第三十話 開幕6



 文化祭まであと3日。

 学園内の雰囲気は随分と様変わりしていた。


 正門を抜けた場所は所狭しとテントが並び、自作の看板が立てかけられている。

 普段は教員と迎えの車が並ぶはずの駐車場にも、今は青色のテープで囲いが貼られ白線でクラスが書かれていた。


 いまは荷物が置いてはないが、明日あたりには机や椅子がこの駐車場にも一気に並ぶはずだ。


 校舎の壁面には宣伝用のポスターが貼り付けられ、少し先のハロウィンも含まれているのかカボチャなどの装飾も施されている。


 着々と準備が進む校内を放課後に一通り眺めてから、俺はとある一室の扉を叩く。

 中から返事はない。


 それを構うことなく扉を開くと、会長と雫がこの教室……生徒会室で使用する書類の整理を行なっていた。


 机が二つ向かい合うように用意され、反対側には瀬良の姿もある。

 その隣には楓が桔梗女学院の制服を身に包んで佇んでいた。


「遅くなりました……」


「いや、予定時刻だ。 それで校内の様子はどうだ?」


「予定の場所に各クラスのテントは配置されていました。看板が設置されていないテントが二つほどあったので白石に連絡してあります」


 会長の問いに短く確認してきた情報を伝える。

 報告をする隣で雫は手元の書類を確認しながら告げる。


「一年一組の焼きそばと三年四組のタピオカですね……提出期限の延長についての申請がありました」


「ふむ……時間が掛かっているようだし、私がこの会議の後に赴いて手伝うとしよう」


 会長が顎に手を当てて思案顔を見せたかと思うと、そう言った。

 この人が手伝いに向かうのであれば問題はあるまい。


 俺が確認を任された敷地内の出店の出店場所、加えてその看板などの設置が終わっているかの調査報告を済ませると、雫が視線で空いている席に腰掛けてと伝えてくる。


 俺は1番左の席に腰掛けると、ようやく生徒会三人が揃う。

 相手も瀬良と書記の女子生徒、そして楓の三人だ。


「では、本番前最後の打ち合わせをしていこう」


 会長が口火を切って、最後となるであろう事前の話し合いが行われたのだった。


 諸々、自分たちの高校がどのような活動を行うか、その情報の共有を行い議題は次に移る。

 

「開会の宣言は商店街の中央広場で行われます、両校の会長は一言いただく予定ですのでご準備をお願いいたします」


 雫が進行役となり二人に告げる。

 承知していると二人は頷くだけで、問題は特に起きる様子はなかった。


 当日のスケジュールはこうだ。

 朝の9時に商店街の広間で開会の宣言をする。

 そして9時30分に桔梗女学院の生徒たちの演奏、合唱が市民会館で開始される。

 その間に桜ノ丘学園の生徒はバスで学園に戻る。


 10時30分に本校だけの開会式が行われるとそこから4時までは自由に販売と文化祭を楽しむことになる。


 学校に特設したステージでも順次イベントが開催されるので、その手伝いと注意を行いながらも生徒会は出店を出すという流れだ。


 ここまでの当日の流れについての説明を雫が述べると、最後に1番相手が気にしているであろう内容について言及した。


「本校からもバスは三十分ごとに各々の発着場に向けて順次発車します。移動の心配はありません」


 雫が瀬良に向けて告げると、意外そうな表情を浮かべた。

 大方、バスを用意できたのかという驚きだろう。


 いちいち、その経緯を説明してあげる必要もないのでしないが……

 楓が大体把握しているから必要とあれば伝えるだろうなんて、人任せ的な考えが浮かんだわけではない。



 当日のスケジュール、そしてバスの運用についての説明が終わると本題は終了となる。

 残りは少しの時間を歓談で終わればいいのだが、おあいにくこの場ではそれはない。


「生徒会での勝負についてですが」


 文化祭の準備とはかけ離れていて誰も言わない問題を瀬良は告げる。

 またか……なんて溜息が零れたのは俺だけではなかった。


 その息が聞こえた先は意外にも我が妹だった。

 あれ、兄妹にてしまった感じですか?

 以心伝心でシンパシーがアゲアゲな感じになってしまいますよ?


 溜息の理由は予想ができた。

 桔梗女学院側の対応を楓に一任しているから、似たような話を何度かされたのだろう。

 相手はどのように出店を運営するのか、他には俺たちができて相手ができないというような理不尽な条件などはないか……簡単に思いつくのはこれくらいだろうか。


 相手のペースに合わせて話を進めていたら、終わるものも終わらない。

 会長に瞳を向けると、会長は何も語らずとも頷いて立ち上がる。


「勝負に関しての確認だが、パンフレットにシールを一枚差し込んである。 両校のスイーツを食べてくれた生徒は投票の権利を得て、店の前に設置した看板に好きな方へと貼る……どうだね?」


