第二十五話 開票と離別17

 

 生徒会長選挙当日。

 見事なまでに、そして嫌になるほどの快晴である本日、ここに会長選挙は執り行われた。


 学園在籍生徒の約四百五十名に教員数十名が、体育館に詰め込まれるようにして集められる。

 建物内は薄暗く、ただし演説の舞台である壇上だけは眩いスポットライトが当てられていた。


 あの壇上が、会長選を戦う二人の舞台だ。



 壇上の後方には二人分の席が用意され、そこに小泉と白石は腰掛けていた。

 緊張も不安も表情には表さず、既に二人の中では開戦の幕が切って下ろされているのだと、遠巻きに二人の姿を捉えて感じた。


 学園長からのありがたーいお話もそこそこに、進行役が予定通りに進めていく。

 まず小泉の応援演説者の男子生徒が壇上に上がり、彼が如何にして生徒会長に相応しいのかを語る。


 意外性はなく、とてもオーソドックスな演説内容だった。


 そして、次に上がったのが白石の応援演説者の女子生徒だ。


 彼女の原稿は軽くだが目を通させてもらっている。

 内容も大まかに覚えているが、それと大半は変わりない。


 だが、所々で過剰な誉め言葉を減らして、控えめだが確かに推薦するに相応しい人物であると語った。



 と、ここまでは順調だ。 

 大半の生徒も、流し程度で聞いていて本番はまだ始まっていない。


 次に進行役が小泉の名を呼ぶと、会場の空気が変わる。

 興味が一身に向けられた状況で、マイクの前に彼は立った。




 壇上に上がる二人に生徒の姿は勇ましく、凛々しく、そして自身に満ち溢れていた。

 数百の生徒達から向けられる視線など関係なく、雄弁に語る二人の姿はまさに生徒の長たる堂々な姿である。


 壇上から一つ低い体育館の床に座り、暗く照明も彼ら二人に集められているのを離れた場所から眺める。

 いつものような小泉の弱々しい姿も、白石の計算しているような会話もない。


 そこには、自身の考えをありのまま生徒達に伝えるために、懸命に言葉を絞り出し紡いでいた。


 少年は、学生達の過ごしやすい環境の実現のために努力を続けることを宣言した。

 行事の活性化、地域とのコミュニティーを拡大して、学園だけでなく地域とも繋がる。


 小さな田舎町では、地域密着は非常に重要な課題でもある。

 その活動に力を注ぐ小泉の姿を、全校生徒の大半が容易に想像が出来た。


 それこそ、彼の努力の賜物だ。

 それだけの下積みを彼は積んできたのだ。


 圧倒的才能、人望、人格に秀でた先輩の背を追い求め、傍らで支え続けていたのを生徒達は知っている。

 次代を任される重圧と期待、それを正面から受け止めようとする姿は生徒の心に突き刺さっていた。


 そして、彼は最後の締めくくりの言葉を告げる。


「僕は……僕も、後輩から憧れるような生徒会長になりたいです」


 自分がそうであったように、次代を担う生徒からそう思われる生徒になりたい。

 小泉という二年生から、柊という三年生に向けた言葉のように俺には聞こえた。

 あとは任せてください、そう言葉の裏で語りかけているように。


 

 

 そして、もう一人の少女は俺の予想とは違う言葉を生徒達に投げ掛けた。

 求めるは個性、他者にはない魅力。


 一瞬、最初にこの一年生と会った夏休みを思い出す。

 自分の理想のためには、他人を、自分自身を偽ることを良しとする彼女の姿を。


 だが、数秒後には違うことが分かった。

 彼女の言葉にはシミュレーションをして繰り出された言葉ではなく、本心をさらけ出してい語りかけてくる真剣さがあった。


 心境の変化か、成長か……

 しかし、この生徒会選挙においてプラスの要素であることに変わりはない。


 積み重ねた経験も実績もない彼女が、表面上の綺麗な言葉を言ったところで生徒達には響かない。

 なら、本心をそのまま言葉にした方が、彼女の場合は良いのかもしれない。


 白石が求める生徒会、学園像は個性を正しく成長させること。

 良くも悪くも個としての才能に恵まれた生徒が多くいるこの学園では、そのあまりに強い輝きから自身の個性や能力を遺憾なく発揮できていない生徒が多くいる。

 

