第二十五話 開票と離別16



 数ヶ月の間で、定期的に利用するようになった駅前の喫茶店で一方的に約束をした相手を待つ。

 店内でも小さめなテーブルを挟んで座る俺の隣には誰もいない。


 少し離れた場所で雫と綺羅坂には待機してもらっていた。

 窓際から学園側の通路を眺めていると、小走りでこちらに向かう見知った姿が目に入る。


 その人影は、喫茶店に近寄ると外から店内を遠巻きに確認してから静々と入店した。


「お待たせしました」


「いや、こっちも急に悪いな……」


 窓際に腰掛けていたことからすぐに目に留まったこともあり、店内に入ってきた白石は一目散に目の前に腰掛けた。

 その際、店内を見回して雫と綺羅坂を発見すると一礼することを忘れない。


 店員が歩み寄り、注文を確認するとアイスコーヒーを頼んで届くまで待った。

 白石がのどを潤してから話を始めようと待っていると、彼女は届いたコーヒーにガムシロップを入れながら訊ねてきた。



「先輩からこのタイミングでの話というのは期待してもいいんですかね?」


「……予想とは全然違うと思うとだけ言っておく」


 生徒の群がる状況で詳細まで話を出来なかったのもあるが、期待を持たせてしまっているに違いないので最初に告げておく。

 しかし、白石はがっかりする様子もなく淡々と話を進めた。


「それで、どのようなお話しでしょうか?」


「ああ……」


 どう話を進めるか考えていたが、前置きを長くしても仕方がないので結論から述べた。


「俺と優斗で役員選挙に出ることにした……同じ役職で」


「へえ……」


 白石は悠然と香りを楽しむかのようにコーヒーを飲む。

 口元に微笑を浮かべて余裕を見せているかのように見えたが、すぐに違うことを知った。


「は?え?役員?……え、ちょ、おま―――馬鹿ですか!?」


「おまえって言おうとしたろ……」


 口元から含んだはずのコーヒーは漏れ出て、驚愕の表情を浮かべる。

 予期せぬ事態とはまさにこのこと。


 あらかじめ、白石もこの場に来るにあたって予想はしていたのだろう。

 だが、その予想とは完全に違う路線での話をしたことで、彼女は面白いくらいに俺が想像して通りの反応を見せてくれた。


 というか、汚いよ。

 ちゃんと飲もうね?老後が心配になってしまう。


「荻原先輩と!?いや、そもそも役職なんていくらでもあるのに同じのですか!?」


「まあ、そうなるわな」


 当然の疑問だ。

 俺が反対の状況だったら同じ疑問を投げかけていた。


 だからこそ、彼女が言いたいことも分かるので、苦笑しかできなかった。


「バカです、バカですね、いやほんとバカですよ」


「カバですね」


「……」


 ……冗談です。

 沈黙が痛いのは白石から向けられた冷めた視線だけでなく、少し離れた場所からの冷めた視線も含まれているのもある。


 真面目に、そして真剣に会話に徹しなくては。

 

「言いたいことは多いと思うが、とりあえずは聞いてくれ」


「は、はあ……」


 そう言って、気持ちを落ち着かせるためか再度コーヒーを飲むと、白石は姿勢を正す。

 それを確認してから、これまでの経緯を簡潔に、そして多大に省略して言った。


「あれだ……負けられない戦いがここにはある的な、男と男の戦いみたいなやつになってな」


「いや、全然分かりませんよ、というか今の説明で理解できる人がいるんですか」


 完全に意味不明で、変な人を見ているような視線が向けられる。

 年上の男子高校生が口喧嘩になり、挙句の果てに意地のぶつけあいで生徒会選挙で争うと言うには、恥ずかしさが勝ってしまう。

 

 ちらりと離れた席に目を向けると、あからさまにガックリと肩を落としている二人の人影が見えた。

 

「純粋に選挙で勝ち負けつけるって話だ」


「ま、まあ真良先輩が納得しているのであれば別に私が口を挟むことではないですが……」


 そう言って、言いにくそうに口籠る。

 現時点で選挙活動を行っている白石には思う点があるのだろう。


 急かすことなく、彼女の続く言葉を待っていると控えめに口を開いた。


「……多分、負けますよ?」


「……かもな」


 背を預けて白石から目を逸らす。

 窓の外では、ごく普通の日常が広がっている。


 この人たちに写真を見せて、どちらに票を入れますかと聞いても同じ結果になるだろう。

 十中八九、優斗に投じられるのは容易に想像できた。


 白石はその報告をするために呼ばれたのだと思っている様子で、言葉を探していた。

 慰めなのか、それとも励ましなのか、それは分からない。


 でも、俺が言いたいのはそれだけではない。


「それで白石に話があるから呼んだんだ」


「他にもあるんですか?」


 聞きたないのか、顔を伏せる。

 この時期では、厄介事など聞きたくもないだろう。


 本人からすれば週明けに控えた会長選に意識を向けたいはずだ。


 なので、その杞憂をまず排除すべきだ。

 そう思い、言葉にした。


「頼みたいことがあるのは選挙が終わった後だ、だからそれまでに本当に気にしないでくれて大丈夫だ」 


「……」


 本当か?そう視線で問われているように感じた。

 この話の続きを聞くかどうか、それは彼女の選択だ。


 ここまでで帰るもよし、強制することは出来ない。

 だが、話を聞いてくれるのであれば期待も持つし、彼女の要望にも可能な範囲の協力も当然だが約束する。


 会話の最初で期待について否定はしなかったのはそういう意味もある。


 

