第二十五話 開票と離別10



 引き返した教室の前では、三組の生徒が出てくる。

 タイミング的にちょうど話し合いが終わったところだった。


 そのクラスメイト達の中に雫と優斗の姿を見つける。

 クラスメイト達に別れの挨拶を交わして、二人で何か言葉のやり取りをしながら廊下を進む。

 

 二人が視線を前に向けた先に俺は佇んでいた。

 狭い廊下の邪魔にならないように、壁際を進んで二人の元へ向かう。


「あれ、湊君もまだ残っていたんですね」


 当然の疑問を雫が投げかけた。 

 隣の優斗も意外そうな表情を浮かべていた。


「ちょっとな……優斗少し時間あるか?」


「特に予定はないけど、珍しいな湊から話ってのは」


 優斗は口元に笑顔を浮かべて後に続く。

 この場では話がしにくい。


 今日は選挙活動は校門前で行われている。

 なら、中庭は人影も少ないだろうから静かに話が出来るはずだと歩を進める。


 優斗は話の内容を聞くことは無く、ただ黙って後に従う。

 雫も一瞬だけ迷いを見せたが、話に同席することを決めてさらに後方に続く。


 雫も関係ない話しではないから、別段止める必要もないだろう。

 

 階段を下りて、棟から棟を繋げる石畳の外通路を進む。

 入学当初から気になっていたのだが、この高校は一棟と二棟の間に一面だけテニスコートが作られている。

 

 主に部員数が少ない男子生徒が使っているのだが、そのコートの隣を通り過ぎて中庭に到着した。

 予想通り、生徒の姿はなく放課後を校内で過ごす生徒の大半が生徒会選挙を覗きに行っている。


 選挙に際して、中庭のベンチ類は一時的に撤去されていたので、適当な位置で三人輪を作る形で腰掛けた。

 雫は視線を俺と優斗に行き来して、何が始まるのかといった様子で眺めている。



「優斗……生徒会役員に出馬するのか?」


 前置きなど必要ない。

 疑問を包み隠すことなくストレートに投げかけた。


 優斗は一瞬、意外そうな表情を浮かべてすぐに普段の微笑に戻す。


「白石さんから聞いたのか、そこまで詳しく話していないのによく分かったな」


「可能性が一番高いのがお前の出馬だっただけだ……根拠があったわけじゃない」


 事実、ここで優斗が否定していたら話はここで終了していた。

 俺の勘違いで、本当に第三者を立候補させるために質問をしていただけになる。


 だが、肯定したという事は俺が想像していた一番嫌なルートに状況が入ってしまったことになる。


 一人顎に手を当て、思案顔で中庭の芝生に視線を落とす。

 問題は理由だ。


 彼が生徒会に加入するだけの理由がなにか、それが最大の論点になるはずだ。


「でも、荻原君は以前生徒会には参加しないって言っていませんでしたか?」


 話の状況についていけていない雫が、困惑した様子で問いかけた。

 彼女からすれば、話が一転していて何が何だか分からない状況になっているに違いない。


 仮に俺が雫の立場なら、漫画のように頭の上に多数の疑問府が浮かんでいることだろう。


「確かに生徒会に参加するつもりはなかったんだけどね、ただ心境が変わって生徒会に入ったほうが俺達にとっては一番かなって」


「俺達……?」


「そう、俺達のことだよ、ここにいる三人と綺羅坂さんも含めてね」


 一人一人を指差して、優斗は言った。

 その言葉の意味を、説明なしでは理解することが出来なかった。


 雫も同様で、彼女にとっても生徒会に入ることが得になるとは思えないはずだ。

 そんな俺達二人を見て、優斗は静かに優しい声音で語る。


「生徒会に入れば、あのクラスのような煩わしさから解放される」


 憂いすら感じさせるような声だ。

 その言葉に、俺と雫はただ押し黙るように聞き入ってしまった。

 


「湊の言っていることが全部正しいとは思っていないけど、でも俺達が中途半端な立場にいるから面倒な話になっている問題もある」


「……体育祭がそれだということですか?」


「そうだね、でもこれは最初の問題に過ぎない、この先文化祭と俺達には修学旅行もある。その時にも似たような問題がある度にいまみたいな状況になるのは目に見えている」


 雫も優斗の言葉の意味を苦慮していたのか、視線を逸らして暗く表情を変えた。

 たとえ現状を全員が納得できる形で避けることが出来たとしても、すぐに次はやってくる。


 優斗の言う通り、自分達の学校生活を考えれば今のうちに自分達に都合の良い土台作りをしておくのは自然の流れだと思った。

 

