第十七章 兄と妹2


 季節は夏。

 七月に突入した桜ノ丘学園はどこか浮足立っていた。


 新学期のような新しい環境に変わったからなどではない。

 考えるまでもなく、答えは分かっていた。


 夏休みと地域最大の行事である夏祭りが目前にまで迫っているからだ。

 一年の中で一番の大型イベントが近づいているから、ここまで学生達が浮かれているのだ。


 それは俺の周りでも例外はなく、どこに行こうと話題は同じだった。

 夏休みの旅行の計画、彼女と夏祭りに行く約束。


 未だ恋人のいない生徒達は、この期間までには作りたいと拳を固く握りしめ同様の友人と肩を組んで熱演していた。


 悪いが、そう決意していても出来ないものは出来ないぞ……

 きっと、夏休みが終わったら冬休み、修学旅行、バレンタイン、文化祭などの大きな行事ごとになると似たようなことを言うのが関の山だ。


 言葉にして行動に移さない。

 典型的な現代学生のパターンな気がする。


 クラスでも、家でも、生徒会でも。

 話題にも飽き飽きとし始めたある日、放課後の生徒会活動でとある仕事が入った。


「今週末、休日を返上してのプール清掃がある」


 会議が開始されて早々に、会長が役員に告げた。

 大きく口を広げ零れそうになった欠伸が、そのまま溜息に変わる。


 会長の言葉を聞いた瞬間は、疑問符が浮かぶだけで何を言っているのか理解に苦しんだ。

 休日に何故生徒会がプール清掃などするのだろうか。


 水泳部が使用している屋内のプールがあるというのに。

 それに、男子生徒は関係のない話……と言うと語弊があるかもしれないが男子生徒は授業で水泳の授業は無い。


 女子生徒だけだが体育の授業の選択科目の中に水泳があるのだ。

 だからこそ、俺には無関係だと思っていたから会長の言葉の意味を理解していなかった。


 夏に突入したこの時期に授業の準備としてプール清掃があるのは当然の事。

 清掃関連は業者が行うものだろうと考えから除いていたのだが。


 まさか、生徒会が行う仕事だとは……

 俺意外の役員全員が承知の話だというのに気が付いたのは、会長からの冷たい視線が向けられてからだった。


「まさかだとは思うが……先週の話を聞いていないとは言わないだろうな真良」


「……」


 沈黙は会長の言葉通りを意味していた。

 おかしいな。


 俺の記憶では、先週の生徒会の活動では夏のイベントごとについての話だけだった気がしたのだが。

 あれか、綺羅坂に強制的に温泉に連行された次の日だったからボーっとしていたのかもしれない。

 

 つまり、俺の集中不足であって俺の落ち度である。


「仕方がない、もう一度説明をするとしよう」


「お願いします」


 素直に一言、謝罪の言葉を述べてから再説明に耳を傾ける。

 他の役員たちも承知の上だろうが、真剣に話を聞いていた。



「我が校では毎年、女子生徒を対象に水泳の授業が行われている。例年通りなら何も問題は無かったのだが今年はプールの改修工事が行われているのは知っているだろう?」


「今日も午後から業者が校内に入ってましたね」


 小泉がおそらく業者の校内への入室記録を確認しつつ言った。

 確かにここ数日は作業着を着た人とすれ違うことがあった。



「だから、今年は屋外のプールを使用することに決まったのだが清掃は生徒会が引き受けることになった」


「……なんて面倒な役回りだ」


 一体、誰が引き受けてきたのだろうか。

 会長は頼まれれば拒むことはないだろうが、普段から多くの仕事を抱えている。


 今回の仕事もその一部だったのかもしれないが、仮に急遽頼まれた仕事なのだとしたら、頼んだ教師に一言文句を言ってやりたいものだ。



「人手は多いに越したことはない、皆も友人に声を掛けて人手を集めてくれると助かる」


「そうですね……屋外のプールの方が広い分人手も必要になるわ」


 三浦が屋外プールの全体図を取り出すと、細かに清掃する順番を色分けで書いていく。

 ざっと見積もっても生徒会以外で五、六人は手助けが無いと一日では終わりそうもない。


 役員の各々が友人にでも声掛けをして人を集めるのだろう。

 残念ながら俺には期待をしないでいただきたい。


 なにせ、声を掛ける人数が群を抜いて少ない。

 そして中には、絶対に断るだろう人物もいるのだから期待を持たれる方が申し訳なくなる。


 なんて考えていると会長がこちらに目を向けて告げた。


「真良も神崎や怜を誘うといい」


「……誰があの暴れ馬たちを制御するんですか」


 俺の中で声を掛けられる数少ない人物、その中に二人の名前を出して会長は笑って見せた。

 確かに雫も綺羅坂も誘うことは出来る。


 雫に至っては確実とも言えるレベルで手伝ってくれるだろう。

 だが、その場に綺羅坂も含むとなると話は別になる。


 彼女達が何事もなく終わるとは到底思えない。

 誰かが仲裁役で間に入らなくては、清掃の場全体が張り詰めた雰囲気に包まれてしまう。


 俺の問いに会長は当然とばかりに答えた。


「無論、真良の仕事の範疇だ」


 ……ですよね。

 会長が二人の名前を出した瞬間に、どこか面倒な気がしていた。


 だが、会長が次に発した言葉は、少なくとも俺は考えていない人選だった。


「それに大丈夫なら妹さんも呼ぶのも選択肢としてはあるのでないか?」


「楓を?」


 今週の土曜なら、楓も暇だと言っていた気がする。

 普通ならここで楓に確認して、承諾すればお手伝いの一人として参加してもらうのだが……。


 それは問題が過剰にあるのではないだろうか。

 俺の目の前には楓を女神と崇拝している後輩がいるのだが。


 見るからに瞳を輝かせて大きく頷き賛同している火野君は、期待の眼差しを向けてきた。


 こいつに楓を会わせるのは正直反対だ。

 写真の一件もあるが、何を言い出すのか予想できたものではない。


 それこそ、綺羅坂以上に面倒な言動や行動をする可能性もある。

 会長の提案に賛同しかねていると、会長は会議を進行していく。


「各自、前日の金曜日までに手伝ってくれる生徒がいる場合は知らせてくれ。今日は早いが解散とする」


 会議もあったものではない。

 確認事項しかしていないのだが、今日の生徒会は終了となった。


 最後に会長が「妹さんに声を掛けてみてくれ」と言い残して退室していった生徒会室には、俺と火野君だけが残った。


「お願いしますお兄さん!」


「誰がお兄さんだコラ」


 俺の妹は嫁には出さん。

 せめて、俺が自立できるまでは面倒を見てもらうと小学生あたりからの自分勝手な将来設計があるんだ。



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