第十七章 兄と妹7


 そう言った小泉の視線に写っているのは会長の柊茜だった。

 上着を三浦に渡したことで、一人目立った水着で凛々しく立つ会長の姿は貫禄すら感じる。



 小泉の立場、ここでは副会長としての立場だろう。 

 会長からも次期生徒会長として、半ば決定事項のようなものだ。


 実際、俺が生徒会に入会した際にも、次期の生徒会長の予定だと説明を受けた。


 だからこそ、俺なりの推測は出来る。

 理由は単純な話で、現会長の柊茜が優秀過ぎるから。



 優秀過ぎるが故に、その後を引き継ぐことは多大なるプレッシャーの掛かるものだ。

 だからこそ、優秀な妹を持ついことで常に比較されてきた俺と似ているのだと感じたのだろう。



 確かに、小泉だけでなく誰もが同じような境遇になれば、思い悩むことだろう。

 前任者が残した影響は、次代には色濃く残るものだ。


 それが歴代の会長の中で最も優秀と言われているのなら尚の事。

 そして、小泉が選ばれ思い悩んでいる。


 自ら話しかけてくるような間柄でない俺に、こうして問いかけてきたのは答えの一端でも見出そうとしたのかもしれない。


 

 だが、生憎だが答えは出てこないだろう。

 こればかりは他人の答えを模範としたところで、その答えに意味はない。


 乗り越えろとか、お前になら出来るなんて言葉を言ってやれるほど俺は小泉に期待を抱くことはできない。

 でも、それでいいのではないだろうか。


 真似事は真似に過ぎない。

 方針として真似するのは悪いことではない。

 だが、完全に真似をしようとするのなら、オリジナルを超えるほどのクオリティが求められるのが世の常。

 

 二次創作でも現代社会でも同じだ。

 自分の力量に見合った仕事をすることが、何よりも優先すべきことだろう。


「あの人の真似をしたいのなら、それは無理な話だ」


「……」


 それこそ、優斗や雫のような人物でないと厳しい。

 綺羅坂は無理だ。


 だって、あの子はコミュニケーション能力が決定的に足りないもの。

 生徒会長には不向きだし、何より本人も面倒だとやりたがらないだろう。


「それに妹と先輩だと話が根本的に違う……俺と同じ答えを出しても誰も納得しないだろ」


「……そうかもしれないね」


 どこか自虐的な笑みを浮かべて小泉は俯く。

 俺は手に持っていたブラシを下に置いてから、壁面に背を預けた。


 そして、今は全員は揃っていないがここにいる面々を見回す。


 小泉も俺の仕草を不思議に思ったのか、同様に俯いていた視線を上げた。


「……小泉が悩んでいる答えは俺と楓と同じ答えにたどり着くことはないだろうが、今はまだ早いだろ」


 今はまだ、柊茜の率いる生徒会だ。

 問題の先延ばしは、ただの現状から逃げているだけといわれるかもしれない。

 

 だが、時には問題から離れて考えるだけの余裕を作らないと、人間思考が回らないものだ。

 俺がそうしたように、そうしてきたように。


「そうだね……今は早い問題なのかもしれないね」


 そう言って、小泉は離れていった。

 


 一人、背を預けたまま考えに耽る。

 生徒会に関して、避けられない問題といえば生徒会長、さらに言えば今後の生徒会運営に関してだろう。


 柊茜という絶対的な存在が抜けた生徒会を、誰に指揮の元動かしていくのか。

 そして、仲間内では問題の解決が難しいかもしれないこと。


 友達や仲間意識が高ければ高い程、この手の話は正しい方向に動かない。

 君ならできる、自分達も一緒に考えるなんて甘い言葉を掛けてしまうからだ。


 会長が俺を生徒会に入れた際、言っていた言葉があった。

「しっかりとした個を持ち、客観的に判断ができる人」


 言われた時は、正直会長の意図が理解できなかった。

 だが、少しだけ、もう少しだけこの生徒会と時間を共有していれば答えが見えそうな気がした。



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