第十九話 夏休みと懸念8


 それは不敵な笑みだった。

 不敵でいて、真面目な言葉が教室内をざわめかした。


「先輩であろうと、後輩であろうと利用できるものは利用しなければ、理想だけ語るだけで終わってしまいます」


 言い方は癇に障るが、自分好みの回答でもある。

 白石の言葉には、時折納得させられる発言が織り込まれていた。


 信頼という言葉は嫌いだ。

 友情という言葉が嫌いだ。

 


 簡単に口にして、そして簡単に壊れる。

 多用して口にするからこそ、その言葉を聞いた瞬間、何故だか信用できない。


 単に性格が捻くれている人間ならではの考え方であって、一般的には理解されることは無いのかもしれない。

 だが、これが自分の考え方であり、これから先も揺るがないだろう。


 信頼、友情なんて言葉で説明をされるくらいなら、俺は正直に利用していると言ってもらった方が一層、清々しい気分でいられる。

 そこに他意はなく、完全に手段として俺を使おうとしているのだと自覚できるから。


 期待も不信感も考える必要は無い。


 だからこそ、白石紅葉の言葉は理解を示すことが出来た。

 下手に「先輩は生徒会に必要です!」なんて、後輩らしい言葉を連ねていたら、一蹴していたところだ。


「……使えるものは何でも使うってか、いいんじゃないか?生徒会長になるくらいならそれくらい大胆な方がむしろ向いてるかもしれない」


「湊君……」


 体を楽にして、白石に向け告げた。

 隣で雫が呆れたように息を零すのが聞こえたが、今に始まったことではない。


 今回の話は誰が生徒会長になるのかであって、俺個人の考え方についてではない。

 俺の言葉を聞いて、白石は更に強気の姿勢で話を続けた。


「真良先輩は私の理想とする生徒会を作るにあたって先輩方を繋げる重要な立ち位置です。先輩方が生徒会に参加する理由がないのなら作ればいい……必要な人材を確保するためには―――」


「―――でも、俺が来年の生徒会に入るとは言ってないだろ」



 話を割るように強めの声量で告げた。

 そう、言っていない。


 俺が来年もこの生徒会で活動を続けるとは一言も言っていない。


 俺が今この場にいるのは、柊茜により加入させられたからに他ならない。

 今となっては不満は無いが、当初はそれなりに不満もあった。


 しかし、一度始めると決めたからには、この一年間は放棄するわけにはいかない。

 これは生徒会云々の問題ではなく、俺個人の意地だ。


 出来ないと、分不相応だと逃げ出すことは容易いが、それは自分一人で何かを始めた時だけ。

 周りの視線があるところでは、途中放棄はしたくない。


 ちっぽけなプライドだ。


 だが、それは柊茜の生徒会が終わる時に終了するつもりでいた。

 小泉が率いる生徒会には俺の席は存在しない。


 白石の考え方で言わせてもらえば適材適所。

 この学園には人材は豊富だ。


 俺のような中途半端な人間がいるべき場所ではない。


 この言葉に会長を含め、生徒会の面々は少し表情を暗くさせた。

 俺がそうすることが分かっていたかのように、誰も意見を挟むことはない。


「え……でも、生徒会役員は対立候補が出ない場合は原則として継続しての活動を……」


「それは通常の生徒会選挙で選ばれた生徒に対して適応する話であって、俺や火野君には関係のない話だ」


 白石の純粋な疑問に対して、声を強めて即答した。


 これは紛れもない事実だ。

 前に一度だけ、生徒会担当の教員である須藤先生に訊ねたことがある。


 会長が卒業して、新設された生徒会に参加する必要はあるのか否か。

 白石が言うように、生徒会は原則対立候補が出ない場合、継続して活動を続けることになっている。



 会長補佐だなんて役職、一般生徒には認知度が低いうえに、柊茜が勝手に作った役職だ。

 だからこそ、抜けるも続けるも自由、それが須藤先生から告げられた答えだ。


 本来、俺達が生徒会に入ること自体が特例だあり、柊茜という一人の生徒が積み上げてきた功績と教員からの強い支持を持つ彼女だからこそ可能にした強行加入だ。

 それが来年も継続して生徒会に参加できるのか自体、不鮮明な部分でもあった。



 不鮮明だからこそ、会長本人ではなく担当の須藤先生に訪ねるのが適切だと判断しての行動だ。 

 


