第十六章 理解と恋心3


 元々、口数の少ない俺と綺羅坂が二人きりの状況になれば、おのずと会話という会話をせずに歩いているのは明白だ。

 小学校を後にしてから次の目的地まで、静かな状況が続く。


 何かを言わなければという焦燥感なんてものは無いが、彼女には聞いておかなくてはならないことがある。

 綺羅坂はデートと言っていたが、俺をここに呼び出した理由についてだ。


 これを聞かないことには、休日を返上してまで赴いた意味がなくなってしまう。

 タイミングと場所は見計らい、人通りが少なくなった通りに差し掛かったところで話を切り出した。


「そろそろ聞いても良いか?……今日の本題について」


「あら?私と真良君がデートをするという以上の本題があるのかしら?」


「デートかどうかなんてものは別に気にしてない……二人きりの状況を作ってまで綺羅坂が確認したかったの何なのか俺は聞きたい」


 デートだろうが、買い物だろうが、それが荷物持ちだろうが俺にはどうでもいい。

 形や呼び方なんて、些細な問題に過ぎない。

 本人の気持ち次第で、それはどうとでも変化するものだから。


 綺羅坂がこれをデートだと言えば彼女にとってはデートなのであり、俺がただの買い物だと言えば俺にとっては買い物になる。

 お互いに共通の認識でいることが当然だと、そもそも考えること自体が間違っているのだ。


 

 だが、綺羅坂は前提として「確認をしたいことが有る」……そう言っていた。

 なら、ランチを食べた日の会話から推測するのであれば、彼女が俺に抱いていた特別な感情について、自分自身の答えを見出さそうとしているのではないだろうか。


 これまでの人生で考えたことも感じたこともない気持ちを、正しいのか見極めたいというのが彼女が今日のデートの本質と考えている問題なのではないだろうか。

 


 俺の問いに、綺羅坂は別段驚いたりすることもなく、静かに前だけを見ている。

 歩みに変化はない。

 

 彼女自身、俺がこの質問を投げかけることは予想していたことなのだろう。

 予想していたうえで、言葉を返した。


「もし、私が何を考えているのかを分かっていて質問をしているのだとしたら、本当に真良君は心配性なのね」


「……俺は相手の言葉で聞いておかないと気になる体質でね」


 俺が考えて出すのはあくまで推測の枠であり、彼女の答えではない。

 勝手な思い込みで物事を進めて、間違っていたと後になって後悔するくらいなら、どう思われても最初から答えを聞いた方がまだマシだ。


 綺羅坂は淡々と語る。

 感情など一切感じさせることなく、教科書の文章でも読み上げるように。


「安心して頂戴……真良君が思っている通りで私があなたに抱いている感情が何なのか、それを確認したいの」



「……」


 そう言って彼女は道端に咲いていた一輪の小さな花を優しく撫でると、どこか寂し気な瞳で呟くように言葉を続ける。


「昨日までニコニコ接してきた女子生徒が次の日には私を敵視していたこともある、嫌いだと周りに常々話していた男子生徒が翌月に告白をしてきたこともあった……人の感情ほど信頼出来ないものは無いわ」


 綺羅坂の言葉には、俺自身頷ける部分があった。

 人の感情を信用をしていない、確かに俺も同様の考えを持っている。


 人間の感情に絶対の信頼など持ってはいけない。

 不変のものだと思ってはいけない。


 日々更新され続けるものなのだから、明日も同じはずがない。


 俺は綺羅坂のような状況を体験したことがないけれど、その光景は嫌というほど近くで見てきた。

 神崎雫が、荻原優斗がそれによって人間関係に苦労している姿を何度も見てきた。



 運命の相手だと教室で自慢げに話していたカップルが、実際には運命の相手などではなくただの気の合う同級生なだけで数か月後には別れていた……なんて人を見てきた。

 十年と少しの短い人生の中で、これだけ変化をしていく人間の感情を信用することなんて俺には出来ない。


 

 だから綺羅坂は、俺以上に信用などしていないのだろう。


「でも、そんなことを言っている私がまさかこんな気持ちになるなんて」

 


 不思議と綺羅坂は楽し気に微笑んだ。

 少しだけ、ほんの少しだけだが安堵した。


 意味はどうであれ、彼女に特別な感情を抱かれた本人として、綺羅坂にとってマイナスになるような影響を与えていないことに。

 

「真良君は私には特別だし、人として好きなのだと思う……けれど恋愛感情なのか友人としての好意なのかまだ分かりかねているのよ……だから、今日のデートでそれをハッキリとさせたいの」


 下手に誤魔化していないまっすぐな言葉が、いかにも綺羅坂らしい。

 だが、彼女もまたこの高校生という青春時代を過ごす一人の人間だという事を痛感させられた瞬間でもあった。


  

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