園の王子様こと荻原優斗が立っていた。
強く振り払ったはずの手を優しく包み、穏やかな声音で告げた言葉に女子生徒は赤面させる。
……どこの王子様ですかね。
というか、どこの少女漫画ですかね。
テンプレート過ぎる反応に、呆れを隠すことなく表した表情を優斗に向ける。
目の前の二人はまるで漫画の一コマのように輝いて見えるのだが。
というか、女子生徒の瞳が二割増しでキラキラとしている気がする。
これが学園プリンス効果……恐ろしい。
俺の時とは違ってすんなりとカメラを下げた女子生徒は恥ずかしいのか赤面したままその場から掛け去る。
「お役に立てたかな?」
「皮肉か……?」
冷めた目線で、昔のように軽いやり取りを交わす。
久しく感じていなかった懐かしい感覚だ。
しかし、優斗もこの場所に来ていたのは意外だ。
こいつも一緒ならむしろ良かったと思って進もうとすると、優斗は問うた。
「何かやれることはあるか?」
「……」
その言葉は、共に進まない意思表示であり、そして違う方向性で状況の解決を図ろうとしているようだった。
もしかしたら、俺以上に距離感を図りかねていたのはこいつだったのかもしれない。
一瞬の躊躇いを浮かべながら、微笑む友の姿に小さく頷く。
「周りの生徒に撮影を止めさせてくれ……後の火消しが面倒になる」
「あいよ」
手を挙げて応えた姿に安堵して、そのまま中心へと向かう。
走り際に周囲を確認するが、やはり女子生徒同様にスマホを手に持つ生徒がちらほら見受けられたが、それは心配ない。
余計な杞憂に終わる問題は追いやり、近づいた中心の先で後輩の声が耳に届く。
「ですから、頂いたお代はお返し致しますので……」
最後の壁のように白石達を囲んでいた人だかりをかき分けて潜り込むと、白石がエプロン姿の生徒と共に頭を下げていた。
その先に立っている若者は、口元に悪い笑みを浮かべてその光景を眺めていた。
……会長も面倒な役割を押し付けてくれたものだ。
クレームとは言っていたが、普通の問題なら適当に謝って済ませれば大丈夫だろうと思っていたが、これは違うケースだ。
白石の後ろに控える雫と綺羅坂の表情を見ればすぐにわかる。
鋭く、冷たい、嫌悪感すら感じさせる視線を二人は向けていた。
「だから、お金を返してもらったから終わりで言い訳ないでしょ」
中でも品性を感じない痛々しいまでの金髪にジャラジャラとしたアクセサリー類を身に着けた男性が白石に告げた。
手に持っていた焼きそばを見るに、食べ物関連のクレームだろう。
男の言葉を受けて何か言い返そうと視線を上げた白石の前に不自然なほど体を割り込んで相手と視線を交わせた。
「……何か不都合でもありましたか」
中間に位置するように男性たちの前に立つと、彼らの視線が腕に付いた腕章に向く前に緑色のそれを外す。
拳の中でくしゃりと形を変えてしまうが、これは邪魔だ。
突然の参入に驚いたように瞳を見開く白石に無言で腕章を差し出すと、彼女の制服のポケットに目線を向ける。
意思疎通にもなっていない細やかな行動に感づいた白石は、自分の制服に腕章を隠し入れる。
「誰だお前……?」
「……問題があったと連絡があったので、それでどうしました?」
相手からの問いに対しては答えになっていないが、言葉を挟ませることなく進めた話題の内容に男性たちはベタベタテンプレート的な悪顔で微笑む。
「待たされる、金額に見合った量も味もない、それに髪の毛まで入っていたのにお代の返金だけってのはどうなんだかな」
いわゆる、古典的であり何よりも事実か証明が難しい言葉を男は告げた。
実際に手に持っていた食べ物には髪が分かりやすく一番上に振りかけたように付いていた。
こんな状況でなければ、髪の毛をふりかけにしたんですかと答えるまである。
だが、冗談を言える状況ではないことは理解していた。
「それは申し訳ございませんでした……お代は返金しますのでごゆっくり他の出店も回ってみてください」
手を後方に並ぶ出店へと向けて言った。
あくまで機械的な応答のように、感情の一切を含ませることはない。
しかし、この程度の対応などすでに白石も行ったのだろう、薄っぺらい笑みの下には余裕が見えた。
「俺は焼きそばが食べたいんだよなー」
わざわざ、自分が返品を求めてきた焼きそばを指さして金髪の男は言い放つ。
その男の隣に立つもう一人の青年も、いじめを傍から眺めている少年のように笑いを堪えている。
こんな面倒なやり取りの難が楽しいのだろうか……
少なくとも、俺が求めている楽しいという感情は彼らのような薄汚れたものではないことを願うばかりだ。
「売店に百円で売ってますので、そちらをどうぞ」
この状況を楽しんでいるような二人に対して、俺は校舎を指さす。
そして発した言葉に、彼らは予想をしていなかったのか驚きを始めて見せた。
「何のためにわざわざ来てると思ってんだ?」
目を細め、声音には僅かに怒気を含ませる。
まるで自分が正しい行いをしているような反応が、逆に滑稽に見えてきた。
演劇部顔負けの湊君の演技力で、とぼけたように表情を変える。
