第二十五話 開票と離別13
俺以外の三人が、驚愕の表情を浮かべて立ち尽くしていた。
生徒会役員選挙への出馬の表明は、彼らにとっても衝撃的な発言だったらしい。
「立候補するのは会長補佐の枠にしよう……俺の今の役職だが誰も立候補すらしないだろうからな」
そもそも、そんな役職あることを多くの生徒が知らないだろう。
でも、補佐で互いが出れば火野君たちの現職の役員たちと同じ役職で被る心配もない。
優斗も特定の職を狙っているわけでもなさそうな雰囲気だったので、そう提案すると彼は一つ頷いた。
「でも湊、お前本気で出るつもりか?」
「本気も本気、マジってやつだ……」
冗談だとすれば、悪い冗談だ。
今回ばかりは嘘も何もなく、正真正銘の役員選挙への出馬表明だ。
この桜ノ丘学園の生徒会は組織人数は本来は五名。
だが、生徒会長補佐というふざけた役を現会長が作ってしまってその枠が一つ増えて六名だ。
会長、副会長は白石と小泉の二人が就くとして、庶務は火野君が継続すると仮定しよう。
三浦も当然会計として継続を示しているので、残るは書記と会長補佐の二枠。
最初は書記で互いに出るかと考えたが、それは止めて俺の現職である補佐の立場を利用しようという考えに至った。
まあ、そこについては後日説明なり理由を話すとしよう。
ともかく、俺と優斗が争うにあたって、一番周りへの面倒も検討して補佐の役が一番と判断してのことだ。
「でも、それだとあまりに―――」
優斗は難しい表情を浮かべてそう告げた。
しかし、途中まで言った後にためらうように言葉を濁した。
あまりに―――、あまりにお前が不利なのではないかと言いたいのだろう。
そして、勝負を挑まれた手前言うことを躊躇ったのだろう。
確かに、この手の選挙では知名度が大きく結果に左右する。
当然、俺と優斗の間では天と地の差があるため、普通に考えれば無謀な勝負に見えるだろう。
「まずは優斗、補佐の枠をかけての勝負でいいんだな?」
「あ、ああ」
「なら、俺が言う事は一つだけだ……変な遠慮なんてするなよ、徹底的に相手を叩きのめすくらいに全力でかかってこい」
不敵に挑発を混ぜた言葉を投げかける。
俺が荻原優斗相手に気負っているわけでも、自暴自棄になっているわけでもないことを察した優斗は口元に笑みを浮かべる。
「なら、そうさせてもらう。俺も初めて湊と戦うからな、正直楽しみだ」
そう言って優斗はカバンを片手に踵を返して教室から出ていく。
彼の背中が、昨日までよりも大きく見えるのは自身の表れだろうか。
優斗が出ていった教室内で一人溜息を零すと、後方で待機している二人がいる方向へ振り返る。
そして、何か言おうかと考えていると頭をスパーンと軽い何かで叩かれた。
痛みはなく、軽快な音だけが響く。
ナイスショット!
と、その叩き手を見ると、綺羅坂がプリント類をハリセンのように折り曲げて持っていた。
「あなた正気?よりにもよって彼に都合がいい勝負を挑むだなんて」
「それでも、いきなり叩くことはないだろ……」
綺羅坂は分かっていた。
学生の選挙なんてただの人気投票の名称を変更しただけのことだと。
だから、言ってしまえば完全に優斗の有利な勝負であることは間違いない。
彼女は俺が得意な分野で勝負を挑めばよかったと言いたのだろう。
だが、それではダメだ。
俺も優斗も初めての状況で戦うことに意味がある……と思っている。
あれ、間違えているのだろうか?
