第三十話 開幕

第三十話 開幕1

 一日、一日と過ぎ去る日常。

 学園の雰囲気だけでなく、外見的な意味でも文化祭が目前まで迫っているのが見て取れる今日この頃。


 桔梗女学院との合同文化祭は、結局行うことになった。

 決め手は、やはり瀬良も言っていたグラウンドの共有や今後の合同でのボランティア、地域の活動というのが学園側には魅力的だったらしい。


 須藤から知らされたときにはすでに覚悟していたことなので、生徒会役員達は誰一人文句を言うことはなかった。


 正式に決まった翌日には掲示板を通じて生徒へ発表がされた。

 戸惑う生徒も多数見受けられたが、それもすぐに賑わいに変わる。


 学生はやはり賑やかなものが好きなのだ。

 みんな一緒に手を取り合って仲良しこよし、お気楽なものだ。


 決定に至るまでの経緯を知るはずもない生徒に、文句も言えるはずはなくため息だけが溢れでた。



 それから、少しづつ日にちは経ち、白石を中心に文化祭へ向けた準備が着々と行われた。


 各学年の出し物についての最終決定、それに伴う予算の再編成。

 これは、実行委員会ではなく綺羅坂と三浦が主に行った作業だ。

 

 二人は適切な額の配分を教員が文句のもの字も言えないくらいに見事な予算編成を作り上げた。


 次に、やはり問題が起きたのは生徒間のいざこざだ。

 店の構える場所、出し物の被り、予算についての文句etc……挙げたらキリがないが、それはもう多かった。


 俺みたいな人間からすれば「うるせえ、自分達は特に何もしていないんだから黙って従え」的な考えをしてしまうが、優斗と雫はそんな生徒達に一人一人説得に回った。


 場所に関しては二人も協力して適した場所を検討、出店の被りについても公平な方法で解決していた。

 予算に関しても文句は、正直問題にすらならなかった。

 なんせ、作り上げたのが綺羅坂怜だ。


 内心もう少し増額してほしいと実行委員会を訪れた生徒は確かにいた。

 しかし、担当は誰だと言って、彼女が立ち上がった瞬間、首(こうべ)を垂れて逃げ出した。


 まあ、怖いよね……

 俺でも彼女が立ち上がってあの凍てつく視線で睨まれたら、十中八九逃げ出す自信がある。


 俺は相変わらず裏方に徹して、足りていない場所に適宜応援をしていた。

 雑務、力仕事、会長のお供、そんなところだ。


 何も仕事がないのは無性に寂しくなるので、ある程度に適当な仕事が与えられていたから手持ち無沙汰にはならなくて済んだ。





 授業も予定よりも早く進んでいる科目はクラスの文化祭準備に使えるなど、教員も少しは手伝ってくれている。

 

