第十九話 夏休みと懸念4
二日目
今日も一日は何事もなく始まった。
女性陣が昨日の夕食の際に、軽い軽食を作り置きしてくれていた為、それを頂いてから面々は生徒会室に集まった。
寝癖が普段よりも三割増しで凄いことになっているが、気にすることなく席に着く。
「湊君、寝癖が凄いですよ?」
「……ああ、まあこんなもんだろ」
右に左にうねりにうねった髪の毛は、視線に入り正直少し邪魔くさい。
近々、散髪でもしに行くかと考えていると、雫が手荷物の中から櫛を取り出して何も言わずに髪型を整える。
何度か手で払うように拒むものの、しつこく頭を掴むので静かに従うことにした。
鼻歌交じりに楽しそうにしている雫は、髪を整えては正面に回り、気にくわないのか少し直すという行動を繰り返す。
ようやく彼女が納得の髪形になったのか、微笑むと頭をポンと叩く。
「これでよし!終わりましたよ」
「悪いな……ありがと」
「いえいえ」
そういって雫は隣の席に腰掛ける。
昨日と同じ、彼女の定位置となり始めていた席の反対には、これまた何食わぬ顔で座っている綺羅坂の姿がある。
綺羅坂も普段と変わらず持ち込んでいた書物に視線を落として、朝だというのに凛とした表情でそこにいた。
生徒会役員の全員が着席したのを確認すると、会長が話し始める。
「皆昨日はよく眠れたかな?今日も一日頑張ろう」
そう語る会長は、短く話を終わらせると各々が残された課題の消化作業に入る。
俺もそれに倣って残った課題を終わらせるべく、鞄から教材を取り出そうとした時の事だった。
「―――だが、その前に皆に話しておきたいことがある」
その一言で、教室内の空気が完全に変わった。
先ほどまでは朝だということもあり、どこかのんびりとした雰囲気だった教室が張り詰めるように息苦しいものへと変わる。
火野君は虚ろだった目を見開いて、雫も背筋をピンと直して会長に顔を向ける。
綺羅坂だけは依然として変わることはない。
俺も少しだけ姿勢を正してから、視線だけを会長に向ける。
「薄々気が付いているとは思うが、先日から小泉とある件について相談をしていた」
「……」
小泉は未だ晴れない表情で会長の言葉に耳を傾けている。
いよいよ、この違和感の正体を聞くことが出来る。
そう思うと、会長を急かす気持ちと、同時に面倒なことに関わりたくないという本能が同時に働く。
出来ることなら、聞かないほうが幸せなのかもしれない。
だが、この場にいる以上はそれは出来ない。
次の言葉を待っていると、会長は問題の核心を話し始めた。
「それは生徒会選挙の件についてだ」
「選挙……ん?選挙?」
生徒会選挙ならもちろん俺でも知っている。
去年も会長に一票入れたから当然だ。
だが、それについての問題であるなら、大した問題ではないのではないだろか。
俺や火野君が来年度も在籍しているかは不明だが、三浦と小泉に関してはまず間違いなく生徒会の中核として活動しているはずだ。
それの問題となれば、俺に思いつくことがあるとすれば、新規の役員候補がいない的なよくある話くらいだ。
そう考えるのだとすれば、小泉の表情が晴れないのも少しは納得がいく。
だが、何か気になる点もある。
それなら二人だけで話をすることでもない。
大っぴらに俺達にも候補となる生徒がいないと話していても大丈夫なはずだ。
だからこそ、この問題の本質はそれではない。
会長は一度小泉に目を向けて、小泉が頷いたのを確認すると静かに告げた。
「会長候補が小泉のほかに現れた」
生徒会とは学校の生徒を代表とする数名で構成された組織のことだ。
学校により名称や組織形態は多少の変化はある。
だが、どれも生徒会長と言う一人の代表の下にそれを補佐する生徒によって構成されている。
この学園も同様だ。
現生徒会では柊茜という会長に、副会長の小泉、会計の三浦、会長補佐の俺と庶務の火野君の五名で成り立っている。
しかし、俺と火野君に関しては会長の特例により加入したので、他の三名は厳選な選挙により選ばれた役員である。
と言っても、学生の選挙など現実社会の選挙とは異なり、縮小、簡易版とも言える簡単なものだ。
短い期間で立候補者は選挙活動、簡単に言えば自己アピール期間を設けられる。
登校時間に校門の前で挨拶して、自分の存在、名前を覚えてもらう。
そして、全校集会の際に、短い時間で壇上に立ち、生徒に向けて意気込みを語る。
大半の生徒にはほとんど無関係なイベントだろう。
俺も去年は大して気にしていない行事の一つだった。
まあ、去年は柊茜という絶対的存在がいたので、他の立候補者もいないことから選挙とも言えるものではなかったのだが。
だが、小泉と三浦も壇上に立って話をしていたのを薄っすらとだが覚えている。
選挙の多くは人気投票のようなもので、小泉は知名度も穏やかで人当たりも良いことで人気もある生徒だ。
だからこそ、次期生徒会長も小泉がなるものだと思っていた。
実際、会長も最初の紹介の際にも時期生徒会長の予定と言っていた。
それは、これまでの副会長としての実績もあるからこその発言だ。
だからこそ、今回の会長の言う会長候補が現れたというのは、予想外である。
何より、目の前にいる生徒会の役員以外から立候補があったこと。
そして、選挙において小泉に勝てる勝算があって出ているに違いないということが何よりの重要な問題点だ。
一瞬、それに当てはまる生徒が三人ほど思い浮かぶ。
神崎雫、綺羅坂怜、荻原優斗、この三名だ。
小泉には申し訳ないが、この三人が立候補していたらまず間違いなく当選するだろう。
それくらい、学生の選挙は単純で怖いものなのだ。
しかし、この三人が立候補することは無いだろう。
雫も綺羅坂もこの場にいる。
優斗も仮に立候補するなら、俺にも話くらいはしているはずだ。
だからこそ、予想外なのだ。
会長も俺も、何より小泉も。
教室内が静まり返っている中、会長は目を閉じたまま候補者の名前を告げた。
「桜ノ丘学園一年、白石紅葉(しらいし もみじ)」
……白石紅葉さんね。
うん……知らない。
湊君ディクショナリーでは出てきませんでした。
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