第十六章 理解と恋心8
人気のない細道に人影が三つ伸びていた。
とても場所には不似合いの容姿をした三人は、向かい合う形で立っている。
「あまり良い趣味とは言えないわね……人が外出している後ろを追って歩くだなんて」
「私も申し訳ないと感じています。ですが、私なりにも今日は見ておきたかったもので」
言葉に感情など感じさせないトーンで二人は言葉を交わす。
一人、その横で居心地の悪そうに立っていたのは他でもない荻原優斗だった。
彼らにしては地味な服装で身を包んでいるが、如何せん容姿が周りよりも飛びぬけて整っているため、嫌でも視線を集めた。
それでも普段よりか幾分マシな方だったが、湊に見つかるのではないかと内心何度も冷や汗をかいていた。
女性二人が向き合う状況は、優斗にとっても何度か経験した場面ではあるが、それでも胃がキリキリと痛むような錯覚に陥る。
それも、二人の冷ややかな視線と雰囲気が影響しているのだろう。
「今日は楽しそうでしたね」
「ええ、真良君のおかげで退屈な休日にならずに済んだわ」
挑発にも似た微笑を綺羅坂は浮かべる。
だが、雫は今日はそんな綺羅坂の対応に反応することはない。
彼女も二人が何故休日に二人きりで出掛けていたのか、理由くらいは察していた。
それは優斗も同じだ。
彼も事前に湊には後ろから付いて回ることを話していた。
バレて嫌な顔をされるのも、無断で尾行の真似をすることも悪いと思ったからだ。
「あなたも彼女を止めないで一緒に同行するとは少し意外だったけれど」
横目で優斗に視線を向けて綺羅坂は言った。
優斗は苦笑交じりで言葉を返す。
「二人の後を追っていたのは本当にすまないと思っているよ……でも、俺も今日については気になったのも事実だし……それでも神崎さんを一人で行かせるわけにもいかなくてね」
「そう」
綺羅坂は相変わらず優斗に対しては冷たく、興味もないといった様子で短く返事をする。
一瞬だけ優斗に向けていた視線を雫の方へ戻す。
沈黙が続き、静かな空間が広がる。
最初にその沈黙を破ったのは綺羅坂だった。
「前に荻原君には言ったことがあるけれど、私は気に入ったものは誰にも触れられたくないの」
髪を払い腕を組むと、綺羅坂は言った。
綺羅坂の声には、少し前までの挑発染みた声など微塵も感じさせない。
本心で、ただ素直に自分の内心を言葉にしていた。
しかし、この状況で、今日の一日の行動や言動を知っている彼らには他の意味にも取れた。
気に入った物……つまりは堂々と真良湊は自分のものだと主張しているかのように。
さらに視線を鋭く強い眼光で綺羅坂を睨みつけるかのように見据えていた雫は、静かに言葉を紡いだ。
「私も大切な人を奪われるのを黙って見ているほど、大人しくはありませんので」
腕を前で組んでいたのを解き、雫も長い髪を少し鬱陶しそうに後ろへ払う。
ずいっと一歩二人は距離を詰めると、鼻が付いてしまうのではないかという近距離で視線を交差させる。
互いの胸部が押し合いをしているが、まるで気にしない様子で二人はただ目の前に立つ女性と視線で言葉を交わす。
「前の神崎さんの告白が周りへの牽制も含んでいるのだとしたら、今回の私の言葉も一種の挑戦状と受け取ってもらって構わないわ」
「ええ、そのつもりです」
漫画なら、二人の背景からは『ゴゴゴゴゴッ!』なんて黒いオーラとかが出ていそうな場面。
そんな場面に不幸にも遭遇してしまった優斗は、友人への同情を含めた言葉を呟いた。
「湊も……大変な人達に気に入られたものだな」
本人がいない場所で、さらに彼を取り巻く環境が複雑になっていることに、もちろんのことだが彼自身気が付くことはなかった。
これは、彼がいない場所で起きた話なのだから。
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