第十九話 夏休みと懸念5
白石紅葉。
桜ノ丘学園一年。
学年委員に所属しており、真面目で人当たりも良い。
成績に関しても運動面で若干の苦手分野を持つものの、学習面では非常に優秀である。
生徒会に立候補としてはこれ以上とない優秀な生徒だ。
次期生徒会には必須条件として、新規からの加入生徒が絶対条件でもある。
この手の組織は、一年後ではなくその先のことも考えて人員には先手を打つのが普通だ。
小泉達が卒業した後の生徒会を引き継いでくれる生徒を残しておかないとならない。
だから、彼女が立候補してくれていたら生徒会の問題は一気に解決する、そう皆が思っていたらしい。
そう会長は説明をした。
しかし、問題はそこからだった。
彼女が立候補したのは通常役員ではなく、生徒の長である生徒会長の席だった。
柊茜の座る席であり、小泉が引き継ぐと言われていた席。
これには、職員だけでなくあの会長ですら予想していない事態だった。
だからこそ、現に目の前で少し困ったように表情を暗くさせている会長がいる。
「我が校では生徒会の立候補に関しては条件を明確に記してはいない。本校の生徒であれば誰でも良いというのが正直なところだ」
「……だから、その白石とかいう一年生も立候補に関しては問題ないってことですか」
「ああ……会長になるのも同様で条件はない……ただ皆の手本となれる人物であるという具体性のない校則しかない」
つまり、この立候補は何も違反行為ではないということか。
必ず生徒会を一年間経験していなくてはならない、なんて条件でもあれば問題は簡単に解決していたのだがな。
そう簡単ではないらしい。
それなら、非常に厄介であるのは確かだが、それでも腑に落ちない点が何個かある。
それを消化してからでないと、この話を進めるには情報不足だ。
「その白石って生徒は本当に真面目で人当たりが良いんですかね……」
「つまり、何が言いたいんだ?」
会長がこちらに目を向け問う。
けれど、その質問については会長も何となく気が付いているのではないだろうか。
だからこそ、自分と同じ答えを導き出しているかの確認をしているのだろう。
俺が思う白石という生徒はそんな生徒ではない。
「……猫被っているんでしょ、そうでないと俺にはとても納得ができない」
「ふむ……やはり真良もそう思うか?」
「はい……念を押しますがあくまで予想です」
俺が感じた違和感、腑に落ちない点は二つ。
一つは先に述べた通り、真面目で人当たりが良い性格な人物という点。
そして、二つ目は立候補が他の役職ではなく会長であるということ。
小泉という副会長がいて、次期生徒会長とも言われている生徒が既に存在しているこの学園で、いきなり無名とも言える新入生が会長に立候補するのだろうか。
真面目で人当たりが良いのなら、尚の事、先輩の顔を立てるというわけではないが、まずは他の役職などで実績、経験を積んでから会長にステップアップするのが普通だ。
周りから煽てられて、無謀とも言える大胆な行動に出てしまったのか、それとも本心では何か考えがあって自らの意思で決めたのか。
これに関しては、考えるだけ無駄になる。
実際にその人物を目にしてみて、初めて考えることだ。
それでも、現状での少ない情報の中で考えるのであれば、俺には評判通りな生徒にはとても思えない。
裏の顔があるのか、何か大それた目標があっての行動か。
だが、考えとしては雫も綺羅坂も俺と似たような違和感を抱いたのか、隣で頷いてみせる。
「白石さんと言う生徒の話は聞いたことはあります、学年委員として真面目で誰にでも優しい、けれど出過ぎた真似はしない……そんな生徒が急に会長にまで立候補とは急展開過ぎる気がします」
「あら、私のクラスでも似たような生徒がいたような気がするわね……確か神崎といったかしら?」
「綺羅坂と言う生徒も相当腹黒いと私は聞いていますよ?」
「……おいおい、なんで君たちが喧嘩を始めるの?」
なんで一年生の話から君たちの恒例と化した喧嘩に発展するんですかね。
俺を挟んでいるのだから、君たちが喧嘩を始めると俺の状況が悪いの分かってますか?
会長もこれには苦笑を浮かべているだけだった。
二人が暫しの間、あれこれと互いの文句を言い合っている間に考える。
これまでの情報、小泉の沈んだ顔、会長の立場、可能な限り記憶を探る。
そこで一つだけ、嫌な考えが浮かぶ。
そもそも、この話をしている時点で気が付くべきだった。
会長がわざわざ重苦しく話を始めていたのだから。
「会長は小泉が落選するかもしれないって思っているってことですか?」
「……」
俺の問いに会長はいつものような即答では返すことは無かった。
少し考えて、そして口を開く。
「そうだ……私の予想では厳しい展開になるかもしれない」
この一言に、生徒会室の空気は重苦しいものとなる。
小泉も三浦も、普段より暗い顔をしている。
雫と綺羅坂も他人事とは言えない状況にいるため、静かに様子を見守っていた。
この話が出た時、正直小泉と対立する生徒がいることで楽な選挙ではなくなるとしか思っていなかった。
それなりの活動をしないといけないからだ。
だが、小泉が負ける可能性のある生徒とは思っていなかった。
「私は立場上、どちらかに加担する訳にもいかない、すまない」
「会長は仕方ありませんよ!僕たちで頑張ります!」
そう告げた会長に、すかさず小泉が言葉を返す。
フォローするかのように告げた言葉に、会長は申し訳なさそうにするだけだった。
致し方あるまい。
会長と言う立場の人間が、一人の生徒を支援しているとすれば批判も出る。
それこそ全生徒の模範となるべき生徒の姿ではない。
今回は会長の力は借りられないと思っていた方が良いだろう。
まずは、何よりも相手の生徒を見てからだ。
それから対策を検討すればいい。
そう思っていると会長が話を再開した。
「今日この話をしたのは、会長職の立候補者は事前説明のため今日の午前中に登校することになっているからだ、だから合宿も日程を合わせて調整していた」
「ってことは、今日その白石って生徒が来るんですか?」
「ああ……そろそろ」
会長が腕に付けた時計で時刻を確認していると、生徒会室の扉を数回ノックする音が響く。
そして、外から僅かに声が聞こえたかと思うと、扉が重苦しい音を立てて開く。
部屋の中に入ってきたのは、制服を着た女子生徒。
小柄ながら白い白髪が光で輝いて見えた。
女子生徒は扉を閉めると佇まいを整えると、振り返りニッコリと微笑んで見せた。
「一年の白石紅葉です」
こうして、急展開過ぎる対面が現実となった。
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