第十六章 理解と恋心7


「違うわ……真良湊という人はそんなつまらない答えを出す人じゃない」


 ハッキリと、綺羅坂は告げた。

 まるで、他人を見ているかのような鋭く冷たい視線。

 

 俺に向けられた瞳には、そう感じさせるほどの鋭さがあった。


「私や神崎さん……それに荻原君が知るあなたは少なくとも自分には正直である人よ」


「……今だって正直な言葉を言っているつもりだけどな」


 間違ったことを言ったつもりはない。

 考えに考え抜いた結果、出たのが先ほどまでの言葉であって嘘を言ったつもりはない。


 しかし、綺羅坂は尚も首を横に振った。


「一意見としては私も納得する部分があるわ。けれど私達の知っているあなたの言葉とは思えない……私が気に入ったあなたの言葉とは思えない」


 少しだけ寂しそうに綺羅坂はこちらを見ていた。

 彼女の瞳には、いつ頃の俺の姿と見比べているのだろうか。


 変わった自覚がないだけで、俺も少しづつ変化していたのだろうか。

 彼女や雫、優斗が望まない方向性に変わっていってしまったのだろうか。


「あの頃の真良君は、私たちに群がる生徒達を見ても『全員が同じ考えな訳ないだろうが……少なくとも俺は周りに流されるような人気は信じてないけどな』って言ってみせるような人だったはずよ……今のあなたが同じ言葉を言えるような人には思えないわ」


 そんなことを言っていたのか……。

 だが、前までの俺なら確かに言いそうな言葉ではある。


 

 皆が思う俺とはどんな人間だったか。

 

 いや、皆ではない、俺自身が考える真良湊とはどんな人物だったのか。 

 やる気がなく、周りを他人事のように観察している。

 

