第十九話 夏休みと懸念6


「初めまして、白石紅葉です」


 渦中の人物である、白石紅葉と名乗る生徒は、こちらに向けて一礼をするとニコリと微笑む。

 白色の白髪に小柄な体格、目鼻立ちも整っているがどこか幼さを感じさせる顔つき。



 彼女が白石紅葉。

 桜ノ丘学園一年の学年委員であり、次期生徒会選挙の会長に立候補する生徒。


 まだ新しい制服を着崩すことなく着用し、いかにも優等生といった雰囲気を醸し出している。


 これで授業中に眼鏡でも掛けていたら完全に委員長とあだ名を付けてしまう。

 

 一見、評判通りの真面目な印象な白石という生徒は、挨拶をすると部屋の中にいる面々に目を向ける。

 会長から時計回りに小泉、三浦、火野君と動く視線は最後に俺の両隣に座る二人の女子生徒で止まる。


 瞳からは驚きの色が見て取れた。

 学園内では知らない生徒はいない二人だが、同時にこの場にはいるはずのない二人でもある。


 白石にしてみたら「何故この二人が?」と思うのも当然だろう。

 しかし、こちらへ問いかけることなくすぐに会長に視線を戻す。


「本日は選挙の事前説明とお聞きしてますが?」


「ああ、彼らも選挙には関わることになるので呼んでいたのだ」


 ……関係のない人物が二人ほどいる気がするのだが。

 俺の心の声は届くことなく、当然のことだが白石も偽りを指摘することはない。


 会長の説明を受けると、納得したのは数回頷いてから会長の元へと歩み寄る。


「そうでしたか、では先にこの用紙をお渡ししておきます」


「ありがとう、確かに受け取った」


 白石が会長に手渡した用紙には、立候補者への最終意思確認と書かれていた。

 本人が自らの意思で選挙へと立候補することの確認の書類だろう。


 本来の選挙では、このような用紙を提出することで、立候補の意思確認を行っているのかもしれない。

 俺や火野君が特異なケースで加入したことがよく分かった。


 同時に、柊茜という生徒に対して、学校側から大きな信頼と権力を与えられていることも再認識した。


 それを会長は受け取ると、本題である選挙についての説明が始まる。

 

「我が校の生徒会選挙は九月の下旬に行われる。それに伴って君と小泉には新学期から選挙活動を始めてもらうことになる」


 説明が始めると小泉と白石は時折、相槌をしながら話に耳を傾ける。

 真剣な眼差しの二人に、室内も静かになるのを感じた。


 それは三浦や火野君にも伝わったのか、二人もじっと様子を見守っていた。


 だが、隣の雫と綺羅坂にしてみれば関係のない話だからか、役員程の緊張感はない。

 そんな二人に挟まれていることもあり、何故だかこちらまで緊張の糸が切れてしまった。


 そもそも、そこまで緊張などしていないのだが。


「夏休みの間から準備を行うことは問題は無いが、不正と捉えられてしまう行動にだけは注意してくれ」


「不正行為?具体的にはどのような行為が該当されてるのですか?」


 ここで初めて白石から会長へ質問がされた。

 確かに、不正行為とだけ言われても、何が不正になるのか分かっていないとうっかり行ってしまうかもしれない。


 白石からの問いに、会長は数点の注意事項を述べる。


「まず、立候補者の発表は新学期が始まってからだ、それまで選挙に出ることを公表してはいけない。それから、これはあくまで学生の生徒会選挙だ、外部の人間に委託―――つまりは何か物を製作することを頼むことなどは控えてくれ」


 学生の選挙でそこまで資金を掛けることなどないとは思うが、必要な説明なのだろう。

 もしかしたら、過去にその手の委託をした人間がいたのかもしれない。



 いずれにせよ、立候補しているのが自分でない時点で話も半分以上聞き流しているのでやることもない。

 流石にこの場で課題に手を付けるのはまずいことくらい小学生にだって分かる。


 自然と小泉と白石の様子を観察することくらいしか現状やれることはない。


 

 改めて白石紅葉という生徒にフォーカスを合わせてみるが、会長が言うほどの問題があるとは想像しがたい。

 典型的な真面目な生徒という印象しか外見からでは伝わってこない。



 むしろ、現段階では小泉が圧倒するとしか思えない。

 

「―――と、省略してしまった部分も多いが、大まかにはこれくらいだ……二人も各自で注意事項などは確認しているだろうから説明はこれくらいにするが、問題は無いかね?」


「はい」


「僕も問題ありません」


 会長から、二人への説明、注意事項などの説明が終わり、問題がないか確認をするが二人とも即答で頷く。

 ここら辺は自分達でも確認はしていたはずだ。


 会長は二人が問題がないことを確認すると、最後に二人に問うた。


「では、最後に二人に選挙での主軸となるスローガン、目標を聞いておきたい」


 まず、視線を小泉に向けて答えるように促す。

 小泉は表情を引き締めると、彼らしい回答をした。


「この学園に通う生徒が、楽しく過ごしやすい環境に出来るように努力したいです!」


「そうか……では、白石は?」


 会長は机の上で、何かの用紙に小泉の言葉を書き記してから、次に白石に目を向ける。

 その視線の先にいる白石は、先ほどまでの真面目で穏やかな雰囲気が一変、凍てつくような冷たい表情で告げた。


「生徒会役員の一新を目標とします」


 それは、冷たく感情を感じさせない言葉だった。

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