第二十九話 タイムリミット6



 桔梗の校門が彫られた門の前に着いたのは、日が暮れたあとだった。

 俺達が到着するのを待ち構えるように二人の人影が並んでいる。


 その一人が、こちらの姿を確認すると駆けだす。


「兄さん!」


 愛くるしい姿で勢いを殺すことなく抱き着いた妹を受け止めると、軽く頭を撫でる。


「悪いな……こんな時間まで残ってもらって」


「いえ、私は大丈夫です。瀬良先輩も構わないと言ってくださったので」


 視線を後ろに向けてそう言った楓は、会長を手招く。

 待っていたように、楓の仕草を見ると瀬良は歩み寄った。


 抱きかかえていた楓を隣に移動させると、まずは一礼する。


「お待たせしました……」


「生徒会の残務もあったのでお気遣いなく。それで、何用でしょうか?」


 時間も遅く、前置きは不要と言いたげな表情で瀬良は告げる。

 それなら、こちらも余計な会話をする必要もないのでありがたい。


 同行した雫と綺羅坂を一瞥して、彼女達が何も言うことが無いを確認してから口を開く。


「柊茜からの言伝です。両校の模擬店勝負は金銭が関わらない勝敗を用意する。そして、明日を含めた当面の協議は行わず、両校の行事の準備に専念しながら連絡を取り合う……です」


「……なるほど、分かりました」


「連絡は学校を通じて、個人的に何かあれば妹に言ってください」


 隣に立つ楓の頭をポンポンと軽く叩いて、それに楓も頷く。

 俺が会長に言われたことはこれですべてだ。


 あとは、相手から何かあればだが、瀬良も特に言葉を発することはない。

 沈黙が僅かに続いて、気まずい雰囲気に耐え切れずに俺が先に言った。


「では……ここらへんで失礼します」


 暗く、街灯が無いと相手の顔すら見えにくい学校前に長く佇んでいるのも変なものだ。

 女子生徒が多く、その中に男子一人という状況も居心地が悪い。


 早々に退散すべく帰路に向けて歩みを始めようとすると、瀬良が最後に呟いた。


「柊さんは来ないんですね」


「……」


 瀬良の内心では、会長も同伴してくると思っていたのだろうか。

 呟かれた言葉に、動きが止まる。



 ……ここまで会長にこだわっていると、怨念でもあるのかと思うのは俺だけだろうか。

 


 人の価値観なんて他人である俺が判断できるものではないが、会長の過去の言動からすれば憶測くらいはつく。

 だから、瀬良にはこの際ハッキリと言っておくことにした。


「うちの会長……しつこい人は苦手なんだと思いますよ」


 周りが求めるなら完璧を体現しよう。

 だが、自分が求めるのは完璧を求めない人物。


 そんなことを前に言っていた気がする。



 それだけ告げると瀬良は微笑を浮かべ何も言うことなく校舎内に戻っていった。

 

 楓にもこれから合同についての話をしなくてはならないし、会長に報告もある。

 そして、雫と綺羅坂が揃っているパターンだと、帰りに家に立ち寄られるのは明白。


 静かな安住の地が、少しだけ賑わいを見せるだろう。

 思わずため息を零しながら、この先の慌しい日々を憂いた。

 


「帰るか……」


 対話する相手も見えなくなり、静かな正門前で三人に向けて告げる。

 楓を中心に右は綺羅坂、左は雫が妹の手を仲良く取り合い歩く。


 その後ろ姿を眺め、文化祭でもこの光景は目にするのだろうとふと思った。

 憂いはあるが、妹が楽しそうにしているのは悪い気分ではない。


 だから……そう、妹のために頑張ってみようかなと、もう一息吐いた。

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