「入学希望でしたか……それでしたら、奥の正面玄関で職員が資料を渡しております」
「……客を馬鹿にしてんのか?」
「ここは飲食店ではなくて高校なので、校則にも客は神様とは記載されていませんからわかりかねます」
さすがにここまで挑発する言葉を言えば、誰でも沸点は低くなる。
火野君の髪色のように怒りで顔を赤面させて、男は一歩前に踏み出す。
その瞬間に、後方の雫と綺羅坂が割って入ろうと体を震わせたのを視界の隅で捉える。
でも、それは不要だ。
手を挙げて必要ないとジェスチャーを送る。
「……」
俺と金髪のどちらかがあと一歩前に踏み出せば、体が触れるくらいに近づくと視線が交差する。
本当は、誰が見てもスマートで美しい解決方法が選択できれば最高なのだが、俺にはその話術も人望もない。
なら、限られた選択肢の中で相手が確実に黙り込むであろう言葉を発する必要がある。
白石の隣に立つ生徒はごく普通の男子生徒、相手は二人、どこの出店を見ても飲食関係は男子が調理で女子が接客のところが多い。
何か適当に押し黙るような要素はないだろうかと、視線を少し移動させて周りに向けるとうってつけの生徒の姿を見かける。
「運動部で頭髪の長さや色に厳しい生徒しかいないクラスで、明るい髪色の異物が混入していたのだとしたらご返金しますが?」
透明の蓋つきのトレーを指さして、再度この男達が言っていたクレームについてわざとらしい確認をした。
同意を求めるように振り返ると、エプロン姿の男子生徒に声を掛ける。
「確か、トレーに食品を入れて輪ゴムで蓋締めするまでが男子生徒の仕事だったな……」
「え?……あ、はい!そうです」
テンポが遅れて男子生徒は頷く。
内心、違いますと否定されなくてよかったと安堵しながら再び正面に体を向ける。
それに、目の前の男が髪の毛をわざわざ指さして強調してくれていたのが助かった。
短髪という言葉が重みを増す。
余裕の笑みはどこに行ったのやら、先ほどまでと違うのは男達の顔色が悪くなっていた。
今、俺が言った言葉は適当な根拠のない言葉だ。
男たちの後ろに頭髪の短い男子生徒が走っていたので、思いついたままに口にした。
この手の人間は自分たちが優位な状況に立って、弱い立場の人間を一方的に叩くことに優越感を得ているだけだ。
商品を受け渡した当時の状況や環境など、彼らの記憶には残ってなどいないだろう。
その場で作り上げた適当な言い訳でも、こちらが上に立てる状況を作ってしまえば脆く壊れやすい。
白石のように下手に生真面目で、分かりやすい性格をしている人は良い的になってしまったのだろう。
男二人はたじろぎ視線を合わせる。
互いの記憶に残っている情景を思い出させる時間を与えないように、続けざまに言葉を紡ぐ。
「もしよろしければ商品を見せてもらってもいいですか……大丈夫、証拠を捨てたりはしませんから」
「……」
にっこりと、最大限の作り笑いを見せる。
一歩、一歩と前に進み、逆に金髪は後退していく。
先ほどまで鬱陶しかった周囲からの目線やカメラのことなど既に気にもならない。
ゆっくりと、受け釣るために手を伸ばすと相手はそれを拒むように身を捻る。
「……返金だけでいい」
まるで不気味な生き物を見るような目線に変わり、細々と告げたのを確認して進む歩みを止める。
踵を返して男子生徒の隣まで進むと耳元で呟いた。
「……店の前にはあいつらを連れてくな、実行委員のところから代金分を一時的に借りて渡せばいい」
「は、はい……」
俺の言葉を最後まで聞いてから、男子生徒はすぐ近くの実行委員のテントまで駆け寄る。
状況を見守っていた実行委員もすぐにお代分の小銭を渡して、男子生徒はそれを男たちの前まで運ぶ。
「も、申し訳ありませんでした」
「……っ」
乱暴に差し出された代金を掴むと、二人組は踵を鳴らして正門の下を通り校外へと去っていく。
その姿が見えなくなるまで、ひらひらと手を振っていると白石は難しい表情を浮かべてこちらを見上げる。
「目には目を歯には歯を……嘘には嘘だ」
知らぬ存ぜぬ、悪意を示して相対する人間にすべて真実で語るほど俺は聖人ではない。
言いたいことは何となく分かってしまったので、後ろにいる雫達にも伝えるために大きめに言い放つ。
白石もあの二人組が本当のことを言っているとは思っていなかったのだろう、言い返すことはなかった。
下を向く姿が、妹が落ち込んだ時と重なって見えたこともあり、乱雑に髪をわしゃわしゃして散り散りになった生徒たちを縫って歩く。
周りも冷たいことに、トラブルが落としどころを見つけるや去っていくのは何とも形容しがたい人間性を表しているようだ。
その中で、一人だけニヤニヤとした表情のまま佇んでいた男に戻る前に声を掛けた。
「……優斗、暇なら生徒会の方を手伝え」
「命令かよ……」
溜息を零しながら、どこか嬉しそうに苦笑いを浮かべる友人にそれ以上の言葉を語ることない。
久しく並べていなかった肩に、ほんの少しだけ距離があったが、きっと僅かな違和感も近いうちに縮まることだろう。
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