第十六章 理解と恋心2
真良湊コース
綺羅坂が言った今日のデートに関するスケジュールだ。
なんて安っぽいコース名なのだろうか。
あの手のツアーなどは偉業を成した人物を振り返ることが出来るから楽しいのであって、たかが男子高校生の人生を振り返ったところで見えてくるのは黒歴史だけだ。
指ぬきグローブにロングコート羽織って『闇が近い!』とか言っている見るに堪えない生き物を再び呼び起こすくらいだ。
……俺の事ではない。
隣の一つ年上の男の子の話だ。
ともかく、思い当たる場所も楽しみも見出せないスケジュールだが、それでも回ると言うのなら外せない場所は一つある。
そう、自宅である。
つまり、間接的に今日のデートは即時解散が正解で、俺はこのまま身を返して家に帰って良いとまで言われている可能性がある。
なんだ、ただの小話で終わりなら電話でもいいのに。
お茶目なんだから!……なんてわけがないか。
冗談も程々に出発した俺と綺羅坂だが、離れたはずの距離感がグッと近づいている。
近づいているよりか、くっ付いているほうが正しい。
何度も振りほどいたはずの綺羅坂の腕が、するりと腕に組まれている。
俺の回避スキルを持ってしてもピタリと組まれる腕に、最後は諦めに近い状況で許しを出した。
暑くて、距離が近いので動きずらい。
片腕が拘束されるだけでここまで動きづらいとか、街中で腕組んで歩いているカップルは最強では?
人混みでそもそも動ける範囲が狭いのに、自らさらに行動範囲を狭めるとか無謀すぎるにもほどがある。
なんて、カップルへの尊敬に似た感情を抱いていると、周りからチラチラと目を向けられていることに気が付く。
綺羅坂と腕を組んでいる上で、更なる問題なのは周りからの視線が冷めたものに変わるのを嫌でも感じてしまう点と、肘関節辺りに女性特有の柔らかな感触が広がることで思考を阻害されることだ。
なんて凶悪な生き物なんだ女とは。
帰ったら楓にもしっかり教育してあげないといけない。
こんな小悪魔に楓が育ってしまったらお兄ちゃんが悲しい。
「で……真良湊コースってのはどんなコースなんだ?」
住宅街を抜け、大きな国道がある道路に差し掛かる手前で綺羅坂に問いかけた。
俺の短い人生を振り返っても、特段面白い場所など思い浮かばない。
自宅に図書館、商店街に公園。
一人で過ごすか楓や雫といるか、最近の記憶だと優斗と遊んでいたことはあるけれど、まあそのくらいなものだ。
未だ謎に満ちた彼女の発言だが、返ってきたのは曖昧な解答だった。
「相手を理解する上で正確なのは成長過程を知ることだと私は思うの。つまりは思い出の場所を回るって事ね」
「……それで真良湊コースってことか、悪いが期待はしないほうがいいぞ」
ご期待には沿えない可能性のほうが高そうだ。
何やらスマホで地図を見ていた綺羅坂は、目線を俺の顔に向けると簡潔に第一の行き先を伝えた。
「真良君の通っていた小学校に行くわよ」
「……なんで小学校なんだよ」
本当に成長過程を知りたいのね、あなたは。
俺が通っていた小学校は、確かに住宅街を抜けてすぐ目の前にある国道を渡り少し歩いた場所にある。
小学校の隣には、野菜や食料品に加えて地元の和菓子屋が作ったお菓子などが売られている小さな建物もあるが小さくて楽しい場所ではない。
卒業してからはほとんど足を運んだことがない場所だけに、懐かしいという感覚はあるが休日に来たいとは思わない。
しかし、綺羅坂はそれを伝えても頑なに目的地を変更することはなかった。
結局、小学校へ到着したのだが、校門の前で暫し外見を眺めていた。
会話もなく、ごく普通の小学校だが綺羅坂は興味深そうに見回していた。
校門をくぐり、久方ぶりの小学校を一通り見回してみる。
若干、俺達が通っていた頃よりかは、遊具の数が減っている気がするが校舎自体に変わりはない。
最後にここへ来たのは、たぶん楓の卒業式の時になる……
