第十四章 想いと答え5


 彼女と出会ったのは入学式の日。

 それも、式が終わり自宅に帰る前の事だった。


「入学式なんて面倒なだけだし正直行くつもりはなかったの……休もうと思っていたわ」


 確かに、あの日は俺も休みたいと思っていた。

 入学式なんて、同級生がただ集まってこれから始める高校生活を実感するための行事だと考えている。


 だから、式自体に意味はなく、自由参加でもいいのではないか……なんて思いで新入生の列に並んでいたのを覚えている。

 そんな列に、彼女もまた同じ考えで並んでいたのだろう。



「中学から高校に、それはただ学び舎が変わるだけ、私にとってはそれだけのことで何かが変わると思っていないから……周りと仲良くするつもりも無いし本当にただ、それだけ」


 一呼吸置くように、少しの間を開けて綺羅坂は再び語り始めた。


「あの頃の私は、毎日が退屈でしょうがなかった……学校に来ること自体が面倒でつまらない日々を送っていたわ」


「それは、今もあまり変わらないんじゃないか?」


 常日頃、退屈だと口にしている彼女は、今もその気持ちに変わりはないのではないだろうか。

 俺の問いに、微笑を受けべ答えた。


「確かに根本的な感情は変わりないわ、けれど一つ明確な違いがあるわ」


「……それは?」


「あなたがいることよ」


 即答で、綺羅坂は言った。

 躊躇も、恥ずかしがることもなくそうハッキリと。


「私が学校に来ることに意味を見出すのだとしたら、それはあなたが同じクラスに、隣の席にいること……かしらね」


「……」


 分からない。

 彼女が何故、そこまで俺に特別な思いを持っているのか。


 未だはっきりとしない、彼女のその感情の意味を知るために次に発せられる言葉を待つ。


「と言っても、あなたには理由も分からないわよね、これは私の個人的な感情だもの」


 空を見上げていた彼女の視線は、隣の俺に向けられる。

 二人並んで座っていると言っても、ある程度の距離は離れている。


 そんな綺羅坂の視線と俺の視線が一瞬ぶつかった。


 でも、ほんの一瞬のことだ。

 彼女がどんな考えでこちらに目を向けているのか、その理由が気になり少しだけ視線を合わせるが、すぐに戻す。


 こんなにも素直に話す綺羅坂が珍しく、普段とどこか違うのかと思ったのだが、彼女の視線からは、表情からは普段通り何かを悟らせないような顔をしていたから。


「……あなたはやっぱり、特別なんて無いのね」


「……ん?」


 何のことだろうか。

 特別なものがない。


 いまいち、彼女の言葉が理解しがたく困惑していると、その理由を話し始めた。


「私は、私を特別扱いする人たちが嫌いだわ、綺羅坂の娘だから、天才だから、彼女なら出来て当然だ……そんな言葉をこの短い人生の中で何度も言われたわ」


 それは、俺には分からない感情だった。

 特別と言われて生きてきた彼女と、平凡だと言われて生きてきた俺。


 違いすぎる差に、俺が何か言葉をかけることがあるのだろうか、そう自問自答するだけだった。



「自分と他人との差に、そんな都合のいい言葉で片付ける人がとても嫌い」


 その一言には、彼女の負の感情が、強く込められている気がした。


 きっと、本当に心の底からそう思っているのだろう。

 俺には理解することは難しい。


 けれど、多くを持つ人間にだけの悩みは確かにある。

 人間の中には無いものねだりが多い。

 しかし、あるものばかりの人間も居て、そしてその人達だけにしかわからない悩みもあるのだ。



「確かに私の家はお金を持っているわ……それは両親が努力をした結果だし、私が成績が良いのも基礎となる勉学を疎かにしていなかったから、容姿が良いのは両親に感謝するだけなのだけれど、スタイルが良いのは食事にも気を付けているから、適度な運動もしているわ」


「さらりと自慢が混ざっていた気がしないでもない……」


 真剣な話の最中にも、自分を褒めることを忘れない彼女に、思わず言葉を挟んでしまう。

 けれど、何も気にしていないと言わんばかりに彼女は言葉を続けた。


「全てが生まれ持った才能という訳ではないのに、周りはそれを才能だと言い張る……自分と私の差なんてほんの少しの差なのに、それを認めない」


 彼女の周りで、多く言われていた言葉を思い出す。

 天才、才能、元から違う、お金持ちだから……


 確かに、彼女の生まれ持った天性のものだから、自分たちとは違うのだと答えを出していた言葉が多かった。

 彼女だけではない。


 雫や優斗の周りでも、似たような言葉を耳にすることがある。


 あまりにも近い距離にいて、言われ続けていた言葉だけに深く考えることはなかった。

 彼女たちが、そんな普段から言われ続けていた言葉で傷ついていることに。




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