第十六章 理解と恋心

第十六章 理解と恋心1


 デートとは何か。

 男子高校生において重要なイベントであり、永遠のテーマになることは間違いない。


 特に、彼女がいない高校生時代を過ごしている学生からしたら、最重要なイベントと言っても過言ではないだろう。


 オシャレをして、無駄に気合いを入れて髪型を整え、学生の限りある経済状況の中でさえもカッコよく頼りがいのある姿を見せたいという自己満足のために食事を奢ったり、プレゼントをしたりと無駄にお金のかかるイベントだ。

 むしろ、お金しか使わないのでは?なんて考えすら浮かんでくるイベントだ。


 つまり、俺の思考で導き出される答えがあるとすれば、家で一人ゲームや読書をしているほうが、金銭的にも精神的にも安全で安心の選択なのではないだろうか。

 

 と、家を出る直前に俺が楓にボヤいた言葉だった。


「もう、兄さんは出かける直前になるとそうやってあれこれ言うんですから……諦めも肝心ですよ?」


「諦めは肝心だが、時には必要でもある……」


 ソファの上で頑(かたく)なに動こうとしない俺を、楓が無理やり立たせる。


 どうしてだろうか。

 前日や前々日までは、自分でも諦めてのらりくらりとやり過ごそうと思っていたはずなのだが、こうして家を出る直前になると足が鉛のように重くなる。


 体が拒否反応でも起こしているようだ。


 しかし、約束はした以上は行かなくてはならない。


 玄関で靴紐(くつひも)を結びながら、妹の楓相手に意味のない言葉を交わす。

 現在の時刻は土曜の九時三十分。


 集合時間は午前十時となっている。

 早くもなく、遅くもない絶妙な時間で待ち合わせをしたのだが、その場所が何とも言えない場所だった。


 その場所とは、デートの定番とは程遠い住宅街の交差点。

 普段、学生が通学の際によく待ち合わせをしている場所だ。


 綺羅坂宅と真良宅とでは、この交差点がちょうど分岐点となる。

 普段の待ち合わせならベストな選択なのだが、今回の内容にはいかがなものかと思ってしまう自分がいる。


 本来であれば、エスコートするのは男性の役割なのかもしれないが、今回は発案者は綺羅坂であり尚且つ全て任せて欲しいと言われたので、お言葉に甘えて一任していた。



「では、知らない女性に声を掛けられても付いていかないように。それから晩御飯は家で食べる約束ですので必ず暗くなる前には帰ること……良いですね?」


「俺はお前の子供か……」


 まるで、過保護の母親のように注意事項をスラスラと述べる楓に、半ば呆れるように頷いて答える。

 俺が夜まで遊び惚(ほう)けるタイプでないのは妹が一番知っているだろうに。


 小さな斜め掛けのリュックを手渡し、見送る楓の頭をやんわりと一撫でしてから戸を開けた。

 快晴とまではいかないが、天候に問題はなさそうな空模様をしていた。


「じゃあ、行ってくる」


「行ってらっしゃい兄さん」


 まるで新婚夫婦の出勤風景だが、兄弟である。

 間違ってはいけない。



 

 外に出ると、少しだけ肌寒い風が吹く。

 夏が近いと言っても、気温はまだ不安定な日が続いている。


 数日に一日程度は今日のように適度な気温になる日がある。

 むしろ、シャツだけでは肌寒く感じるくらいだ。

 

