第二十五話 開票と離別9
一週間の間で、水曜日を超えると週末を間近に感じ始めるこの頃、ということで木曜日。
今日と明日の金曜を終えて、週末の休日を挟んだのちに生徒会長選挙の投票日が訪れる。
つまり、実質的な選挙活動は今日と明日の二日間しか残っていない。
両者の演説にも緊張感と熱が帯びて、群がる生徒が一日ごとに増していた。
小泉は一貫して柊茜の作り出したこの桜ノ丘学園を引き継ぐスタンス。
白石はそこから更に自分なりの変化を促すように語る。
一人に頼った生徒会の在り方は正しい形ではない。
全員がそれ相応の能力と一致した目的を持つことが重要だと。
話の勢いや一年生特有の自身で突き進む姿勢は、多くの生徒の視線を引き寄せた。
しかし、小泉も負けずに積極的に部活動の生徒に声を掛けた。
彼女のような勢いは自分にはないことを自覚した上で、積み上げた在校生との関係を全面的に活用した。
そして、在校生だから分かる現生徒会長の素晴らしさを、超すことは難しいが近くで支えてきた自分には、その後を進むことが必要なのだと。
本当に、二人とも頑張っている。
予想していたよりも、多くの生徒が関心を寄せているこの選挙では、従来の人気投票に似た結果にはならないかもしれない。
まあ、こればかりは結果が出てみないと分からないものだが。
周りのことはともかく、俺個人の話をしよう。
結局、あれから優斗とは一言も言葉を交わしていない。
流石に一日や二日程度で何事もなかったかのように接するのは難しい。
俺なりの今後の身の振り方を、拙いが言葉にしたつもりだ。
優斗も今日は話し合いに参加を求めては来なかった。
代わりに、前回欠席をした雫が参加するらしい。
雫も今回で何かしらのアクションを起こすのだろうか。
団体の輪を乱すきっかけを作った張本人としては、クラスでの居心地は当然だが悪い。
でも、その結果とは断言できないが、多少の変化は生じたと雫は言っていた。
屁理屈である俺の言葉に少しでも感化されたのか、数名の生徒は同様に話し合いに参加しない生徒も現れた。
それに加えて、消極的だった生徒も勝手に名前が記入されていることに不満を感じていたのか、種目の変更を提案したらしい。
クラスの主要メンバーからすれば迷惑な話なのだろうが、協調や一致団結を掲げている以上、話を無視はできないだろう。
これで少しはマシな話し合いが行われれば、他人に依存した競技選定は減るはずだ。
放課後に突入して、早々に席を立つと昇降口まで一人歩みを進めた。
建物から外に出ると、見慣れない生徒達が紙束や荷物を持って忙しなく動きていた。
あれは白石の応援団だろう。
初日に激励のついでに声を掛けてから、一度も話をしていないので現状については詳しくは知らない。
この機に調子を聞くという選択肢が脳内に浮かぶが、それを振り払うかのように頭を横に振る。
下手に声を掛けて、白石の周りの生徒から「誰こいつ?」的な視線を向けられたくはない。
一年生が走り去っていった方向とは逆に方向に足を踏み出した時、肩を掴まれた。
「逃がすか」
「……ホラーかよ」
相変わらず、対応に困る性格だ事。
後方から逃がさんとばかりに肩を掴む生徒、白石紅葉は瞳を見開きホラー映画のような表情で佇んでいた。
「先輩、本当に初日以外顔出さないから驚きです」
「俺くらいになると相手を驚かせるのは日常茶飯事なんだよ……」
「驚いていますけど感心はしていませんからね……むしろ、手伝うと言っていたのに何もしないことに驚いているって意味ですから」
「……」
……それは申し訳ない。
あれだ、人に頼っていては自分の成長は無い的な、主人公が成長して強くなっていく漫画の展開を望んでいたわけだ。
と、そんなことを白石に言ったところで、白い目で見られるだけだ。
諦めて、白石と向かう形で振り返る。
肩から自分の名前が大きく書かれた襷を掛けている姿を見て、本当に彼女が会長選に立候補したのだと再認識した。
俺達同年代の一個人の意見としてだが、彼女のように進んで行動する人は珍しくなりつつあるので、その点に関しては褒める以外言葉が無い。
「神崎先輩とか綺羅坂先輩は会ったら声掛けてくれるのに先輩は本当に自分からは人付き合いしないんですね」
「……学年が違うのと女子生徒ってので俺的にはハードルが高いんだよ」
雫はともかく、綺羅坂まで声を掛けているのは意外だ。
あいつも、夏休みの一件でそれなりに彼女のことを認めている証拠なのだろうか。
しかし、綺羅坂が白石に話しかける姿など想像もできない。
「それで、二人とはどんな話をしたんだ?」
「まさか話しかけられるとは思っていませんでしたので、全力で逃げました」
「……逃げんなよ、立ち向かえ」
悪びれる様子もなく、淡々と告げた。
……なぜ逃げる。
突然、予想もしていない場面であの冷徹な視線を放つ綺羅坂に話しかけられて、驚いたのだろうか。
でも、それも白石の性格を鑑みれば想像は出来た。
……でも、逃げるなよ。
俺の言葉を綺麗に無視して、逆に溜息を零す白石は、手に持っていた選挙に関する紙を渡してきた。
「これ、渡してませんでしたよね」
「なにこれ……選挙用のPR用紙?」
白石の写真と会長になった際の目標などが記載された紙を受け取ると、とりあえず一番下まで内容を確認する。
まあ、彼女に関しては書いてある内容は建前だというのは分かりきっているので流し読み程度だ。
視線を用紙から目の前の後輩に向けると、彼女は思い悩んだ表情で告げた。
「正直、私が最初に予想していたよりも小泉先輩に票が流れるかもしれませんね……流石に一年間副会長としての実績を積んでいるだけはあります」
「……現状の見立ては?」
「六対四で負けです」
表面上は強気の姿勢を見せてきた白石にしては、マイナスよりの発言だ。
でも、正直悪くない数字だ。
一クラスが約三十人として、それが学年ごとに五クラス。
単純計算で四百五十人が投票をすると仮定して、諦めるには早い数字ではないだろうか。
この状況下で、小泉との差がそれだけで済んでいるのだとすれば巻き返しの可能性は残されている。
彼女が当初に予定していた雫達を引き入れる算段が崩れたのにも関わらず、そこからの修正でこれだけ奮戦できているからこその考えだが。
それもこれも、彼女次第だ。
残りの二日間、これまで同様に王道の戦法で戦えば勝機は薄れる。
何かしらの意外性を持ってくるか、それ以外の発想を出すか。
いずれにせよ、これまでにない発想を必要とされる。
「それで、先輩は私と小泉さんのどちらに票を入れるんですか?」
「決めてない」
「決めてください、それと私に入れてください」
地道な票集めは大切だよね、うん。
不満げに告げた白石を適当にあしらって、この場から去ろうとしたが彼女の口から出た言葉に体の動きが止まる。
「そういえば、荻原先輩が昨日連絡をしてきたんですよね」
「……優斗が?」
その一言に、思わず振り返る。
普段ならあいつが誰と連絡をしていても、気にはしない。
だが、昨日連絡が来たのだとすれば、それは俺と話をした後だろう。
だからこそ、何用で白石に連絡をしたのか……
間違いなく、生徒会関連だろう。
だが、思い当たる節はない。
思案顔で立ち止まる俺に、白石は不思議そうに言った。
「誰かお知り合いの人でも生徒会に立候補するんですかね……あのポスターに記載されている立候補者について聞かれたんです」
そう言って指差したのは、以前皆で見た生徒会選挙のポスターだった。
小さく下の方に『随時、生徒会役員立候補者募集中』と書かれている一文。
それについて、同じく立候補者である白石に疑問を投げかけたらしい。
互いが考えることで一瞬だけ沈黙が生じた。
知り合いが生徒会に立候補……いや、その可能性は低いはずだ。
あいつはお人好しだが、周りとの関係はあっさりとしている部分がある。
あくまで自分が出来る範囲で、知っている知識の中でいつも手助けをしてきた。
そんな優斗が、自分の分からないことを他人に聞くまでして肩入れする人物が思い当たらない。
まず、優斗自身が行動する上での疑問点を聞いてきているはずだ。
つまるところ、優斗自身が生徒会に関わろうとしていることになる。
そこまで思考が至った時、少し前までの言葉を思い出す。
白石が小泉に勝つには、意外性のある出来事が必要。
荻原優斗の生徒会加入は、白石にとっても意外性があり、そして都合の良い展開になるはずだ。
当初の彼女が考えていた理想図に近づくのだから。
だが優斗も一度は断った誘いを再度考えるまでに変えたきっかけは……言うまでもなく俺達の会話が関係しているだろう。
白石に俺が出した予想を告げれば、表情を輝かして優斗のもとに走り出すに違いない。
しかし、それは会長が望んでいた己の力で選挙戦を戦うという願いを否定することになる。
そして、俺も先日似たような話を否定したではないか。
他人に依存して、己自身での解決や進歩を行わないクラスでの状況を。
夏休みを通じて、白石紅葉は心境に変化が訪れたのだ。
先輩である小泉の姿を見て、自分自身の力と言葉で生徒からの支持を集めると。
だから、この話は告げないほうが良いのだ。
例え、あとから彼女に嫌われることになろうとも、今俺の出した決断が、今の俺に出来る最善で正しい選択なのだと信じているのだから。
「……その話はとりあえず気にしないで白石は演説に集中したほうがいいだろ」
「まあ、そうですよね。今は自分のことに専念しないとダメですよね」
そう言って頷いている後輩を横目に、俺は来た道を引き返すように進む。
やり直しなどない人生において、白石にとってはまたとないチャンスだと分かっているだけに、罪悪感だけが胸に残った。
引き返す姿を不思議に思ったのか、白石は小首をかしげて問いかけてきた。
「忘れ物ですか?」
「……ちょっと用事を思い出してな」
友人だからこそ、聞いておかなければならない気がした。
溜息と同時に苦笑を零して、再び校舎内に足を踏み入れるのだった。
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