第二十五話 開票と離別14
「と、大雑把になりますけど会話の流れ的にはこんなもんですかね……」
「ふむ、本当に大雑把で断片的な情報だったが大まかに理解した」
本当に今日にいたるまでの経緯をざっくりと説明しただけだったのだが、頷いて微笑を見せる。
いや、本当に余計な問答が必要なくて楽だわこの人。
俺と会長が話すのに際して、必要最低限の情報を共有したところで、本題に移る。
「……俺が会長の所に来たのも、役員選挙に出ることをお伝えに来たのもありますけど、本音を言えば選挙についての知識を貰いたいってのが本題です」
「確かに知識は大切だ、意味を理解して発している言葉と知らないのに発している言葉では相手に与える印象も変わるものだ」
言ってしまえば関係のない生徒にしては、生徒会役員を決めるだけの一イベントに過ぎない。
観賞だけが目的で、自分とはなんら無関係の情報に面倒なお勉強なんてするはずもない。
いい例として、俺もその一人だ。
関わっているから知っている知識であり、以前までの俺なら絶対に知る必要もなかった。
一人だけ高価そうな椅子に腰かけている会長は、背もたれに体を預ける。
視線が交わり、瞳から全てを見透かされている気がするのが、この人と話している時の嫌な所だ。
人一倍優れた観察眼を持っている彼女だからそう感じるのだろうが。
「だが、これは私情を抜きにしても無謀すぎる挑戦な気がしておすすめは出来ないな」
「でしょうね……優斗を相手にするのだから当然です」
力の差は歴然。
結果の見えている勝負にわざわざ出向くとか、どこの主人公的ポジションだよって俺も思うもんね。
俺の開き直った態度に、僅かに苦笑を見せる会長は机の引き出しから一枚の書類を取り出す。
題に『生徒会役員選挙立候補用紙』と書かれていた。
「一応渡しておこう、だが受理するかは君の話を聞いてからだな」
「じゃあ、会長も俺に手取り足取り教えてくれるってことで受け取りますけどいいですか?」
「ああ、お姉さんに任せろ」
クスリとにやけて会長が言った。
その瞬間、寒気が室内から二つ感じたのはなぜだろう。
「……」
「……」
うん、気のせいではなかった。
完全に殺意の籠った視線が二つ、正確には二人から放たれている。
あれは完全にダメな瞳ですね。
「選挙についてだからね……?」
補足程度に付け加えた。
しかし、効果はあり若干だが雫と綺羅坂からの視線が和らいだのを感じる。
心臓に悪いとはこのことだ。
冗談でも、こいつらの前でふざけたことを言うのは止めておこう。
「私は二人きりでのほうが効率的かつ時間短縮なのだが、君達も同席するかね?」
会長は分かっている上で、冗談まじりで二人に告げる。
普段、周りから声を掛けられても無視を徹底する綺羅坂も、微笑んで返事を返す雫もここにはいない。
冗談も何も通じない冷ややかな視線と表情を浮かべる少女たちが二人。
完全に会長に遊ばれていますね。
流石は先輩、お姉さま的この人は後輩二人の冷たい視線など痛くもないらしい。
凛として、それでいて悪ふざけをする姿が生徒会室にはあった。
「冗談はこの程度にして、まずは説明を始めよう。質問は最後にまとめてくれ」
「……ういっす」
会長と同様に楽な姿勢を作り、瞼を閉じる。
耳にだけ神経を研ぎ澄まして、余計な思考回路は遮断する。
今はただ情報を素直に記憶するだけに徹した。
「会長選と大きく違う点は大まかに二つ、一つは役員選挙は三年生には投票権がないこと、そして二つ目は代わりに教員票が存在すること」
会長は指を立てて、一つ目から説明を続ける。
「三年生に投票の権利がないのはこの学園特有だろう、会長選は学園全生徒の総意で決まるが、役員に関しては次代を担う生徒達に委ねられる……というのが建前だが、三年生は正直最後の学園生活であることの他にも受験やら就職やらと忙しいからな」
やれやれと、溜息を零す会長は次の説明に移る。
二本目の指が立てられ、スラスラと言葉が連なる。
「次に教員票だが、これは厳密に言えば各学年の担任、副担任、それと生徒会担当教員が該当する。非常勤講師はこれに含まれないから、各学年で約十人の合計が三十票程度だ」
「三十か……」
数にしてみれば多くはない。
生徒のほうが何倍もの人数がいるのだから当然だ。
だが、会長が会長選と異なる点で上げているから、その票には数以上の価値があるのは間違いないだろう。
「他に注意しておかなければならないのは会長選でも同様のことだな、資金を使った選挙活動はNG、立候補発表前の活動厳禁、それと役員選は会長選の結果が出るまでは活動は出来ない、とこれくらいが大まかな変更点と注意点の説明になるが質問を聞こう」
会長が最後に補足での注意説明を告げると、ここで発言権が移る。
閉じていた瞼を開いて、いくつかの疑問点を思い浮かべる。
「教員票について会長的にはどのように捉えていますか?」
「私の経験則からになるが教員票は多く手に入れておきたい、部活動は三年生がこの夏で引退をしているから必然的に教師と多く関わるのが二年生と一年生になる……教員が推す生徒は自然と部活動にまで広がるものだ」
……だよねー。
部活動に力を入れている桜ノ丘学園だと大半の担任、副担任は何かしらの部活動の顧問をしている。
これは完全に負け確ルートを進んでしまう。
教員票については何かしらの手を打たないとまずい。
「三年生の票が無くなるのはどうなんですかね、選挙的に」