「……問題ありません、パンフレットであれば女学院の生徒も簡単に貰える手段ですので」


 瀬良の頭の中ではすでに勝負開始のゴングが鳴っているに違いない。

 瞳がギラギラと輝いて見える。


 まあ、楓から自分の高校の文化祭の準備に関しては問題なく進んでいると聞いているので、あくまで周りに迷惑がかからない程度には配慮しているらしい。


 しかし、会長との勝負へのこだわりが強いのは分かっていたが、ここまで来ると会長のこと好きなんじゃないのとか思うまである。




 その後も、瀬良からの質問に適宜回答していると話し合いが終了する時刻となり、解散となった。

 次に直接会うのは当日だろう。

 正門前にすでに発射準備が整っているバスの前で、問題こそありはしたが互いの文化祭が無事に成功することを願うように両校の代表が握手を交わす。


 楓も高校に戻って合唱の練習があるとバスに乗り込む。 


「では兄さん、今日は少し遅くなるかもしれません」


「ああ……迎えに行っても大丈夫だから連絡してくれ」


 バスが閉まる瞬間、そう告げると微笑で手を振る妹に心の中で可愛いと連呼した。

 ……あれが天使の具現化した姿か。



 静かに変わる中、雫は様々な進行表が書かれた紙を手に取り頭を捻る。

 横から覗き込むように内容を確認すると、大半の問題は予算が足りないと追加の申請をしてきたクラスと、荷物の搬入などについてだった。


 ……お小遣いの中で買い物をするということを学ばなかったのか、このクラスの生徒達は。

 

「さて、次は各クラスの荷物運搬と追加予算についてだったな」


 バスが完全に見えなくなるまで見送りを済ませると、会長は紙を見ることなく言った。

 ……この人は頭の中で情報を記憶しているのだろうか。


 相変わらず化け物スペックをしているなと感心しながら進む背を追う。


「荷物については、火野を筆頭に力自慢の生徒を集めた班を用意してあるのでそれを使ってくれ、予算の追加については今三浦と怜が過剰配分していた場所から回収作業を行わせている。少しはそれで補えるだろうが、必要とあれば私が学園長に打診してこよう」


「では、私は荷物の方を伝えてきます」


 一礼して会長の指示通りに火野君のもとへ駆け足で雫が向かう。

 力自慢の班とかめちゃくちゃ気になったから、俺もついていきたい衝動を抑えて会長の後を続く。


 だが、雫が去った以上は綺羅坂のところへ行くのは俺の担当なのだろうな。

 嫌だな……あの子絶対不機嫌だよ。


 『予算の調整もできないとはお子様なのかしら?』とか、絶対にボヤいてくるに違いない。

 しかも、あいつに回収させるとその言葉を相手に言いかねないから、絶対にセーフティー役としても連れ出されるんだろう。


 と、そんな意味の視線を会長に向けると、何か違う意味で受け取られたのか頷いてみせた。


「問題の大方は荻原と小泉が、そして組織的な運営や指示は白石が尽力してくれているから助かる」


 ふと、会長は二人を称賛する言葉を述べた。

 事実、人間関係などの問題は少ない。


 喧嘩の一つや二つは覚悟していたのだが、優斗と小泉の人を説得させる能力は同等高い。

 それに白石も次から押し寄せる生徒からの質問に対して、状況判断だけでなく彼女らしい事前のシミュレーションで正解を導き出していた。


 会長もその手腕は認めていた。


「最後の年に後輩に恵まれて嬉しいよ」


 歩く道行で普段とは違う校内の様子を眺めながら会長は呟く。

 この人も、自分が卒業した後を杞憂していたのだろうか。


 いや、この人だからではない。

 人間、自分たちが去ったあとの心配はするものだ。

 

 それがお節介だと思われていると自覚していても、心配になってしまう気持ちは無くせない。


「……あいつらは優秀ですから」


 生徒会役員、そして雫に綺羅坂、優斗の姿を思い浮かべて小さな声で言うと会長は振り返る。

 その表情は少し不満そうに見えた。


「君もその一人だろう?」


「……」


 会長が告げた言葉に、素直に頷いていいものか躊躇いが生まれた。

 この文化祭で俺は何をしたのだろうか。


 瀬良に下手な行動をされないように勝負という発破をかけた。

 白石が理想とする生徒会にならないように、実行委員会という選択肢を提示した。


 言葉にして並べてみれば、俺は彼女達の行動を遮ることばかりだ。

 後悔も自責の念などもないが、役に立っていたかと問われると難しい。


「……本番が成功するまでその言葉は聞かなかったことにします」


 会長よりも少し前に進んで言う。

 まだ、準備も本番も終わっていない。


 何ができて、何ができなかったのかを判断するのは時期尚早だ。

 会長も「そうだな」と呟いて止まっていた歩みを再開する。








 

 一日、また一日と過ぎ学生の輝かしい日々は過去の記憶へと変わる。

 三年生にとって最後の文化祭。


 柊茜にとって最後の文化祭がいま始まろうとしていた。

 記憶を振り返って思い出すのは綺羅坂怜弥の言葉だ。

 俺は、この文化祭で自分自身の姿、本当に楽しむという見つけることはできるのだろうか


 不安にも似た感情を抱いき、桜ノ丘学園と桔梗女学院合同の文化祭は始まりの日を迎える。


 

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