第十七章 兄と妹
第十七章 兄と妹1
六月が終わり、七月を迎えたある日の早朝
空には微かに朝日が広がり始めた時間に、今日も私は目を覚ました。
昨日と同じ部屋、同じ布団の中で起きた私は、二度寝の誘惑を振り払い寝間着から部屋着に着替えると洗面所へと向かう。
冷水で顔を洗い、水を滴らせた顔で鏡を見る。
鏡には母さんが若い頃の姿とよく似た、私の―――真良楓の姿があった。
少し横にハネていた寝癖を手櫛で直すと、ある部屋に向かう。
毎日、何ヵ月、何年と同じように足を運んだ部屋。
もう目を閉じてでも部屋まで進むことが出来るかもしれない。
それほど慣れ親しんだ廊下を進み、一つの部屋の前に着くと、ノックもしないでゆっくりと戸を開ける。
まだ、室内ではあの人が寝ている。
きっと、髪の毛をボサボサにして寝ているに違いない。
こっそりと開けた戸を閉めてから、予想通り寝床で私が入ったことに気が付くことなく寝ていたあの人……現在、両親が不在のため真良家で唯一の家族である真良湊が横になっていた。
私が枕元に近づいても起きる気配はなく、今日は寝坊助さんの日なのだと確信した。
枕元、そして机の上に古本屋で買っていた推理小説が乱雑に積まれているのを見るに、きっと夜中まで読書に没頭していたのだろう。
だからだろうか?
昨日の夕飯時に兄さんが変なことを言っていた。
『名推理とか名探偵ってのは小説なんかでよく登場するが、実際の現場にいる人間からすれば迷推理であり、迷探偵ってことだよな』
聞いた瞬間は、何を言っているのかと一瞬だけ疑問符が浮かんでしまったが、小説を読んでいたから出てきた言葉だったらしい。
分かりにくいことを、突拍子もなく話すので私からすれば毎日がナゾナゾをしている気分で楽しくなる。
これも慣れなのだろう。
長年、同じ屋根の下で暮らしていることで付いた耐性のようなもの。
他人から見れば、兄さんの言っている言葉こそ迷言なのだろう。
でも、真良湊という人をよく理解してから言葉の意味を考えれば何となくだが答えは見えてくる。
ただ純粋な人なのだ。
自分の感情に正直で、ありのままの自分でありつづけている。
妹ながら凄いことだと感じる時も多々ある。
もしかしたら、身内びいきなのかもしれない。
でも、そう思われたとしても私は構わない。
兄さんと過ごす日々を私自身が楽しいと感じるのだから。
私自身、兄さんに関しては正直でいようと決めているのだから。
今日もまた、何か面白い話を始めてくれるのだろうか。
クスリと微笑を浮かべて、兄さんの耳元に自分の口を近づける。
「兄さん……朝ですよ」
今日も一日が始める。
私、真良楓と兄さん、真良湊の一日は今日もこうして何気ない朝の出来事から始まる。
新章 真良楓編
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