 そんな生徒達が、正しく輝けるような学園にしたい。

 それに加えて、優れた能力を持つ生徒達が手を取り合い、学園運営に携わることでこれまでの生徒会よりも進化した生徒会を作り上げたい。


 当初の、白石紅葉が理想とする生徒会への想いは捨てていない、だが理想だけに固執しないで隠れた才能を発掘するという発想に変わったのは彼女の心境の変化だ。


 そして、最後にこう付け足した。


「学園を絶対により良く……なんて言いません、多分失敗もします。それでも、一年生だからこそ失敗を経験と捉えて成長することが出来ます」


 その可能性に、皆さんの一票を投じてください……そう締めくくると、少女が頭を下げて壇上から降りる。

 照明が消え、次第に体育館全体の明かりが灯る。


 二人の演説とこれまでの活動に対しての惜しみない拍手が館内中に響き渡る。

 この状況に近いものを、この先に自分が行うのだと考えた途端、嫌な汗と不安感が一瞬脳内を埋め尽くすが、振り払うかのように頭を振る。


「……お疲れ様」


 一言で済ませていいものか、そんな思いを胸に抱きつつ生徒の中に紛れて拍手をしながらそう呟いた。







 最後尾にいる三年生から順に教室へ戻り、この後学年ごとに投票に移る。

 全生徒が出ていくのを確認してから、立候補者の二人と教員、そして片づけ役として生徒会役員が残った。


 といっても、片付けるものは少しだけで、当選者発表についての説明を教員から受けた二人と、会長、俺、三浦、火野君の六人が呼びかけることなく集まる。


「二人とも、まずは選挙活動お疲れ様、最後の演説も含め見事だった」


 会長がそう二人を労いの言葉を伝えると、三浦と火野君も頷いて見せる。

 

「き、緊張した……」


「ですね……」


 二人は、その言葉を聞いて初めて肩の力を抜いた。

 どっと溜め込んでいた息を零すと、互いに視線を交差させて笑顔を浮かべる。


 三浦と火野君が小泉へ、そして俺は白石に声を掛ける。


「意外だったな……てっきりテンプレートな学園改革的なのは混ぜてくると予想していたんだけど」


「私も考えていましたよ……少なくとも先週の金曜までは」


 先ほどとは違う溜息を零した白石は、半目でこちらを睨む。

 ……ああ、俺のせいですか。


 そういえば、綺麗な言葉ではダメだと俺が断言したんだった。


 彼女なら参考程度に良い方向へ内容を変えるだろうと思い言った言葉だったが、白石にはそれなりに印象に残っていたらしい。

 だが、彼女達に残されたのは結果を待つことだけ。


 どこか安心した表情を浮かべて白石は言った。


「先輩、どうでした私の演説は?」


「……自分自身の個性を隠している奴の言葉には思えない饒舌っぷりだったよ」


「正直な感想どうもありがとうございます」


 ニッコリと微笑を浮かべ淡々と言い返す姿に、ここまでの会話が計算通りであることを表していた。

 その姿に、苦笑を浮かべて背を向ける。


 片付けの終わった体育館からは次々と教員も出ていくのに続いて出口に向かう。

 その流れに白石も続くように歩き始めたところに、すかさず言葉を投げかける。


「……そういえば、足元にカエルいるぞ」


「うっへ!?」


 ……なんだその叫び方。

 とっさの状況に、まだ対応が鈍い姿をからかうように冷笑をプレゼントしてから体育館を後にした。


 後ろから怒気の混ざった呼びかけがあったが、気のせいだろう。






 各学年が投票を終えて、その後は通常の授業が行われた。

 だが、生徒の落ち着かない雰囲気は学校全体に広がっている。


 本当、自分が関わらないと楽しそうに過ごすのが人間の不思議なところだ。

 人の不幸は蜜の味と言うが、まさにそれだろう。


 片方は喜び、片方は嘆く。

 それを称え、そして慰めていながら、内心では状況を楽しんでいるのだから質が悪い。


 せめて、今回の結果が出た時にその状況が少ないことを祈りながら、放課後を迎える。

 

