第二十五話 開票と離別15


 


 結果ではなく、その過程にこそ意味がある。

 熱血教師や青春主人公が言いそうな言葉だ。


 だが、今回に限っては結果こそが全てだ。

 結果が出なくては意味がなく、結果こそが何よりの勝利の証。


 荻原優斗に投票数で勝利することこそが絶対条件だからこそ、卑怯だとか卑屈だとか卑弥呼だとか言われても気にしない。

 会長と替わるように席から立ち上がり、生徒会室に設置されているホワイトボードに数字を書き記していく。


 全校生徒約四百五十名。

 一年、二年生だけで約三百名。

 ここに教員を増やして計三百三十票。


 これが、桜ノ丘学園生徒会役員選挙での総投票数だ。

 優斗との勝負では単純に、この投票数の過半数を獲得すれば明確な勝利となる。


 この結果は絶対であり、数で勝ったその瞬間に否応なく判決が下される。

 だからこそ、何よりも生徒からの興味と教員からの支持を得なくてはならない。


 そのために必要な条件や、戦法を模索することが今の最大の課題なのだが……


「……正攻法は捨てよう」


 正面から、壇上に立ち演説をして周りからの視線を集めて、人気を集めて、票を集める。

 単純明快、まさしく正攻法であるが、これは捨てるべきだ。


 理由はいくつかある、だが三人がまず納得するはずの理由を真っ先に告げた。


「俺と優斗で正攻法でぶつかった時点で勝負は決まったようなものだ」


「確かに、真良君とイケメン君では注目度が天と地だものね」


 賛同なのか、それともからかっているのか、綺羅坂は淡々と告げた。

 同調するように会長と雫も頷いている。


「優斗の性格から考えると、あいつは本当に王道的な選挙活動を行うだろう、自分の理想とする学校生活を語り賛同する生徒を集める。当然同学年から他学年まで協力的な生徒も多く付くはずだ」


 その数は流石に予想は出来ない。

 他学年までは、人気度を指し示す情報が少なすぎる。


 だが、自然と普段から彼を取り巻いている生徒達は加わると考えれば十人から二十人は優に超えるだろう。

 片や、陣営の人数など片手の真良君サイドであるが、その人物の能力は学年最高レベル。


 相手が何人協力者を求めて集めようが、そこは問題ではない。


「……雫と綺羅坂にはさっき裏方を頼みたいと言ったが、それは会長の言う教員票を多く集めるには二人が必要不可欠だからだ」


 生徒達の選挙、だが教員票が存在する。

 矛盾しているが、学校側の意図も見て取れる。


 結局は高校生といっても未成年の子供たちの集団、コミュニティーに過ぎない。

 年齢という経験を積んだ人物が誘導して、彼らに正しい方向性へと導くようになっているのだ。


 会長が教員票が貴重だと言ったのも、導く人間が誰を信頼、評価しているのかを学生達が知ることで間接的に影響力を大きく握る結果があるからだ。


 なら、生徒的に注目度が高くない俺が、最大限に生徒達から票を勝ち取るにはどうすればいいのか。

 それは、教員達の支持を得ることが一番手っ取り早い。



 荻原優斗は非情に優秀で人望があり、人間性も問題はない。

 真良湊は目立たない生徒であり、成績、運動能力に秀でた面は少ない。


 これが教師からの俺達の評価だ。

 そこに容姿は含まれることは無く、一個人としての資質だけを見られる。


 だからこそ、俺が入り込める余地が残っている。


「正直、教師から見ての学園のカリスマ的存在ってのはどうなんでしょうね」


 これは、雫と会長に向けて問い掛けた。

 なぜ、一人含まれていないかといえば、人間性に問題ありだから。

 大した理由ではないので、気にしないで頂きたい。


「どうなのかと聞かれると……うーん」


「あまり答えたくない質問だな」


 雫は口元に手を当てて、考える素振りをみせ会長は苦笑する。

 人気者も大変なのだろう。


 個人的意見を述べるのであれば、これだというものは持っている。


「このご時世、学生のカリスマってのは厄介なものだと思いますがね、教員が生徒と保護者の顔色を窺っている時代ですから」


 俺が教員であるならば、票を入れられる立場であると仮定した時、優斗には票を入れないと思う。

 それは、真良湊としての感情を抜きにしての話だ。


 学生達の間でカリスマ的立場の生徒、そして学業も素行も優秀の一言。

 相談事や頼みを断らず笑顔で引き受けて、まさに学年での中心人物。


 普通に考えれば最適な人選に思える。

 しかし、リスクも当然発生するものだ。


 学園生徒の柱であり、皆から慕われ行動する生徒。

 悩みも、もしかしたら生徒達が抱く学校側への、教員への不満すらも引き受けて行動に移しかねない。

 

 あいつは純粋に善とした行動をする。

 それは、嫌になるほど正しくまっすぐで、とても厄介な存在だ。

 

 どんな場所でも、人間が多く集まる場所である以上何かしらの問題や間違いを隠して上手いこと生活を送っているのだ。

 それを指摘して、改善するように活動してしまうのが荻原優斗なのだ。


 学生達のため、あいつの立場はそうなるはずだ。 

 教員の立場を考えるのではなく、自分が一番密接に関係している人間である生徒のために。


 それを否定するのではない。

 しかし、反対もあるのだ。

 

 それをしてほしくない人たちもいるのだ。

 だから、そこに俺が入ればいい。


 確かに一生徒としての評価は高いものではない。

 可もなく不可もなく。

 だが、それは教員からすればほとんどノーリスクで生徒会役員を任せられると考えられるのではないだろうか。

 