 白石の中での葛藤が、会議が終了したのか諦めたように溜息を零す。

 そして、カバンからスケジュール帳兼メモ帳を取り出すと、話を促すように頷いた。


「端的に言えば役員選挙で助力を頼みたい」


「それは人員的な話ですか?それとも票数的な意味ですか?」


「本音を言えば両方だが、どっちかと言われれば人員……というか、白石のコネクションだな」

 

 部活にも委員会にも属していない俺には他学年との繋がりはない。

 三年生は投票に関わらないのであれば、一年生との繋がりに力を割くべきだ。


 火野君は申し訳ないが期待できない立ち位置だから、必然的に白石頼みになってしまうのは必然だ。

 それは、以前に白石が俺と雫達の繋がりを使ったのと似たようなものだ。


 これだけでは、優斗側に入りたい気持ちを変えるには彼女にとっての利点が不足している。

 だから、彼女が何かを発する前に卓上のペンを手に取る。


 として、カバンから適当なプリントを取り出して裏側に数字を書き記していく。

 

「これは俺個人の意見でしかないが、現状の会長選挙は五分五分くらいの予想らしいな」


「そうですけど……少し小泉先輩寄りですね」


「その理由はお前の中では分かっているのか?」


 俺から白石への質問。

 それに白石は当然と頷いて見せた。


「知名度の差です」


「違うな、言葉の違いだ」


 即断で彼女の意見を切って捨てる。

 前置きとして、これは俺個人の意見であるからこそ、強気の視線を崩さずに言った。


 俺の反応にムッとした表情をした白石だが、貴重な意見として受け止めることにしたのか無言を貫いた。


「選挙最終日、この状況でいい勝負しているってのは当日の演説次第で結果は変わる可能性が大いにあるってことだ。そして、小泉と白石の間の票差はおそらく選挙に対して関心のない生徒達の適当な票だ」


「はあ……」


 学生選挙は人気ランキング。

 この考えに変わりはない。


 だが、興味のない生徒には人気ランキングもなにも関係なく、どちらに入れるかの選択を迫られた時、知った名前を入れるはずだ。

 その票をいかに多く手に入れられるか、それは当日の演説にかかっている。


 だからこそ、言葉の違い。

 印象が良い言葉かそうでないか……


 無関心に近い俺だからこそ分かるのは、綺麗な言葉は彼らには響かないということだ。

 むしろ、悪い印象を生む可能性のほうが高い。


 小泉は良くも悪くも言葉が丁寧だ。

 どんな相手にも最低限悪い印象を持たれないように、周りにいる人を気にしながら言葉を選んでいる。


 だから、強い印象が残らない理由にもなっているのだが、白石の場合は違う。

 まっすぐで実に嫌になるほど正しい。


 彼女と初対面でそれは嫌というほど感じた。

 正しい考え方とは選挙では前提条件だろうけれども、捻くれて捉えてしまうお年頃なのが学生だ。


 少し砕けているくらいがちょうどいいのかもしれない。

 それを踏まえて書いた数字は二百対二百。


「これが現状だと思ってもいいかもしれないと俺は思ってる」


 残った約五十の数字をぐるぐると囲んで彼女の反応を窺う。

 ここからは心理戦だ。


 彼女をその気にさせて、選挙に集中させる。

 その結果によって、彼女がどっちに付くか決まるのだ。


「応援演説の内容は知っているのか?」


「一応……コピーもあります」


 そう言ってコピーされた用紙を差し出す。

 内容を上から確認して、単語を何個か印をつけて返す。


「優秀、人望が厚い、人気者……この手の言葉は必要最低限のほうが良いかもな……過剰な持ち上げは逆効果だ」


「……なるほど」


「今日まででどっちに入れるか決めてる生徒は演説を何日続けても票が移るのは可能性が低い、だから最後の悪あがきは注目する人を変えるのは一つの手だ」


 最後に付け足して言うと、俺の言いたいことは言い終えたことになる。

 全く持って確信も信頼できる情報でもなく、あくまで個人的な意見。


 参考にする必要性もないが、交渉のテーブルに着くには言っておかなければ土俵にすら立てない。

 白石が優斗の能力を評価している以上、違う方向性であっても推すメリットを提示する。


「と、まあここまでが俺が話したかったことだ……あとの判断はお任せする」


「え、終わりですか?」


「終わりだ……別に答えを今日くれとも言わない。とりあえずあっちと合流するか」


 指差した先に座る女子高生二人は、珍しく会話をしているようだった。

 伝票を荷物を持って、腰を上げると白石は見上げて意外そうな表情を浮かべる。


「先輩……そんなに長文を話できるんですね」


「感想がそれかよ……」


 褒められる言葉を僅かにでも期待した俺が馬鹿だった。

 溜息をついて先導して進むと慌てて後ろからついてきた。




 白石にとって審判の日までの最後の週末。

 俺にとっては普通の週末も彼女にすれば、期待と不安の二日間だったことだろう。


 だが、一日の時間は変わらない。

 朝が来て昼が過ぎ、夕方を迎えて夜が来る。


 こうして、二日はあっという間に過ぎてとうとう会長選当日を迎えた。

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