第十六章 理解と恋心4
理由は自分自身で察している。
俺は思っていたんだ……綺羅坂怜という女性が、どこか自分と同類なのではないかと。
しかし、その考え自体が違っただけであって、それ以外の理由はない。
彼女も……綺羅坂怜という女性も自分自身の感情に向き合っただけのことだ。
だけど、心のどこかで、彼女は違うものだと思っていた。
俺と綺羅坂が同じだとは逆立ちしても言わない、性格も容姿も能力も一つとして同じではないが、その考え方や感性は少しだけ俺に似ていたように感じていた。
仲間……なんて、青臭い言葉はあまり使いたくないが、同様の仲間意識に近い感情を持っていた。
だからこそ、綺羅坂は特定の人物に対して固執する人物ではないと……そう勝手に思い込んでいた。
そんな自分自身に嫌気がしているんだ。
勝手に彼女も俺と同じような人だと、自分の秤で見ていたことに。
退屈だと日頃から口にして、教室の隅で彼女はクラスメイト達を見ていた。
集団に属することなく、自分の考え方を強く貫いていた。
恋愛などそもそも興味がなく、どんな気持ちなのかさえ知る必要もないのだろう……なんて、自分の勝手な思い込みで彼女のことをそう評価していた。
実際には違う。
彼女は集団に属さず、常に冷静でクラスメイトを観察はしていた。
けれど、人に対する愛情や友情、好きという感情について知る努力をしていた。
それに比べて、俺はどうだろうか。
ただ周りと群れることを嫌い、雫からも言われた好きという言葉から目を逸らして日々を送っているのではないだろうか。
自分では普段通りに変わらず彼女と接しようと思っていたが、それは間違っていたのではないだろうか。
そんな自問自答を繰り返す。
綺羅坂が少し気恥しそうに視線を逸らすのを見ると、今度は俺が彼女に語り掛けた。
「綺羅坂の言う特別って感情が、俺にはどんな気持ちなのか分からない……思い違いなんじゃないかって考えているくらいだからな」
あの入学式の日、確かに俺は彼女に何かを言ったのかもしれない。
それが彼女にとっての大切な言葉だったのだとしても、それは真良湊だから言えたことではない。
ただ偶然その場所にいて、彼女が欲していた言葉を偶然口にしただけ。
偶然だが、それは必然だったと考えるときはあるが、偶然は本当に偶然であって、必然になりえない。
結果が出てからこそ言える、都合の良い言葉に過ぎない。
これは必然だから、既に決まっていた結果なのだから……そう思えば楽になれるから。
これは綺羅坂だけではない。
神崎雫や荻原優斗にも言えることなのだ。
たまたま家が向かいで同じ年であっただけ、中学で気楽に話せる相手であっただけであって真良湊だからという訳ではない。
真良湊だから、俺が特別だからなどと思い上がった考えは持つな……そう言い聞かせて生きてきた。
そうでも思わなければ、期待してしまうから。
こんな自分でも、彼らと同じなのではないかと……。
俺の言葉に、綺羅坂は一瞬目を見開いていたが、すぐに表情を戻す。
そして、微笑を浮かべて言った。
「それはどうしてかしら?」
純粋な問い。
いつものような他意を含んだような問いではない。
「……綺羅坂たちと不釣り合いな人間であることは俺が一番良く知っている」
場違い、能力の絶対的な差。
彼女たちといるときに常に感じる、なぜ俺はこの場所にいるのだろうかと。
それでも離れなかったのは、居心地が良かったからなのだろう。
無理して話をしなくても、作り笑いを浮かばなくてもいい。
本音で話をしたところで、誰も気にしないでくれていたからその優しさに甘えていたのだ。
でも、今の状況はそうではない。
この先は、甘えた考えでいられないのは明白だ。
人間関係は、日々更新されている。
優斗と雫が現在においてどこかぎこちない状況が続いているのも、綺羅坂が二人と不仲なのもこの先変化していくはずだ。
……いや、不仲に関しては変化がない可能性が高いかもしれない。
だが、俺も少なからず変わらなければならない。
考え方や立ち位置、何かしらの行動をしないといけない。
現に、綺羅坂は一つ、変わろうとしていた。
自分の気持ちに向き合って、それが何なのか知ろうとしている。
でも、俺は何をすればいいのか分からない。
三人が変わる切っ掛けとなった”好き”という感情が理解できない。
分からないが故に、何をすれば知ることが出来るのか分からない。
ただ、毎日を消化していくだけ。
そんな俺の言葉に、綺羅坂は僅かに声のトーンを下げて告げた。
「私の知っている真良湊は、そんなつまらないことを気にしない人のはずよ」
「……」
「周りなど我関せずで、いつまでも自分の気持ちに正直で、誰を相手でも同じように接する……そんな人だったはずよ」
綺羅坂の瞳には、俺はそんな立派な人間に見えているのか。
彼女の言葉に、何も言葉を返さずにいた。
向けられた鋭い視線が怖くて、言えないのでもない。
ただ、彼女の言った真良湊がどのような人物だったのか、思い出していた。
……あれ?
もしかして俺ってボッチなのでは?
冷静に考えなくても、思い返せば俺がボッチだという記憶しか出てこない。
これは重症ですね……なんて言葉が自然と浮かび苦笑を零す。
「人が人と関わるのに権利なんて無いわ……誰がそんな権利を作ったのかしら?周りが勝手に作った勝手な言い分よ、あなたはそんなことを気にしない人……そうでしょ?」
「……まあ、周りの考えにただ同調するだけなのは、俺らしくないかもな」
俺の返事に綺羅坂は頷いた。
先ほどまでの威圧感はない。
だが、先ほどまでの話はまだ終わっていない。
普段のような会話を心がけて綺羅坂に言った。
「あれだ……綺羅坂が俺を特別だと思っているのも、そもそも俺みたいな捻くれた奴が珍しいだけで、お前を特別扱いをしていなかったのも昔から高スペックな人間ばかり周りに集まってたからな……今更新しく一人加わったとしても大して変わらんだけだ」
普通に、綺羅坂が自分に対して過剰に気にしていた言葉を、実際にはそこまで気にしなくても大丈夫……そう素直に伝えれば何も問題は無いのだ。
けれど、俺の性格が……なによりこれまでの付き合い方がそれを邪魔する。
恥ずかしいと感じてしまう思春期特有の面倒なプライドってやつだ。
たかが男子高校生で、言ってしまえば子供である俺がこんな臭いセリフを言うことに抵抗があった。
こちらの心情を見越してか、綺羅坂はただ微笑んだまま言った。
「そうよ、でも私があなたに対してどんな感情を持っても私の自由でしょ?なら諦めなさい、私に目を付けられた時点で逃げられないのよ」
「……左様ですか」
クスクスと笑って見せた綺羅坂と、苦い顔して隣に立つ自分。
何を言っても彼女には勝てそうにない。
そもそも、勝てた覚えがない。
「さ、デートの続きをしましょう」
俺がどんなにマイナスな発言をしても、彼女はその頭の回転の速さから思いもよらない返し方をしてくるだろう。
暫しの舌戦が終わり、また静かな状況に戻る。
だが、心なしか綺羅坂の表情は先ほどよりも明るく見えた。
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