 一日ごとに変わる校内は、目前にまで文化祭が迫っていることを感じさせる。

 授業が終わり、放課後の活動に赴くために一人廊下を歩いていると、ポケットの中が数回振動する。


 スマホを取り出してみると、楓からの連絡が入っていた。


 これまた後日談になるのだが、桔梗女学院も協議の結果、市民会館を使用した演奏や合唱を行うことが決定したらしい。


 そして、生徒会の模擬店出店も許可が下りた。

 概ね、こちらの希望と相手の希望を合わせたような形で、文化祭の大枠は完成したのだ、


 それで、両校の架け橋として真良兄妹が連絡を行なっている。

 今日も、楓から来たメールには桔梗女学院の準備の進行具合が書かれていた。


 『問題なし、出店はクレープで決定!』

 そう短い文章を確認してから、再びポケットにしまう。


「……クレープね」


 廊下を一人歩く中で呟いた。

 今回の文化祭では一つだけ勝負を行うことが決定している。


 両校生徒会の出店の満足度、つまりはどちらが美味しかったか投票してもらうシステムを採用したのだ。


 出店の条件は食べ物限定、しかし生の食材を使用するものは禁止。

 今日来た連絡はその店の最終期限が今日までだから、その決定の連絡だ。


 もちろん、俺たち桜ノ丘学園生徒会の出店も決まっている。

 相手にも伝えあるので、瀬良とかが対抗意識を燃やしてクレープにしたのだろう。



 こちらの出店が決まったのは2日前だった。



「私たちはパンケーキでいこうと思うのだが、どうかね?」


 会長お馴染み、ホワイトボードに小さく可愛らしいイラストを添えて書かれた案に一同は一瞬黙り込む。


 反対というわけではなく、会長から可愛らいし食べ物が出てきたのが意外だったのだ。

 片や俺は、会長の案に思い当たる記憶がある。


 そういえば、放課後に会長と雫と綺羅坂を連れて食べ行ったな……

 発想はそこからか、会長も自信があるような生き生きとした表情で告げた。


「コスト面からも良いと思います」


「うん、僕もいいと思います、合同で女子生徒が多く来校するので外すことは無さそうです」


 三浦と小泉が賛同すると、視線は日野くんに向けられた。

 彼は手に持っていたお盆をすぐに机の上に置いてから、慌てた様子で答える。


「良いと思うっす!」


「……」


 絶対、考えていなかったなこいつ。

 脊髄反射のように答えていた感が凄いのだが……


 会長は最後に俺が座る席に視線を向ける。

 その隣には雫の姿もある。


 彼女は先日、会長に自ら打診して暫定的ではあるが生徒会に加わっている。

 

「俺達は会長に従いますよ……」


「はい、お任せします」


 もとより、この勝負は会長と瀬良の勝負と言っても良い。

 会長が決めた案ならそれで行くのが最善策だろう。


 全員が同意したのを確認してから、会長は思い出すかのように呟く。


「あのパンケーキは美味しかった。是非、もう一度行きたいものだ」


 何故か、視線を向けられた俺は気まずい心境になった。

 これは、反応を求められているのだろうか?


 だが、独り言の可能性もあるが……隣の雫が何やら威圧感を会長に放っているから俺に向けられた言葉なのだろう。


「……目標とする味を確認ってことで全員で行きますか?」


 俺がそっと手を控え目に上げて言った。

 ……こういうのガラじゃないんだよ。


 さらっと人を食事に誘うとか、どこぞの王子様を装っている奴の専売特許だろうが。

 なんて、嫌味ったらしく言えることもなく、提案した言葉に会長は少しだけ口元を綻ばせていた。


 ……年下をからかって楽しむとか、どこの綺羅坂さんですかね。

 というか、綺羅坂も呼ばないと怒られる気がする。


「いいね、行こうか!」


 小泉が立ち上がり、嬉しそうに頷く。

 三浦も火野君も特に予定もなく、雫も当然ついてくるのでこうして生徒会役員達は前回俺たちが訪問したパンケーキ屋へと赴き、自分達のテーマを決めたのだ。





 放課後の廊下を進み、実行委員会の根城になっている視聴覚室の扉を開けながら、そんな経緯で決まった数日前の出来事を思い出す。


 ジャンルが似通っているのは偶然か、必然か。

 それにしても、勝負であれば似たような内容だからこそ勝敗がはっきりと出るからよしとしよう。


「お疲れ様です……」


 一人だけ少し遅れて参加した視聴覚室の中では、今日も慌ただしく生徒が出入りを繰り返す。

 ひっきりなしに開く扉は、もはや開いたまま固定した方が効率が良さそうだ。

 

 そんな室内に入った先では、生徒会の面々と雫、そして綺羅坂が出迎えた。

 各々がこちらの挨拶に言葉を返す中、綺羅坂だけが待っていたと言わんばかりに歩みを進める。


 俺の目の前にまで歩み寄った彼女は、取り出したスマホの画面を突き出してくる。

 表示されたいたのは、少し時代遅れに感じるショートメッセージの画面だ。


 件名もなく、ただ「父」という相手からの連絡であることがわかった。

 

「なに……?」


「これ、内容を見て頂戴」


 さらに眼前にまで突き出されたスマホを凝視すると、内容には短くこう書かれていた。


『茜と真良君を連れてきなさい』


 ……なにこれ?

 完全に思考が停止して、状況を理解できていない俺に綺羅坂は淡々と告げる。


「私の父に会ってもらうわ」


 すみません、よくわかりませんでした。

 りんごマークのスマホでよく返されるような返答が、俺の脳内で再生されたのだった。


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