 どこか退屈そうにして、自分の考えを曲げないで少し捻くれている……そんな性格だろうか。


 おいおい、どんな面倒な奴だそいつは。

 絶対に俺は友達になれない気がする。


 まあ、自分の事なんだが……。

 けれど、彼女の言う通り今の俺からは想像できないかもしれない言葉だ。


 湊シンキングタイムをしている隣で綺羅坂は口を挟まず静かにしていた。


 人混みを避けるように商店街の大通りを二人肩を並べて歩く。

 視線が隣の綺羅坂に集まっているが、慣れたものと気にせず歩いていると綺羅坂は言葉を続けた。



「最近、真良君が珍しく悩んでいるのはなんとなくだけど分かっていたの。それは神崎さんの告白や荻原君との関係、それに少なからず私も絡んでいるのは知っているわ」


「珍しくとか言うな……」


 さりげなく、この子は棘を刺さないと気が済まないらしい。

 つい口を挟んでしまったことを、綺羅坂は視線で注意するかのように目を細めた。


「……正直に言わせてもらうけれど、そんなのくだらない悩みよ」


 人の悩みをくだらないと一蹴するあたり、彼女らしい。

 理由について問いかけるか迷ったが、次の瞬間には必要のないことだと分かった。


「そもそも周りに友達が荻原君くらいしかいないのに何を気にする必要があるのかしら?」


 ……純粋な疑問か、それとも彼女なりのフォローか……

 絶対に前者だろう。


 綺羅坂は本心から言っている。

 友達なんていないのだから、これまでの俺でいいのだと本心で言っているのだ。


 確かに、この短い期間で周りの環境は大きく変化した。

 進級に伴いクラスが変わり、生徒会に加入して、学年でも有名な生徒と普段から接するようになった。


 唯一の友人と言える優斗が失恋をして、幼馴染の雫に想いを告げられた。

 今、俺の目の前にいる綺羅坂には特別だと言われ……正直、経験したことのない日常に浮かれていたのかもしれない。


 それ故に、マイナスな考えばかりが浮かんだのだ。

 経験したことがないから、自分がどう対応すればいいのか分からいからこそみっともない行動や思考をしていた。


 確かに周りには変化はあった。

 どう対応すればいいのか分からないことが多くなった。

 でも、何かが減ったわけではない。


 言葉にして相手が何を考えていたのかを知っただけで、接する相手自体が変わったわけでもないのだ。

 なら、綺羅坂の言う通り、真良湊という人間が無理に変わる必要性はないのではないか。


 前までの俺を知って、それでも親しくしてくれていた人しか周りにいないのだから。



 見方によってはこれは勝手な解釈だ。

 自分勝手な考え方で、自分は変わらないと言っているに過ぎない。


 でも、言わせてもらおう。

 なんで俺が周りに合わせて変わらないといけないんだと。


 以前までの俺ならそう言っていたはずだ。

 周りからの好感度を欲しくて生きているのではない。


 人気が、友達が、恋人が、人望が欲しいわけでもない。

 俺はただ普通に過ごしていたいだけだ。


 何も特別なものを持って生まれなかったからこそ、平凡だからこそ平穏に過ごしていきたいだけだ。

 問題が起きてものらりくらいと躱して、何食わぬ顔でいればいいのだ。


 その上で、雫の想いや綺羅坂の言葉に自分なりの回答を出せればいいではないか。





「はぁ……」


 深く息を吐き空を仰ぐ。

 晴れでもなく曇りでもなく、中途半端な空模様だった。


「何か答えでも出たのかしら?」


 隣で様子を見計らって声を掛けてきた綺羅坂は、初めて会った時と同様に謎めいた笑みでこちらを見ていた。

 何故だろう……全て彼女の計算通りに動かされている気がする。


「答えも何も、最初から問題なんて無かったってことだろ……」


「あら、そうだったかしら?」


 あからさまにとぼけて見せた綺羅坂は、すぐに視線を前に向けた。

 満足そうな表情で、先ほどよりも軽やかな足取りで。


 一歩遅れて、彼女についていく形で後を歩いていると綺羅坂は呟いた。


「少しだけ不安だったのよ……確かに今日は私自身、気持ちの確認がしたかった。けれど、それで真良君が変わってしまったらどうするのだろうって」


 彼女の言葉を聞いてふと思った。

 数分前までの俺なら簡単に変わってしまった可能性もあると。


 だが、一度自分で答えを出してしまえばどうってことない。

 一度決めてしまうと、意地でも変えたくなくなるのが湊君の良いところ。


 天邪鬼だとも言える。

 

「でもよかった、もうあなたの中で答えが出たみたいで」


「…………」


 そう言って振り返った綺羅坂は、とても綺麗な表情をしていた。

 雲の間から差し込んだ光が綺羅坂を照らして、スポットライトでも当てられているみたいに輝いて見えた。


 

 でも、それは一瞬の出来事ですぐに陽の光は隠れてしまう。

 そして残ったのはニヤリと悪い笑みを浮かべた綺羅坂だった。


「では、来週もデートをしましょうね」


「嫌に決まってんだろ……二週連続で休日出勤とかブラックすぎるだろうが」


 最近は多いからね、労働基準を無視している会社が。

 無論、二週に渡り休日を返上する気は微塵もない。


 


 商店街を抜ける間際、魚屋のおっちゃんと少しだけ会話をすると今日の予定は完全に終了した。

 からかう様なおっちゃんの態度が少々イラっと来たので、明日は向かいにあるスーパーで魚介を買ってやろうと決意した。


 住宅街に差し掛かり、本来であればもう少し先で綺羅坂と別れるはずだが、彼女は足を止めた。


「私は今日はここで良いわ」


「迎えでも来るのか?」


「まあ、そんなところよ」


 綺羅坂は俺の問いに濁すように答えると、踵を返して歩き始めた。

 しかし、少しだけ進んだところでくるりと反転して戻ってくる。


「そういえば真良君にプレゼントがあるのを忘れていたわ」


「……なんだか嫌な予感がするからいらん」


 いや、だって綺羅坂の表情を見て、何かを察してしまった。

 あれは、悪いことを企んでいるときの彼女の表情だ。


 近づく綺羅坂から逃げるように数歩下がるが、気が付くと一瞬で腕を掴まれ引き寄せられる。


「―――」


「なっ―――」


 ふわりと甘い香りがする。

 頭を綺羅坂の両腕で抱きかかえられるように固定されて、俺の顔は彼女の胸元に埋まっていた。


 突然のことで体を硬直させていたが、すぐに何をされているのか気が付いて距離を取る。

 目の前で少し離れた綺羅坂は、ニヤリと笑みを浮かべていた。


「これは今日のデート代よ……でも、やっぱり私の気持ちは間違ってなかったみたい」


「……な、何言ってんだ?……それより―――」


「じゃあ、今度こそさようなら、楽しかったわ」


 何と言えばいいのか、混乱している頭で考える。

 だが、その前に綺羅坂は最後に何か呟いて本当に去っていった。


 途端に静寂に包まれる。


「なんて奴だ……」


 変な汗で上昇した体温を手で仰ぎ冷ます。

 何かしらやるとは思っていたが、予想外だ。


 やはり、綺羅坂怜の行動を予想することは俺には出来そうにない。




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