 時刻は午後三時過ぎ。

 例年通りなら、そろそろ学内放送で結果が発表される時間だ。


 教室の席に座り、教室の様子を観察しながら待つ。

 綺羅坂は普段通りに本を読んでいて、雫はどこか落ち着かない様子で何度かこちらに視線を向けていた。


 優斗は普段通りの自然体でクラスメイトと会話に花を咲かせる。



 結果を告げる瞬間を全生徒が待っていると、アナウンスを知らせる音が校内を響かせる。


『生徒会長選挙の結果ですが、開票に時間が掛かっているのでもうしばらくお待ちください』


「……計算ミスでもしたのか?」


「もしくは票数が近いから再度集計し直しているのか……」


 俺の呟きに綺羅坂が答える。

 確かに、その可能性は否定できない。


 ただ、この状況を教室で待つには少々息が詰まる。


 荷物を持ち、校内放送が聞こえて人気の少ない場所に移動する。

 そう、屋上です。


 やってきました屋上。

 やはり、人っ子一人いません、この学園は屋上を使用するという発想が生徒にはないのでしょうか。


 と、一人実況をしてから、建物の陰に入り腰を下ろす。

 少し蒸し暑いが、教室よりかはマシだった。



 しばらく、一人での時間を過ごしていると屋上の戸が開く音が耳に届く。

 大方、綺羅坂か雫だろうと視線を向けると、意外なことに白石紅葉の姿があった。


「柊先輩が真良先輩ならここで結果を待っているんじゃないかってお伺いしたので」


「あ、そう……」


 俺の疑問を開口一番で説明してくれた白石は、一人分の間を取って隣に腰掛ける。

 クラスでの居心地が悪かったのか、それとも静かな場所で結果を聞きたかったのか、彼女の真意は分からないが思うところがあるのだろう。


 会話もなく、風と虫の鳴き声、そして学内の生徒達の喧騒だけが屋上を包む。

 一分、一秒が長く感じるのは、俺も正直なところ二人の結果が気になっているからだ。


 そして、再度アナウンスを知らせる音がスピーカーから流れる。

 これが本当にラスト、結果発表だ。


『お待たせしました、会長選の結果を発表します……』


 スピーカー越しにガサガサと集計用紙を手に取る音が聞こえてくる。

 その何気ない音や、一瞬の間が不安と苛立ちを募らせる。


 だが、それも制服のシャツを摘まむ感覚で遮られた。

 目を向けると、白石は右手で俺の制服を少しだけ摘まみ、そして固く瞳を閉じていた。


 神にでも祈るかのような姿に、自分が感じていた苛立ちなど彼女からすれば些細なものだと思い知らされる。






『発表します……次期生徒会長に選ばれたのは、二年の小泉翔一さんです』




 繰り返されるアナウンス。

 そして、小泉を応援していた生徒達の歓声が屋上にまで響く。


 結果は下された。

 だが、隣に座る彼女に目を向けることが、言葉を掛けることが出来ずにいた。


「…………」


 彼女自身も、俯いて沈黙を貫いていた。

 しかし、それも少しのことで上がった顔は苦笑が混じっていた。


「そうですか……負けちゃいましたか」


「……」


「結構、頑張ったんですけどね」


 徐々に声音が小さくなる白石に、頑張ったと励ましの言葉を伝えることが俺には出来ない。

 共感なき言葉に意味はない。


 俺は彼女がどれほど頑張ってきたのかを知らない。

 表面上のことは見て分かっていても、裏でどれほど苦労をしていたのかを知らない。


 俺自身が共感できていないのに励ましの言葉を言ったところで、相手に不快感を与えてしまうだけだ。

 だから、俺なりの言葉で告げた。


「一票差も十票差も結果は同じだ、頑張って全てが報われるわけじゃない……」


「……」


「でも……胸を張っていいと思うぞ……壇上で話すお前の立ち振る舞いは素直にかっこよかった」


 本当にかっこよかった。

 一年生でありながら、堂々と臆せず語る彼女の姿は絶対生徒達の脳裏に焼き付いているはずだ。


 そして、その姿を馬鹿にする奴はいない。

 だから、白石は堂々としていればいい。


 そう伝えたかったのに、言葉とは会話とは難しい。

 

「……先輩ってどうでもいい時はペラペラ話すのに、こういう時は不器用なんですね」


「うるさい……」


 からかうように白石は言うと、次第に瞳から一つの涙が零れ落ちる。

 せき止めていたダムが決壊したかのように、次々と落ちる涙を拭うことなく、ぐっと声を押し殺して彼女は体を震わせる。


 様子を伺うため視線を横に移した時、離れた屋上への入口辺りで長い黒髪と、文庫本が視界にチラリと映りこんだ。

 彼女達も屋上へ来たのだろう。


 だが、気を使って白石が泣き止むまで姿を見せることはなかった。



 しばらくして、白石が目を真っ赤にして立ち上がると、晴れた表情を浮かべていた。


「次は先輩の番ですね、負けないでくださいよ?」


「まあ……頑張ってみるわ」


 一言、白石に言葉を返すと彼女は頷いて踵を返す。

 そして、屋上の入口にいた二人の女子生徒に頭を下げて屋上を後にする。


 きっと、クラスに戻っていつもの笑顔の白石紅葉を演じて、そして一人になってまた涙を零すのだろう。

 それくらいに、彼女には生徒会への強い想いがあった。


 だが、会長ではなくても副会長として今度は小泉を支えなくてはならない。

 涙して終わってはいけない。


 変わるように歩み寄ってきた雫と綺羅坂の二人の姿を確認すると、立ち上がり体を伸ばして息をつく。


「一応先輩だからな……頑張りますか」


 自分自身に言い聞かせるように、誰にも聞こえないほどの声量で宣言してから二人の方へと足を運ぶ。

 手を挙げて二人に挨拶をしてから、帰路につくのだった。



 こうして、桜ノ丘学園生徒会長選挙は終了した。

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