第三十話 開幕2


 有無をも言わせない勢いで放課後の準備活動から抜けて連行された車内で、普段とは違う見慣れない街並みを眺める。


 綺羅坂の家は俺の家とは反対方向にあるとは聞いていた。

 だが、行く機会もなく、夏休みにバイトとして訪れたのも彼女の家の別荘だ。


 その別荘ですら期待通りの豪華さを誇っていたから、内心では彼女の家がどのような豪邸なのか気になる。

 横目で同伴している会長と綺羅坂の姿を見てやるが、普段通り落ち着いた様子だった。

 

 会長は昔から綺羅坂の家とは馴染みがあるのだから、緊張はしないのは当然か。

 桜ノ丘学園から離れて、驚きのことに山の近くまで進んだところで車が停車した。


 住宅街から少しだけ離れた場所、そこに現れた立派な石垣の塀に囲まれた木製の門が車の行く手を遮っていた。


「お嬢様、車を後ろに回しておきますのでこちらで」


「ありがとう、じい」


 綺羅坂が運転手の黒井さんと短い会話をした後、促されるように車から降りてただ呆然と門の前に立ち尽くす。


「……」


 デカいな。

 うん、門だけで横幅は車以上にあるだろうし、縦も二メートルは優に超えている。


 俺の勝手な思い込みにはなるが、金持ちの家は豪華な洋風的な建物が多いイメージだっただけに意外だ。


 三人が車から降りると、乗っていたリムジンはそのままどこかへ進んでいく。

 綺羅坂が門へと歩み出し、軽く数回ノックすると重苦しい音を響かせてゆっくりと門が開く。


「お帰りなさいませお嬢様」


「ただいま、父さんは書斎かしら?」


 門を開いた先にいた女性に問うと、綺羅坂は先に進む。

 会長も後ろをついて歩いているが、なにも不思議そうにはせずに歩いていた。

 

 俺だけか、この状況に困惑しているのは。

 

 まず、門についてもそうだが、開けた先に女性が控えているのはどうなのだろうか。

 メイド、家政婦?


 それに門の先の庭に目を向けるが、広いのなんの。

 綺麗に整えられた庭の植木や大きな池。


 今、俺が歩いている石畳の道の脇は白い小石がこれでもかと散りばめられて白い光景を作り出していた。


 視線の先には絵に描いたようなお屋敷が控えており、この家の主人がどのような好みをしているのかを明確にしている。


 石畳を進み、玄関の手前で視線が横に移る。

 綺羅坂の父親の趣味だろうか、盆栽が綺麗に並んでいる場所から溝のような窪みがありそこに川を再現しているように水が流れている。


 一般家庭にあるのがおかしなものばかりで、正直面食らっているが綺羅坂の家だからなんとか大げさに反応することなく堪える。


 いや、普通にこんな家みたら声を張って何かしら言いたくなるものだ。

 



  綺羅坂を先頭に玄関の前で止まると、彼女が重苦しい玄関の戸を開く。

 大きく開けた玄関が俺達を迎え、その先には先ほどまで車を運転していた黒井さんが控えていた。


「旦那様にはすでに到着との報告をさせていただきております」


「そう、ならじいは下がっていいわ」


 綺羅坂が短く告げると、黒井さんは小さく礼をしてその場から去る。

 恐る恐る玄関から綺羅坂家の床を踏みしめ、古風ある廊下を進む。


 長い廊下を進み、屋敷の奥にある扉の前で綺羅坂は止まると、その部屋の扉をノックする。


「怜です」


 その掛け声に、中から反応はない。

 綺羅坂も躊躇う様子もなく扉に手をかけ開ける。


「社長、それでは失礼いたしました!」


 高そうなスーツに身を包んだ中年の男性が、深々と頭を下げて俺たちが入室した

タイミングと同じくして退室していった。


 表情が、声音が慌てている様子を表していた。

 ……なんで俺はここに呼ばれたのだろうか。


 内心、嫌な汗が止まらない。

 出ていった男性の背を眺めて、一人だけ入り口で立ち止まっていると二人は気にすることなく室内の住人に声をかけていた。


「父さん、二人を連れてきたわ」


「おかえり怜、すまないな急に頼んで」


 親子の会話のやりとりが終わると、視線がこちらに向けられる。

 まずは会長が慣れた様子で頭を下げる。


「お久しぶりですおじ様」


「久しぶりだね、少しみない間に茜も美人になった」


「ありがとうございます」


 昔から顔見知りの二人は、お世辞を交えた挨拶を交わす。

 そして、綺羅坂の父の視線は俺に向けられた。


 息を飲んで、相手の瞳を見据える。


「職業体験以来だね、真良湊君」


「……その節はお世話になりました」


 綺羅坂怜弥。

 綺羅坂怜の父親であり、日本有数の大企業の社長。


 こんなひっそりとした田舎町に住んでいるのが不思議なくらいの人物が、目の前で不敵な笑みを浮かべて目の前に佇んでいた。


 俺たちは促されるように室内に入り、来客用のソファに腰掛ける。

 会長も、少しだけ浮かべている表情に硬さを感じる。


 流石に用件も分からず呼び出しとなれば当然だろう。


 部屋の中は書斎と呼ばれるだけあって、壁一面に様々な書物が並んでいた。

 数を数えるのが嫌になる程、量は凄まじいものだ。


 そんな室内で、綺羅坂怜弥は高そうな椅子に腰掛けて手元では書類の整理をしていた。


「桔梗女学院と合同文化祭とは、面白い試みだ」


 綺羅坂が一応は来客である俺と会長に飲み物を出して、自分も向かいの席に座るとその父親は告げた。

 娘から情報をもらっていたのかと視線を綺羅坂に向けるが、 彼女は首を横に振って俺の予想を否定した。


「ご存知でしたか」


「商店街も関わっているから自然とね」


 会長の問いに綺羅坂怜弥は短く答えた。

 そういえば、この人は商店街に寄付をしていたとか、そんな話を小耳に挟んでいたのを思い出す。


 この人くらい大物になれば、情報網は計り知れない。

 望まなくても情報は入ってくるものなのだろう。


「娘から合同の概要についても少しは聞いて把握している。茜も一度は考えたと思うが移動手段の確保について、提案があって呼んだんだ」


 会長はその一言で表情が変わる。

 確かに、現場で移動手段を確保していないのは桜ノ丘学園側だけで、相手にも前に確保できないのか問われた。


 しかし、予算的な問題でそれは難しいという見解に至ったのだが、その件呼んだと言うのであれば、準備する可能性があると言うことだ。


 生徒会としては、この機を逃したくはない。


「ただし、条件とまでは言わないが言葉を交わしたい相手がいてね、怜に呼んでもらったというわけだ」


 作業のために手元に落としていたはずの視線が上げられ、俺に向けられる。

 会長だけでなく、俺は呼んだ理由はそれか。


 職業体験の時の続きというわけだ。

 会長と綺羅坂が静かに見守る状況で、俺は静かに息を吐く。


 以前とは違い、この人が自分が想像しているよりも大きな存在である事を知っているからこそ、緊張は跳ね上がる。


 その心境も、仕草の全てを楽しむかのように綺羅坂怜弥は立ち上がると娘の隣に腰を下ろす。


 ……親子揃って変わり者好きとは、面倒な家族に目を付けられたものだと、内心溜息を零すのだった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る