勢いと湊君特有の変な考えから自信満々に言ってしまったが、あとから冷静になれば確かに分が悪すぎる気が……
「まあ、なんとかなるだろう」
ポジティブ思考最高。
人生、何とかなる精神で生きていけば何とかなるかもしれないって誰かが言っていた気がする。
冗談もほどほどに、二人に視線を向けると不安そうな瞳をしていた。
挑んだ俺ですら勝率なんて皆目見当がつかないレベルで見えていない。
現状で判断するなら完全に負け確という奴だ。
「湊君が生徒会に出るのであれば、私も立候補は辞さないですが……」
そう言った彼女の瞳からはどうすればいいか?と問われていた。
先日も言ってくれていたように、雫の行動原理に俺の存在があるとすれば当然選挙にも出ることは必然的に可能性が高い。
しかし、彼女が心配しているのはその結果だ。
俺が書記を勝負の場に出さなかった理由。
それは、雫ともしかすると綺羅坂のどちらかが生徒会に立候補した際に枠が空くようにだ。
だが、その枠で出馬することになると相対する人間が現れなかった場合は自然とその席に彼女は座ることになる。
ここで、問題は俺が落選した時だ。
彼女の行動原理であるはずの俺がいない生徒会に雫は入ることになる。
彼女からすれば動機そのものがない組織に一年間腰を置くことになるのだから、無駄な時間を過ごしてもらうことになってしまう。
だから、雫が言った言葉に首を横に振って否定した。
「今は書記の枠に誰かが立候補した話は聞いていない、万が一雫が立候補を考えてくれているならそれは結果が出た後にしてくれ」
「結果が出た後?」
「……ああ」
柊茜が俺を生徒会に強制的に加入させた会長指名枠は存在しない。
だが、推薦枠は存在する。
生徒会役員全員の賛同と担当教員の承諾があれば指名した生徒に生徒会への加入を推薦するという仕組みだ。
それを利用すれば雫ほどの生徒であれば問題なく加入が出来るだろう。
そのことを説明すると、雫は数度頷いて納得して、綺羅坂は顎に手を当てて考えている様子だった。
とにかく、これで勝負の幕は切って落とされたわけだが、ここからが問題だ。
あの学園の王子様とまで言われている相手に挑むのだ。
それ相応の策が必要となる。
自分一人で勝てると言うだけの自信も下積みも俺にはない。
誰かの手を借りないと相手にすらならないのは明白。
だが、誰に協力を求めるか。
目の前の二人は頼めば快諾してくれるかもしれない。
だが、全面的にこの二人に頼っては俺と優斗の勝負ではなくなる。
あくまで二人にはきっかけづくりを手伝ってもらいたい。
俺と在校生との繋がりを作るのは彼女達にしか出来ないはずだ。
「立候補の経緯やその後についての対応については一通り理解したわ、それで真良君はどうやってあのポンコツ王子様を相手にするのかしら?」
「ポンコツって……」
なんて素敵なネーミングセンスだろう。
思わず押し黙ってしまっていたが、すぐに彼女の問いへの回答を述べた。
「白石をこっちに引き入れる」
「白石さんを?」
俺の提案に雫が聞き返す。
その表情が少し険しいのは、最初に自分の名前が挙がらなかったことに対してなのだろうか……
隣の綺羅坂もギラギラと鋭い視線を向けて黙っている。
なんでこの子たちは急に怖くなるのだろうか。
「二人にも手伝ってもらいたいことはあるが、全部を二人に手伝ってもらったらそれは俺じゃなくて二人対優斗になってしまう、だから白石なんだ」
白石と小泉の結果がどうであれ、次期生徒会役員を引き込むことが出来れば大きなインパクトは得られる。
次の生徒会役員が応援に回っているのであれば興味が少しは出るだろう。
そうやって、短く細い人脈を使って少しづつ認知されることから始めないと勝負にならない。
ただ……一番の問題は今まで出てきた誰でもない。
俺が想定するすべてを無にする可能性がある人物は一人だけこの学園にいる。
「ちょっと場所を変えていいか?」
「?」
「はい、構いませんが?」
二人にそう告げて荷物を持って教室から出る。
雫と綺羅坂もその後を続いて歩く。
二棟から三年の一棟に移り、階段を上って重苦しい扉に前にまでたどり着く。
この中にいるはずのあの人は、俺の行動をどのように判断するのだろうか。
それが予想が出来ないだけに、いくら作戦や勝算を叩き出したところで意味はない。
「……」
一歩、二人より前に出て扉を数回叩く。
防音性能が高いこの分厚い扉の中の声は廊下にまでは聞こえない。
だから、返事を待つ前に扉に手を掛けて引き開ける。
「……失礼します」
一言、挨拶をしてからいつもの席に視線を向ける。
この部屋の長が座る席だ。
そこには当然のように一人の女性が鎮座していた。
あらかじめ、俺達が来ると分かっていたかのようにただ微笑を浮かべて座っていた。
「やあ、真良に神崎と怜も一緒か、とりあえず座ってくれお茶を出そう」
促されるように来客用のソファーに腰を下ろす二人に、俺は自分の席に腰掛ける。
会長が部屋の奥から持ってきた冷えている麦茶が全員に回ったところで会長が口を開く。
「今日はどんな面白い話を聞かせてくれるのかな?」
窓から射し込んだ陽の光が茶色の明るい会長の髪を一層明るく照らす。
彼女が放つ独特の存在感と、その立ち振る舞いが緊張感を一段階上昇させた。
それは俺だけでなく雫達にも言えた。
二人も少しだけ普段よりも固い表情を浮かべていた。
……そんな期待しないでくださいよ。
流石、綺羅坂ですら頭が上がらない先輩は不敵な笑みを浮かべて問いかけてきた。
期待の眼差しを向ける上級生に対して、俺は先ほどまでの会話を掻い摘んで説明するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます