第二十五話 開票と離別11


 中庭で、唯一の中心であり繋がりの理由でもあった真良湊が去り、二人きりになる。

 何も語ることは無く、互いに視線を合わせていた。


 少女の瞳からは「何故?」と、問いかけられていた。

 しかし、答える言葉を用意していない。


 いや、用意していた言葉では彼女は納得しないと感じ取ったのだ。

 友人を必要ないと言った言葉は、同時に言った本人の胸にも鈍痛をもたらした。


 何を言っているんだと、周りからは思われるだろう。

 しかし、初めて、明確に友人を遠ざけた行為は、正直に言って二度と経験したくない苦い感情をもたらす。


 だが、今は突き放すしかない。

 無意識のうちに、このグループが一人の存在があってこそ成り立っているのを、先日のクラスでの話し合いで再認識した。


 それと同時に、彼を失えば自分の想い人が今までのように接してくれることがないと理解してしまった。

 一度ハッキリと断られているのに、なんと女々しい男だろう。


 学園の王子様だなんてもてはやされて、いい気になっていた証拠だ。



 そんな呼び方してほしいと言ったことはない。

 本当は、人生で初めての友人とのんびりと放課後はゲームセンターに行ったり、自宅に招いて他愛もない話しで夜を明かしたりしたかった。


 ……でも、これは周りからの過剰な期待を拒絶することなく黙認していた俺の言い訳か。



 出来たはずなのだ。

俺達が本当の意味で歩み寄っていれば。

 俺は自分が周りへ与える影響力を自覚して、彼に嫌な思いをさせないように。


 そして彼も、一人の時間を増やすことで俺に迷惑を掛けないように無意識に距離を空けていたのだ。



 その結果が昨日の言葉で、互いが自覚することになった。


 数年越しでの本音での言葉。

 なら、俺は何をすればいいのだろうか。


 考えて、そして一つだけ光明を得た気がした。

 簡単なことだ。


 俺達は互いが依存して、迷惑を掛けないようにと綺麗な言葉で取り繕っていたが、ようは自分達が楽な道を選んでいたのだ。

 深く踏み込まず、そして踏み込ませず。


 あいつにこんなことを言ったら完全に鼻で笑われるだろうが、俺は親友が欲しかった。

 何も遠慮も必要なく、本音で語り合い、時に喧嘩して、それでも互いを理解してくれる存在が。


 決して、今の荻原優斗と真良湊はそんな関係性ではない。

 少なくとも荻原優斗が望んだ親友という像は、もっとさらけ出して遠慮も何もなく自然体で入れる関係だ。


 

 だから突き放そう。

 自分の関係をリセットして、想い人への残った感情も全てを清算して、もう一度向かい合う。

 

 そんな、子供や漫画のような展開を望んでいることを、目の前の少女に話しても納得はしてくれないだろう。

 彼女の目にはいつも、彼が写っていた。


 憧れで、一番の隣人で、互いを理解して、そして猛烈に恋焦がれていた。

 俺と彼への視線の向け方一つで、俺が入り込める余地など一つもないのは、初めて会話した時には察していた。


 でも、それでも想わずにはいられなかった。

 現在でも、目の前で俺が湊を突き放したことで、悲しそうな瞳でこちらに視線を向けている少女に掛ける言葉がなかった。


 いつか理解してくれるなんてのは甘い理想で、言葉にしないと分からない。

 そして、こういう場面で何も言えないからこそ、彼女の視線はこちらに向かないのだ。


 立ち上がり、去っていった少年の背を追って走り出した少女の後ろ姿を見て、思わずため息が零れる。


「はあ……二人から悪口の一つでも言われたほうが楽だったな」


 虚しく消えた言葉は、二人に届くことはなかった。






「湊君!」


 中庭を去り、校内から出る前に追いかけてきた雫が腕を掴む。

 表情からは焦りと不安が滲み出ていた。


 状況の把握と、なんて言葉を掛けていいのか迷っているように見えた。

 だから、先に話しかけた。


「雫は優斗からの誘いはどうするんだ?」


 本人にその意思がないのであれば、話は頓挫する。

 しかし、少しでもやる気があるのだとすれば学校的にも、本人にとっても条件は悪くはない。


 まあ、俺の言う条件とは内申点や進路などの将来についてであるが。

 でも、優斗の言う通りに生徒会に加入することが出来れば、面倒な話からは避けることは可能だ。


 俺の問いかけに雫は一瞬の迷いを見せたが、次に視線が交わった時には決心がついた瞳を見せた。


「私の考えは変わりません、湊君が生徒会に在籍しているのであれば私も参加します、いないのであれば私が生徒会に入る理由はありません」


「……難儀な奴だ」


 決して悪い話ではないはずだ。

 でも、決心が揺らいでいないのは、優斗からの話を断る以上の強い何かがあるからだろう。

 

 そして、声にして言っていた。

 俺がいないなら、生徒会に加入する理由は無いと。


 彼女の期待に応えられていない俺を、ここまで慕ってくれているのは何故なのだろうか。

 本人のみが知る理由があるのだろう。


 俺のような特筆する点のない人間のどこに魅力があるのか自分自身が一番分からないとは、自己分析は得意な方だと思っていたのだが認識を改める必要がありそうだ。



 離れた場所で選挙活動を行う人影を見てから、校外へ出て並び歩く。

 脳裏では優斗の言葉を思い出し、思考を巡らせた。


 優斗から冷ややかな視線と声音で語りかけられたのは初めてだ。

 なんだか、この数ヶ月初めてだらけのことばかり。


 自分で分かった気になっていて、それでいて実際には何も分かっていない。

 表面上の情報だけで悟ったようになって、語って。


 なんとダサい人間だろうか。

 隣で難しそうに表情を作る幼馴染に、どのように話しかければいいものか。


 思慮した結果、出たのはやはり普段のような言葉だった。


「次期生徒会に俺が必要ないってのは当然の考えだな」


「私はそうは思いませんけどね!」


 怒気を含んだ否定の言葉。

 横を通り過ぎる車の音よりも、声量が大きかった気がするがまあいいだろう。


 交差点を通り過ぎて、住宅街に入ると雫が道を封じるように立ち塞がる。

 彼女の後ろにはY字路があった。


 ここで優斗が右で俺達は左と別れて進むと俺達の家がある。


「いいですか、私は湊君が右に進めば同じく右に進みます。左に進めば左に進みます」


「家は左だけどな」


「例えの話です!」


 的確なツッコミをありがとう。

 ムキになって肩を叩く雫に謝ってから話を続けるように促す。


「いま、荻原君は右に進んでいきました、湊君はどうしますか?」


「左に行く」


「そうです!」


 ……そうなんだ

 いや、完全に右に行くっていう流れだと思っていたが、彼女的な問いかけでは正しかったらしい。


「別に私は湊君が正しいから、正義だからとかで傍にいるわけではありません。湊君だから信じて傍にいるんです……だから、荻原君の言うことが正しくても湊君がいないのであれば私にとっては正しい選択ではありません」


「随分とハッキリと断言するんだな」


「この際だから言っておきます!別に私は荻原君だからといって従うわけでも、全校生徒が望んでいるからって立候補なんてしません」


 それが生徒達の前で言えていれば、彼女は苦労しないだろうに。

 だが、こうも断言されては何もしないわけにはいかない。

 何も言わない訳にはいなかない。


 何よりも彼女の信じる真良湊は、この状況でダンマリを決め込む人間ではないはずだ。


「俺はたぶん優斗のことが心のどこかで嫌いだったんだと思う、何も持ってない俺の近くで何もかも持っているあいつが羨ましくてそんな感情を懐いている自分が嫌いだった」


「……」


 雫は語り始めた俺の言葉を静かに聞いていた。

 最後まで、何も言いませんと態度が示していた。


「雫のことも、綺羅坂や会長にも似た感情を持っていたと思う。でも、それ以上に優斗には一段と強い意識を持っていた……だから反発したし、あいつの思い通りにならないような行動を取ったこともある」


 小さな男だ。

 自分の劣等感やマイナスな感情を持っていたことを、こうして女の子に話すのだから。


 でも、本音には本音を語るしかない。

 ペラペラな言葉に聞こえるかもしれないが、せめてもの礼儀だ。


「ハッキリと皆から言われたことはなかったから、お前達が凄すぎるだけだと言い訳してきたが、単に俺が才能がないことを今回ハッキリと言われてスッキリした」


 あれほどまでハッキリと態度で示されれば、言い訳も誤魔化しようもない。

 俺の能力など必要としていない、そう言われたも同然だ。


 視線の端に入った自販機に近寄り、紅茶を二本購入して一つを雫に差し出す。

 彼女はそれを受け取ると、一口だけ飲む。


「お前の幼馴染はそんな男だ」


 自嘲気味に告げると、これまで落としていた視線を隣に向ける。

 そこには変わらぬ表情の雫の姿があった。


「人が人に劣等感を持つのは当然です、同じ人間になんてなれませんから。……認めるのも癪ですが、私だって綺羅坂さんを相手に劣等感を持ったことがあります」


 本当に嫌なのだろう。

 普段なら絶対に見せない死んだ目をしながら、嫌々と雫は言った。


 黒い髪をなびかせて優れた容姿をした雫からは想像できない声と表情に思わず呆れ笑いが出る。


「正直に言いましょう、ここ最近の湊君よりも前の湊君の方が私からすれば魅力的です」


「成長を否定された気分だ……」


「そうだとすれば必要のない成長だったのでしょう」


 なんて自分勝手な主張なのだろうか。

 自信満々に言われると、俺が間違っていたのだと思ってしまうではないか。


 実際、間違った変化をしていたいのかもしれないが……

 だが、ここで黙っている俺ではない。


「そういうお前はとうの昔に間違った方向へ成長してしまっていた気がするが……」


「そ、それは……絶賛方向修正中です」


 語尾が段々と小さくなる。

 痛い所を突かれて、縮こまる姿にニヤリと口元を歪ませる。


 縮めていた姿勢を伸ばして、向き合う姿勢に直す。


「私がクラスメイト達と正面からぶつかることが出来れば、湊君もお友達と仲良くなれそうですか?」


 いつにも増して真剣な瞳で問いかけてくる雫に、瞑目して考える。

 強調されたお友達ってのが優斗のことは分かっている。


 別に喧嘩別れとかではなく、遊園地の一件から空いていた距離を今まで以上に埋めることが出来るのかということを雫は言いたいのだろう。

 口喧嘩や最悪縁が切れる可能性もあるが、荻原優斗にはそれくらいで言葉を交わさなければ理解し合うのは難しい。


 なんせ、こちとら言葉の裏ばかりを考えてネガティブ思考の湊君だ。

 簡単な言葉のやり取りで納得したり、納得してもらうなんて出来やしない。


「……口喧嘩になっても知らないぞ」


「任せてください、的確な援護をお約束します!」


 ……完全に援護する立場の人間の発現なんだよな。

 これはあれですね、雫に頼んだら多対一の形になるまである。


 ……綺羅坂に相手に効果的な毒舌でも聞いておこう。

 というか、あいつ何しているんだろうか?



 三者の過去から現在に至るまでの清算が、同時に行われようとされていた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る