第十七章 兄と妹6


 会長は楓と火野君を自分のもとへ呼び寄せると、一つの頼み事を告げた。


「生徒会室に用具の入ったカゴを忘れてしまってね、良ければ火野君と楓ちゃんで取ってきてもらいたい」


「了解っす!」


「はい、分かりました!」


 二人は快諾すると会長は自分の着ていた上着を楓に手渡した。

 流石に休日とはいえ水着で校内を歩くのはいささか問題があるだろう。


 それを考慮しての行動は、言葉がなくとも察することはできた。


 楓はそれを受け取ると、小さく礼をして火野君の後ろを追った。

 だが、俺からすれば心配過ぎる。


 短い付き合いだが、火野君が悪い後輩でないとは理解している。

 しかし、不安要素が完全に無くなってはいない。


 俺が会長に視線を向けていると、会長は振り返り視線が交差する。

 分かっている、とでも言いたげな微笑を浮かべて、会長はもう一人に指示を出した。


「三浦、君も二人に付いていってくれ、仕事は私が変わろう」


 監視台から降りると水を撒いていた三浦と交代で、今度は会長がプールに水を撒く作業を開始した。

 三浦も会長からの指示なので断ることなく、二人が向かった生徒会に歩き出した。


 まあ、これで少なくとも変な行動を火野君が起こすことはないだろう。

 

 懸念材料がなくなったことで、目の前の仕事を再開すると隣から声を掛けられた。

 俺の知る限り、話しかけてくる人間は限られてくるが今回は聞き慣れない声だった。



「良い妹さんだね」


「……まあな」


 話しかけてきたのは小泉だった。

 小泉は三人が出て行った方向を見ながら呟いた。


 確かに、楓は誰が見ても優秀な子だ。

 成績がとかではなく、人付き合いについてだ。


 自分の立ち位置をしっかりと理解していて、出過ぎた真似をしない。

 それでいて、自ら率先して仕事もこなす。


 誰にでも笑顔で不快感を与えない応対の仕方は兄の俺から見ても非常に優秀な妹だと思う。

 兄が人付き合いが苦手過ぎるという可能性は否定が出来ないが……。


「美人で成績も学年ではトップだと聞いたよ……それに加えて人との付き合い方も理解している」


「……」


 小泉の言葉は、どこか誰かと比べているように聞こえた。

 いや、比べているというよりかは重ねているといったところだろうか。


「そんな妹さんを持つ兄として大変だと思うことは無いの?」


 単純な疑問を問いかけられたように小泉は言った。

 不思議とその質問は考える必要もないくらい、俺の中で答えが出てきた。


「妹が優秀だから大変ってことは今まで感じたことはない」


 兄妹で大変なことは多くある。

 性別が違うだけで、多くのことが違うのだから。


 だが、妹が優秀なことで大変かと問われれば否だ。


 確かに兄妹での優劣は身近な人間であるが故に鮮明に分かってしまう。

 親父にもよく言われる。


 妹はこんなにも優秀なのに、兄である俺はもう少し頑張れないのかと。

 

 

 きっと、俺の家庭だけではなく、兄妹がいる家庭なら当たり前の会話なのかもしれない。

 近くにいるだけで比較対象として見られるのは当然の事。


 むしろ、比較すらされない方が見放されていると感じてしまうかもしれない。



 だが、だからと言って大変であることが当然ではない。

 ここからは個人差があるが、俺に関して言えばそんな状況は”慣れている”。


 妹より先に出会った少女も同じくらい、それ以上に優秀だった。

 初めて出来た同性の友人が何でも出来た。


 最近では隣に座る少女が、二人に匹敵する能力を持っていた。


 加えて家の中には自分と兄妹とは思えないくらい優秀な妹がいる。

 どこに行こうが似たような人物が身近にいた。


 だから慣れてしまったのかもしれない。

 それと同時に理解していた、自分の能力が高くないことを。



 比べられて嫌な思うをするのは、どこか自分自身に期待が残っているからだ。

 自分の方が優秀なのだと諦めきれないからこそ、比較されることに敏感になる。


 そんな淡い期待はとうの昔に捨てた。

 高望みをして失望するより、最初から自分の能力に見合ったことをした方がいいと決めてしまった。


 まあ、俺くらいになれば、比較されすぎて何も感じなくなってしまったまである。

 

 それに、妹は昔から兄である俺に懐いてくれていた。

 後ろを付いて回って、今では隣に並んで付いてくる。


 親が海外に出張している今では、家の中でたった一人の家族でもある。


 そんな妹を持って大変だとは口が裂けても言えない。

 どこまでいっても可愛い妹に変わりはないのだ。


 ただ一つ、逆のパターンで兄として自慢をさせてあげられないのが申し訳ないと思いこそするが大変ではない。



 だから、俺の答えは聞かれた瞬間に出ていた。

 即答の俺に、小泉は羨望にも似た視線を向けていた。


「真良君は凄いな……僕には同じような答えは出ないよ」


「お前にも妹がいるのか?」


 初めて、小泉に学校関連以外の話をした。

 それが妹の有無とは、もっと普通に話すこともあっただろうに。


 同じ組織に属していても、コミュニケーションをとっていないことが明らかになってしまった。

 俺の問いに小泉は首を横に振った。


「僕は一人っ子だよ……でも真良君と似た立場なのかもしれない」


 そう答えた小泉の視線は、俺ではなく一人の女性に向けられていた。


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