というか、俺も今聞くまで三年生が役員選挙には投票しないとか初めて知ったぞ。
去年とか普通に役員の選挙に投票しているもんだと思ってたわ。
俺の杞憂を会長は笑って返す。
「これは真良にとってもメリットになりうる、三年の票が入らないという事は荻原を慕う生徒が減るという事だ。一年生は幸いにもまだ学内事情に疎い面があるから票が流れやすい」
毎年の傾向だよ、そう一言付け足して会長は言った。
確かに、そう考えれば俺にもメリットではある。
それでも、荻原優斗のネームバリューは学内では絶大な効果を持つ。
楽観視するには小さすぎるメリットだ。
「私からも聞きたい、冗談や思い出などで立候補しないのは先の話を聞いて理解したが勝算が多少なりともあるからこその立候補だと思っていいのか?」
「……可能性がないならこんなこと言いませんよ」
「なら、その可能性が二人かね?」
視線が俺からソファーの二人に移る。
完全に油断していた二人は、姿勢を正して会長と向き合う。
この教室に来るまで、いや来てからも彼女達が不満げだったのは俺が真っ先に協力者として挙げたのが白石だからだろう。
俺的には、優斗が退室した時点で教室から出て行かなかったから、こちら側の陣営だと判断してあえて言葉にしなかったのだが……
そうです、恥ずかしかったのです。
お前たちは俺の味方だよな……的な言葉を言えるほど俺は主人公補正が高くない。
「彼女達は……」
「……」
「……」
俺の言葉を聞き、勢いよく視線を会長からこちらに二人は向ける。
もう首がギュルンとか効果音が付きそうなくらい勢いよく。
期待の眼差しが一点に集中する超絶気まずい雰囲気の中、浮かび上がった言葉は
「……アシスタントです」
「帰ります」
「帰るわ」
「嘘です、超絶可能性を秘めている戦力です、無限の可能性を持っているまである」
なんなら無限に剣やらなんやらを内包しているというか、綺羅坂に関しては言葉の鋭利な刃を持っている。
もうアンリミテッドで何たらな感じだ。
速攻で訂正を告げて立ち上がると、二人は渋々腰掛ける。
完全に視線は敵視しているものだったが、冗談であると分かってもらえたのを確認してから会長に向けて頷いて見せた。
「その通りですけど、正確には彼女達には裏方を頼むことになると思います」
俺が考えた勝算に繋がる道筋には、彼女達は必須条件だ。
しかし、全面的に彼女達を頼ってしまうと白石との約束を俺自身が無碍にしてしまうことに他ならない。
誰が何を言おうとこれは俺の絶対的ルールだ。
プライドも捨てると言ったが約束は破らない。
白石が勝算の理由に二人を出さないのであれば、俺も当然二人を理由に優斗に勝とうとは思いわない。
その心情を雫と綺羅坂は察したのか、深い溜息を零す。
「湊君、私は全然構いませんよ?むしろ湊君の役に立てるのであれば嬉しいですから」
「神崎さん、察してあげなさい……彼も男の子なのよ?」
……勘違いされていますね。
完全に男の子だから、女子の前で格好つけたい系男子だと思われていますね。
違うからね、約束は破りたくないだけだからね。
会長も綺羅坂の言葉を聞いて、なるほどと呟いているのを見て逆にこちらが溜息を零す。
二人には後でちゃんと説明をして納得をしてもらおう。
だが、この場では目の前の先輩を最優先すべきだ。
会長からの話を聞いて、過去の会話の言葉を思い出してから、どこぞの営業マンみたく提案を始める。
「ここで相談がありまして……会長は次期会長選には中立、いわば無関係を貫くということでしたよね?」
「……誤解を生みそうな言い方だが、概ね間違っていないな」
会長は頷いて言った。
その瞬間、潜めていた悪い笑みが本心とは無関係に浮かんでしまう。
それを見て、会長も身構えて言葉を待つ。
「会長選には不干渉……なら役員選には干渉しても構わないということですよね?」
ええ、子供じみた解釈ですよ。
だが、会長のような言葉や発言の重要性を重んじる人には有用な後出し戦法だろう。
「いや……それは」
「会長……三年生は投票しないのでしょう?なら、会長がどちらを推したところで不公平ではないはずです」
迷うと戸惑いを見せたところを逃さず言葉を連ねる。
一瞬の怯みを見逃さず、一気に言葉と状況の勢いを利用してその気にさせるしか会長がこちら側につくのは難しい。
「そうと決まれば作戦を立てましょう、というか作戦自体は立ててあるので問題点を三人は指摘してください修正します」
早口で言葉を挟ませるすきを与えない。
雫と綺羅坂に手招きをして近くの席に座るように促す。
拒むことなく二人は席を移動して近くに腰掛けた。
「だが……」
最後の踏ん切りがつかないのか、会長がまだ迷いの色を示す。
なんだかんだ、この人の凄い所をまだ間近で見ていないから、この機に活躍して貰おう。
見合いの件もこの人の考え通りに動いてしまったのだから、今度はこちらの番でもいいだろう。
完全に会長を人員の一人として会話を始めた俺を見て、最後に一つだけ諦めの息を零すと苦笑して言った。
「まったく……私が少なからず加わるからにはちゃんとルールは守ってもらうぞ?」
「もちろんです……」
……もうだめだな、これは。
完全に悪役的な何かに自分が変わり始めているのではないかと本気で思い始めました。
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