 つまり、俺が新生徒会で白石の指示で動く必要性は無いということになる。

 雫も綺羅坂も、そして優斗も俺がいるから加入……なんてふざけた理由で縛られることはない。


 誰かがいるから生徒会に入る、そんな不純な動機で生徒の代表を務められたら、生徒達もたまったものじゃない。

 原因の元となる問題は事前に排除するべきだ。


「で、でも、会長補佐の職は通常の生徒会選挙では無い役職で……」


「……俺がここにいるのも言ってしまえば会長の気まぐれだ」


 そう言って会長に視線を移す。

 その先には、少し微笑んだ会長の顔があった。


 本当に気まぐれか、それは分からない。

 俺自身が確信できていないことを初対面の人間に話すのは良い気分ではないが、今更本当の意味を聞いたところではぐらかされるのがオチだ。


 俺の話を聞き、白石は思案顔で俯く。

 顎に手を当て、左手を肘に添え考える仕草は、綺羅坂に似ている。


 自分の中で、これまでの会話の情報整理しているのだろう。


 無駄に焦る様子を見せないあたり、確かに優秀だ。

 現状を正確に把握できているという証拠にもなる。



 使えるものは使うという考え方は悪いことではない、確かに俺はそう言った。

 だが、自分が使われるのなら簡単に使わせない。


 これが真良湊君スタイル。

 ……単に捻くれているだとか、天邪鬼だとか思ってはいけない。


 人間、自分が一番大切で、自分の許可なく何かを決められるのは嫌なものだ。

 それが正しいことであっても、間違っているとしても。




「事前情報を―――」


「事前情報を仕入れるのはいいけれど、不足していたみたいね。生徒会ではなく学年委員から出直してきなさい」


「……俺のセリフをお前が言うなよ……それに最後の一言は余計だ」


 この会話に終止符を打つべくキメ顔で言おうとしたら、隣の綺羅坂が完全に美味しいところを持って行った。

 しかも、最後に彼女らしい毒舌な言葉を添えて。


「……」


 こちらに向けられた白石の視線は先ほどまでの鋭さは感じられない。

 彼女が想定していた仕組みと、俺や火野君の加入方法が異なるから仕方のないことだろう。


 入学して間もなく、生徒会にいる面々が通常以外の方法で加入しているだなんて、去年の生徒会選挙を知らない一年生からすれば当然だ。


「怜、それに真良も一年生をあまりからかうものじゃない……すまない、今日はこれで終わりにしよう。夏休みのところ申し訳なかったね」


「いえ、では失礼します」


 会長の言葉に短く返すと、白石は一礼して生徒会室から退室した。

 何かしら食いついてくるかと思い、身構えていただけにあっけない幕引きとなった。


 生徒会室を去る白石の背が、入室時より小さく感じたのは気のせいではあるまい。




 誰がついたのかため息が生徒会室に響く。

 終始、無言を貫いた三浦と火野君、そして小泉はひどく疲れたように深い息を零していた。


「真良……いつの間に先生に訪ねていたんだ?」


 会長は俺に向け問いかけた。


「生徒会に入るって話になってすぐにですよ……会長が抜けたらどうなるのか気になっていたんで」


「準備の良いことだ」


 会長はそう告げると苦笑しながら椅子に体を預けた。

 流石に会長も疲れたのか、暫し無言の空間が広がる。


 静寂が終わったのは、三浦の問いだった。


「私の見た感じだと今日の様子では彼が負けるとは思えないのですが」


 三浦の隣に座る小泉は、その言葉に背を丸くして縮こまるように小さく身を屈める。

 自信の無さが滲み出しているようで、頼りなく見えた。


「それはここに彼女を支持する人間がいないからだ、白石の意見は大多数の生徒が一度は考えている内容だ」



 まあ、確かにそうだろう。

 雫や綺羅坂が、優斗が生徒会に入るのは誰も否定しないはずだ。


 それが自然であり、最善であると誰もが思うだろう。

 本人達の意思を無視にして考えればの話だが。


「……優斗達が人気なら尚の事、面倒な選挙になりそうですね」


「まったくだ」


 肩をすくめる会長は、教室の隅にいる火野君に顔を向ける。


「白石紅葉という生徒は普段からあんな感じなのか?私が教員から聞いていた話とは少し異なるようだが」


「いえ、もっと話しやすいしニコニコしている印象だったっす……俺も普段との違いに驚いちゃいました」


 今日の印象とは確かに違う。

 どちらかといえば綺羅坂のようなタイプの生徒だと思っていたが、火野君の話では雫に似ている。


「……あれが素じゃないのか?」


「どうですかね、俺もあまりよく知らないんで絶対に違うとは言えないっすけど……」


 ……普段から優等生を演じているのか、それとも今日は強気な生徒を演じていたのか。

 どちらにせよ、本来の彼女の姿ではない面があるのは確かなのだろう。


「……飲み物買ってくるわ」


 そう言って席を立つと教室の扉に手を掛ける。

 振り返ってみると、会長を中心に先ほどまでの会話の流れから、今後の対策が練られていた。






 無人の廊下は、床を蹴る足音が響く。

 話し声も、部活動の活気も今日は無い。


 生徒がいない本当の意味での無人の廊下は、夏なのに肌寒さを感じる。


 皆で話すのもいいのだろうが、一人で考える方が性に合っている。

 普段よりも静かなだけに、考え事には最適な環境だ。


 そんな校舎内を歩き、二階にある食堂に設置された自動販売機で何を飲むか悩んでいると、小さな声にも似た音が聞こえてきた。

 体を反らして、覗き込むように見やると、小さく丸い何かがそこにはいた。


「どどどどどどどどどどどうしよう、失敗した……まさか選挙以外で生徒会に入る方法があるなんて」


「……」


 なんでこいつは、食堂の端で縮こまっているんだ?

 完全に膝を抱えて、体育座りのようにして物陰に隠れていた白石紅葉は、ポケットから小さな手帳を取り出す。


 ここからでは見えないが、何か文字がびっしりと書き込まれていた。


「で、でも予想していた会話の流れで大半は進めたから……これで印象は強く残せたはず―――」


「何やってんだお前……」


「ひゃ、ひゃい!」


 反射的に声を掛けると、彼女は盛大に体を跳ね上げて立ち上がる。

 数分前までの白石紅葉とは想像も出来ない、弱々しく瞳を揺らす生徒の姿があった。



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