今から約五年近くも前の話だ。
それだけの年数が経過していれば、当然だが懐かしいと感じるよな……なんて思っていると綺羅坂が見物を終えて話しかけてきた。
「真良君は小学校で思い出はあるの?」
「思い出か……特に無いな」
即答でだった。
小学校で思い出に残ることなんて皆無と言ってもいい。
住んでいる地域が同じというだけで集められた小学校で、貴重な思い出を作ること自体が俺には難しかったのかもしれない。
それくらい、幼い頃から捻くれた性格をしていたと、改めて考えみても思ってしまうのだから相当なものだ。
昔の記憶を辿ったところで、どうしても出てくるのは楓と雫の記憶ばかり。
小学校は、年数だけで比べるのなら一番長い年数を同じ学校に通っているはずなのに先ほどの二人しか浮かばない。
仮定の話だが、優斗が中学ではなく小学校で出会っていたのなら、少しは変わっていたのかもしれないが……
学校では何事もなく一日を終え、帰ってから雫と楓に連れられて近くの公園や互いの家で遊ぶ。
夕方頃に家へ帰ると母さんから、しつこいと感じるほどに甘やかされて、そして寝る。
ルーティーンのように同じ生活を繰り返していた。
「小学校なんて大したことしてないからな」
「小学校”でも”大したことしてないの間違いではなくて?」
ニヤリと微笑を浮かべて綺羅坂が指摘する。
そうだよ、悪いか。
痛いところをつかれ、目を細めて彼女に視線を合わす。
その反応にクスクスと笑うと、綺羅坂は校庭を歩く。
「ここに真良君が通っていたのね……そう思うと大切な場所に感じてくるのは気のせいかしら?」
「気のせいだ」
そもそも、君はこの小学校出身じゃないからね?
気のせいだと思うのは間違ってないよ?
遊具、体育館、プール、少し離れたところにある第二校庭。
見るものを見終えたが、感傷に浸るほどでもない。
何もこの学校ではしていないのだから。
既に記憶の片隅で消えかけている同級生の顔と名前も、小学校を見たくらいでは浮かんでこない。
それくらいに思い出の薄い生活だった。
「……満足か?」
「本当は真良君がいた教室とかも見てみたいけど仕方ないわね、次に行きましょう」
ゆっくりと少し後ろを歩いていた綺羅坂に聞くと、彼女はそう言った。
何枚か写真を撮っていた綺羅坂は、カメラをこちらに向けて最後に一枚だけ写真を撮影する。
「これは記念なの、写真を撮られたくらいで嫌がらないでね?」
「別に構わないけど……需要がなさそうだ」
地味な学校に地味な男。
大丈夫かよ、今はSNS映えなんて気にする時代だぞ。
「なんでこんな場所を回るんだ?」
次なる目的地に歩いて向かうまでの間、綺羅坂に今回の真意を問うた。
歩く方向とその前に小学校を訪れたことで、次の場所にも大方見当が付いているが、その理由が分からない。
デートというなら、電車で街中に行った方が遊べる場所はある。
映画なり、ゲームセンターなり、ショッピングなり……
選択の幅は広がるが、地元にいるのでは何もできない。
彼女が望んでこのデートプランを組んだことを不思議に思っていると、彼女は答えてくれた。
「デートは何も娯楽施設で遊ぶことだけがデートだとは言わないでしょ?」
「確かにな……でもこんな田舎を回って楽しいか?」
「楽しいわ、真良君の知らなかったことを少しでも知ることが出来るのだもの。それも本人付きで」
まっすぐ前を向いたまま、問いに答えた綺羅坂はすごく自然な表情で話す。
少なくとも嘘はついていないと思った。
ただ感じるのは、俺の知っているデートとは程遠いということだ。
デートなどしたことがないので、この知識は小説やテレビで見ただけの知識なのだが。
だが、想像通りの一日にはならない、それだけはハッキリとしている。
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