 俺の過大評価や世間での教員の立場の不遇なんて話を聞いているからこそのマイナスイメージがそう思わせるのかもしれないが、ただそう思ってしまった。


 逆にレアケースとして柊茜という存在がいるのだ。

 圧倒的な才覚、カリスマ性、そして周りへの配慮、そこまでを完全に、完璧に実行することが出来て、かつ時には私情を挟まず中立であることも出来てしまう。

 それほどまでに、圧倒的能力を誇っていたからこそ、会長は会長たらしめているのであり、優斗はその例外ではない。


 会長職ではなく、その周りの役職というのも怖い要素の一つだ。

 会長がただの飾りになり、補佐の役職が組織を動かしてしまうのは、組織として間違った運営方法だ。


 まあ、これはあくまで持論であり、あくまで可能性だ。

 こればかりは実際に会話を試みて、反応を窺ってからでないと判断が出来ない。


「とりあえず、今日は会長に書類を受け取りに来たのとお手伝いの交渉、それと二人への考えを説明するためだ……本格的な活動は会長の言っていた通り会長選挙後だ」


 そして、もう一人を今日のうちにこちらサイドについてもらえるようにその気にさせる必要がある。

 善は急げだ、会長選が最終日だからこそ今日のうちに手を打っておきたい。


 恩を売るわけではないが、会長選が終わった後に相手側につく可能性が高く、尚且つ優秀であるのは後々の問題になる。

 俺が三人に告げて立ち上がると、三人も同様に席を立つ。


「では、私は荻原と真良が役員選挙に立候補の希望をしていることを担当教員に伝えてくるとしよう。安心しろ、その場にいる職員がどんな反応をするのかも見ておく」


「まだ言ってませんが……お願いします」


 確認しておいて欲しい事は分かっていたらしい。

 会長はヒラヒラと手を振り生徒会室から出ていく。


 三人になり、次の行動を確認するかのように雫と綺羅坂から視線が向けられる。

 

「……後輩の様子でも見に行きますかね」


 そう言うと、雫と綺羅坂は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。

 最近、分かりやすくて良いと思います。


 二人は白石に苦手意識は依然として持っているらしく、重い足取りで後ろから付いて歩く。


「本当にあの子も必要なのかしら?」


 綺羅坂が廊下を進んでいる時に問いかけてきた。

 それに頷いて答えると、雫が次に言葉を投げかける。


「確かに一年生の票を集めるうえで、学年の中心である生徒にはこちらについて欲しいですが……大丈夫ですかね?」


「……」


 彼女達がマイナスなイメージを持っているのは、白石が最初に告げた理想の生徒会があるからだ。

 当然、それを今も持ち続けているから優斗側につくのが普通だ。


 そんな人間をこちらに引き入れて、何かしらの問題が発生しないとは言い切れるほど白石という人間を理解できてはいない。


「ま、なるようになるだろ」


 何か間違った方向や、展開になってしまっても人選をした俺の責任であり、彼女達に非はない。 

 そう楽観視にも似た感情で答えると、後ろから深い溜息が聞こえてきたのだった。






「よろしくお願いしまーす!白石紅葉です、お願いします!」


 校門前で、生徒一人一人に声を掛ける女子生徒を少し遠めから見て、どうアクションを起こすか迷っていた。

 普通に話しかけても邪魔だし、かといって活動が終わるまで待つのも面倒だ。


 となれば、必然的にこちらから行動をしないといけない。

 だが、後ろの二人の女子生徒は完全にやる気のスイッチが切れている。


 現に、二人して生け花に植えられた花を観察して、スマホでどちらが上手に撮影できるかなんて競っている。


「センスの欠片もないわね」


「そうやって無駄な知識だけ持っているから変な写真になるんですよ」


「……」


 本当に、君達は会長選に興味がないのね。 

 まあ、それに関しては俺も似たようなものだから言うことがない。


 簡単に、かつ白石と話すことが出来るのは、この方法しかあるまい。

 そう思い立ち、歩を進める。


 目指すは校門前の集団にいる人物、まっすぐに目指して進む。


 数名が乱雑な列を作り、一人の人物と握手や応援の言葉を投げかけている場所に俺も並ぶ。


「ありがとうございます!頑張ります!」


 一人の男子生徒からの激励を受けて、力強く拳を握り言った少女は次に並ぶこちらに目を向ける。


「……頑張ってください」


「ありが―――何してるんすか?」


「いや、応援を」


 そんな露骨に嫌そうな表情をしなくてもいいではないか。

 火野君みたいな敬語になっているぞ。


 差し出した握手の手を、白石は躊躇しながらも周りの視線が集まり始めたことで表情を作り直す。 

 そこには、完璧に計算されて最も自分が可愛く微笑んでいるはずの白石の表情があった。


「ありがとうございますー」


「何がすーだ、お前そんな可愛い子キャラみたいな言葉遣いじゃないだろ」


「……さっき私が言うまで声すら掛けてくれなかったくせに……」


 いや、本当に申し訳ない。

 完全に興味がなかったわ!


 と、言ったら怒られるのは当然なので、この場から立ち去りかつ彼女に用件を端的に伝えることにした。


「……選挙についての話があるから活動終わったら駅前の喫茶店集合で」


「え、っちょ!……ん?選挙?待ってくださいよ先輩―――あ、どうもありがとうございます!」


 俺の次に白石に応援の言葉を掛けてきた生徒に対応するので、まともな返事が返せない白石を置いたまま、俺はその場から立ち去る。

 雫と綺羅坂が未だにぎゃーぎゃーと自分達の勝負に何か言っているのを適当に仲裁して、学校内から立ち去る。


 次が今日の中で二番目に重要な局面だ。

 ……この二人が変なことを言わないといいな、なんて願いながら普段とは違う進行方向である駅前に向けて歩き始めた。

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