「だから生徒会か」


「ああ、良くも悪くもこの学園は生徒会に重要な役割が与えられている。それが理由になればクラスでの煩わしさを回避するのも簡単になる」


 視線を雫に向けて優斗は告げた。

 彼女にも提案しているかのように聞こえる。


 確かに生徒会に入れば、イベントの大半を指揮運営しているのは生徒会だ。

 司会進行から行事での作業の大半に関わる。


 周りからの頼みを断りづらい性格である二人からすれば、最も効果的で自分達にとっても楽な回避を出来る。


 役員選挙は会長選挙とは違う日程で投票が行われる。

 だから、白石と小泉の争いには直接的に影響はない。


 だが、優斗がどちらを支持していて生徒会に立候補したかで状況は変わって来る。

 明日は選挙期間の最終日、ホームルームの時間には全校生徒が体育館に集められ全校生徒の前で演説を行う。


 その時、応援演説という立候補者とは別の人物が代表となって演説をする場があるのだが、仮にその場所に優斗ほどの人材が出てくると、状況なんて簡単に一変してしまう。


 これまで、小泉投票するつもりの生徒も、白石側に流れる可能性は大いにある。

 だからこそ、考えられる最悪のタイミングでの生徒会役員への立候補へとなりかねない。


 ここまでの考えを感じ取ったのか、優斗は微笑を消して真剣な眼差しへと変える。


「小泉くんも、白石さんも優秀な生徒会長になるはずだ、だからどちらか側に肩入れするのは嫌だけど現実的に白石さんの理想の生徒会図が俺の理想とも近いのかもしれない」


「……」


 決定的な一言だった。

 それだけは避けたい、何としても肩入れしないで二人が互いの実力だけで勝負がつくまで優斗には動かないでもらうのが、俺がやるべきこと。


 しかし、それを止める手立ては浮かんでいない。

 ただ、今日中に優斗を捕まえて、話をしなければならないという衝動に駆られてここへ来た。


「もちろん、湊に黙って立候補するつもりはなくて、今日家に帰ったらちょうど電話しようとしていたところだったからタイミングもバッチリだな」


 微笑を浮かべていつものような明るい表情に変えた優斗は、緊張の糸でも解けたように態勢を楽にする。

 彼なりに自分での行動を示すつもりだったのだろう。


 立候補に関しては本人の意思が固まっているのであれば尊重しなくてはならない。

 であるならば、取れる行動は一つ。


「会長選挙は、二人だけで戦わせてあげて欲しい……」


 俺に切れるカードなんてたかが知れている。

 だからこそ、頼むしかない。


 どっちに投票をしてくれ、なんて頼むことはしない。

 自分が支持する側へ入れてもらうのは当然だ。


 だが、明るみに出て行動をするのであれば、あと二日、投票が終わるまで待ってもらいたい。

 そうなれば、二人とも結果を受け入れて次の段階に進めるはずなのだ。


 その旨を優斗に説明した。

 予想外だったのは、彼の反応だ。


「構わないよ、俺も選挙についてはこれから調べて動機とかを煮詰めていく段階だからね」


 あっけなく、簡単に優斗は受け入れてくれた。

 本当に予想外で、昨日の一件も原因の一つとして何かしら否定されると予想していた。


 友達だから大丈夫、なんて都合のいい考え方もしていなかったからこそ、予想外の出来事だった。


「あぁ……なら、俺から心配することはないか」


「そもそも俺が二人の選挙に横やり入れるなんてしないって!……湊は相変わらず疑い深いな」


「それは、本当にすまん」


 なんだか、少し前の関係に戻ったかのように、今まで通りの会話が広がる。

 雫も何か安堵した様に息を零していたが、優斗に再び視線を向けられると背筋を正す。


「だから今度は俺からの勧誘だな、神崎さんも生徒会に立候補しないか?」


 当然、綺羅坂さんも……そう付け足して優斗は言った。

 考える様子で雫は一度だけ視線をこちらに向けて答える。


「流石にこの場で答えるには急すぎて……期日までは時間もありますから少し考えてもいいでしょうか?」


「もちろん、綺羅坂さんにもこれから誘うつもりだし、柊先輩にも選挙についての情報を聞いてからまた誘うね」


 つかの間の休息といったところか。

 張り詰めた空気から、穏やかなものへと変わる。


 雫に表情からも自然の笑みが浮かんで、これで話はうまくまとまりそうだと思った。


「でも、湊君も皆さんも一緒なら生徒会も楽しそうかもしれませんね」


 そう言う雫。

 このままの流れで行くのであれば、白石と小泉のどちらが会長になっても誰かを退任させることはないはずだ。

 副会長には負けてしまったほうが就いて、他の役職に優斗などが立候補する。


 あながち、最初の白石の言っていた理想図に近い生徒会が出来てしまうのではないだろうか、そう感じざるを得ない。

 夢や理想は胸に抱いているだけではなく言葉にしないと意味はない、なんて誰かが言っていたような気がするが、一概に否定は出来ないのかもしれない。 


 会長選が終えれば、白石も喜ぶような話が出来そうだな、そう思っていたら優斗が強い言葉で告げた。




「いや、湊は生徒会に必要ないよ」


「え?」


 本当に間の抜けた、乾いたような声が雫の口からは零れた。

 変わらぬ微笑と開いた瞳からは冗談など微塵も感じさせない。


 再確認させるように優斗はもう一度告げる。


「次期生徒会に湊は必要ない」


 雫から移った優斗の視線と俺の視線が交わる。

 今まで向けられたことのない視線。


 そうか、それがお前の決断か。

 俺がクラスや周りとの歩みを捨てたように、彼も自分のために新たな決断を決めたのだろう。


 クラスメイトからの過剰な願望を回避できるように、生徒会への加入の提案。

 そして、同じ境遇である雫や綺羅坂の勧誘。


 納得してしまっていた自分がいた。

 近い将来、この光景は訪れたはずだ。


 ただ俺が考えていたよりも早かっただけのこと。

 

「……分かった、じゃあ会長選挙についてはよろしく頼んだ」


「湊君……」


「平気だ、俺もそんな気がしていたからな」


 余計な問答はせずに腰を上げる。

 一瞬、雫の表情を見据えると今にも涙が零れそうな、不安そうな表情をしていた。


 安心させられるかは分からないが、苦笑を浮かべて数秒視線を合わせてから一人中庭から距離を取る。

 人生で初めてだろう、友人との道が違えた瞬間をこの日経験することになった。



 ……静かだった日々を望んだ結果だ。

 俺に何も言う権利はない、そう歩みを進めていると、後ろから走り寄る足音が耳に届いた。

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