 夏よりは冬派、春よりは秋派の俺には最適な気温に感じる。

 外出する日が涼しいのは、不幸中の幸いだろう。 


 家を出て数秒しか歩いていないが、目線を少しだけ上げる。

 目線の先には幼馴染の雫が住む神崎家がある。


 二階の窓側、雫の部屋にあたる場所は完全にカーテンで閉められていた。

 出掛ける時には雫が必ず閉めているので、既に彼女は家を出ているのだろう。


 優斗の話では、尾行にならない尾行をするらしい。

 もう俺が歩いている姿をどこかの物陰から監視しているのだろうか。


 辺りを何度か見回すが、不審な人影はない。

 探したところで、見当たるとも思っていないが念のためだ。



 しかし、毎回思うのだが都会の夏とはもっと暑いのだろうか。

 ビルが並び立つ映像をテレビ越しで見かけるたびに疑問に思う。


 過ごしやすいと言う点だけで考えるのであれば、都会よりか良い場所に生まれたのかもしれない。


 その分、大きな娯楽施設もなく人口も少ないので行事事も必然的に小さなものになるのだがな。

 でも、夏休みに行われる花火大会だけは、毎年見物客が多く集まる。


 そのイベントを知らせる広告が、既に住宅街の電柱には貼りだされていた。

 むしろ、それくらいしか貼られていない。



「花火か……あと少しで夏休みもあるからな」


 広告の下に書かれた日時を見て、そう呟いた。


 少しと言っても一か月近くはある。

 だが、言い方を変えればあと一か月もない。


 既に一年の半分以上が終了していることを再確認しながら歩いていると、綺羅坂と待ち合わせをしている交差点に到着した。



 平日なら、通勤通学の人で少しは人通りが多い場所も休日となれば人影は少ない。

 その中から、一際周りからの視線を集める女性を見つけるのは簡単な作業だった。


 一目で分かる。

 彼女だけは明らかに周りとは違う雰囲気を醸(かも)し出している。


 彼女のもとに近づくと、こちらに気が付いた綺羅坂が歩み寄ってきた。


「おはよう真良君、待ち合わせ時間に余裕を持ってくるのは良い心掛けだわ」


「お前は何分前からここにいたんだよ……まあ、なんだ、おはよう」


 なんて恥ずかしい会話なのだろうか。

 おはようと挨拶するだけのことなのに何故か歯切れの悪い挨拶となってしまった。


 慣れていない会話を異性とすることがここまで恥ずかしいとは……

 一度、綺羅坂から視線を外してメンタルリセット戦法で気持ちを立て直すと、今一度彼女の姿を確認する。


 デニムに少し濃い赤色のセーターを着た綺羅坂は、俺の視線に気が付いたのか自分の服装を確認して小首を傾げた。


「何か変かしら?」


「いや、なんというか意外に普通だなと思ってな」


 ジーパンにジャケットを羽織っただけの俺が言えたことではないが、彼女にしては普通の格好だというのが素直な感想だ。


「あなたと出掛けるのに、派手な服を着ても仕方がないでしょう?」


「……」


 すみませんね、出かける相手が俺で。

 つまり、俺でない相手なら本気の服装で来ていたということですか。


 仮にそうだとしたら、本気の服装の基準についてから問い詰めなければならない。

 最悪、そのまま反転して家に帰る可能性すら浮上する事態になりかねないぞ……


 なんて、考えている俺の心情を悟ってか、綺羅坂は微笑を浮かべると補足とばかりに話を続けた。


「服なんてただの飾りよ、私くらいになれば普段通りで平気なの」


「どれだけ自信過剰なんだこの女は……休日にドレスを着て俺の家に来た人のセリフとは思えない」


「あれは遊びよ、そんなことより行きましょう?時間は有限よ」


 お嬢様の遊びとは何て贅沢なんだ。

 一体、あのドレスがどれくらいの価格なのか問い詰めたくなる気持ちが沸き上がるが、聞いたところ経済力の差を痛感するだけ。


 隣で、いかにも自然に腕を組んできた綺羅坂を、慣れた動作で振りほどく。

 優秀な妹を持つがために磨き上げられた回避スキルは、そこら辺のリア充男子よりも高い。


 いくら気温が低いと言って近いし暑い……そして何より視線が痛い。


 そんなことを許す真良湊ではない。

 自然な距離を空けて、少し不満げな表情を見せた綺羅坂に声を掛ける。


「で、最初はどこに行くんだ?……言っておくが俺の財布は贅沢ができるほど潤ってないからな」


「デートというものを何だと思っているのかしら……まあいいわ、今日は真良湊コースを体験するから安心して頂戴」



 なんだ、そのコースは……

 尚の事心配になってきたではないか。


 意気揚々と、足取りも軽く鼻歌交じりで歩き始めた綺羅坂を見て、少しだけ彼女の言葉に寒気を感じた瞬間だった。


 

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