第十四章 想いと答え4
腰を下ろした芝生の上で、空を見上げると寄りかかった木が、夏の訪れを感じさせるほどの強い日差しを遮ってくれていた。
そこへ風がふわりと草木を揺らすように吹く。
風に乗り少しだけ香る芝の香りが、心を落ち着かせる。
……悪くない。
久しぶりにこの場所へ来たが、ここは一年の頃はよく訪れていた。
学園内の数少ない癒しスポットとして、個人的に認定していたのを思い出す。
「地べたに座らなくても、シートも用意させているのに」
「こういうのは直接座るから良いんだよ……」
隣から綺羅坂が声を掛けてきた。
彼女は立ったまま、見下ろすように言った。
もう少しで、彼女のスカートの中が見えてしまいそうなことは黙っておこう。
見えそうで見えない、なんとも絶妙な立ち位置である。
視線を綺羅坂から前に戻して、今一度周りを見渡す。
ここは桜ノ丘学園の中庭の一番端っこ。
一本だけポツンと植えられた木の下に俺と綺羅坂はいた。
いた……というよりかは、自ら訪れたという方が正しい。
映画鑑賞を終えると、俺は綺羅坂の宣言通り昼食を半強制された。
荷物を奪われ、腕を引かれてここへ来た。
途中、綺羅坂から雫に何か話をしていたようだったが、何か交渉でもしていたのだろうか。
でなければ、雫が黙って俺と綺羅坂が二人になる状況を見逃すはずがない。
この先も面倒なことがあるのかもしれない可能性に、おもわず溜息を零したくなる中で連れてこられたのがこの場所だった。
生徒会室で発見した、あの写真と同じ場所。
あの時と同じで、生徒の姿は近くにはない。
人気の中庭も、ここまで端っこだと生徒もあまり来ることはない。
その手前に、昼食用で毎日中庭に設置されているテーブルがある場所があるのだから。
そこからはだいぶ離れているこの場所は、完全に俺と綺羅坂の二人きり。
閑散とした空間が、やけに懐かしく感じた。
「なら、私も同じように座ろうかしら」
「……汚れるぞ」
「あなたがそれを言うのかしら?」
クスクスと口元に手をやり、微笑を浮かべる綺羅坂は隣に腰掛けた。
足を少しだけ横にずらして座る、いわゆる女の子座りだ。
気が付いたのだが、座り方と座る位置も含めて写真とまるで同じだ。
彼女はこの場所を選んだのだろうか。
暫しの無言が続く。
念のため、楓特製弁当を持ってきてはいるが、綺羅坂がいつの間にやら昼食の手配をしていた。
何故だろう……俺達の少し後ろに白色の特徴的な服を着たシェフがいるのだが……。
そして何故だろう……何もない芝生の上に鉄板やらオーブンやらが設置されているのは。
「あまりこういうのは好きではないのだけれど」
「こういうの?」
「ええ、お金持ちアピールというのかしら?でも、あなたは気にしないみたいだし」
確かに、綺羅坂は超が付くお嬢様のはずなのにその片鱗を見せる所を見かけない。
言ってしまえば豪勢な弁当と毎日送り迎えくらいだ。
あえてそう見せているのかと思っていたが、彼女なりに気にはしていたらしい。
「気にしたところで何か変わるわけでもないだろ……」
「人は自分にないものを妬む生き物よ……周りに何を思われようが構わないけれど、あなたに不快に思われるのだけはごめんだわ」
恥ずかしがる様子も見せず綺羅坂は、後ろに控えるシェフに視線を送る。
俺には決して言えないことをさらりと言えるところが、彼女の凄いところだ。
綺羅坂が視線を送ってから、後ろが慌ただしくなる。
おそらく、すぐに料理が運ばれてくるのだろう。
普段は、俺も綺羅坂も弁当を持参している。
てっきり、弁当を一緒に食べるのかと思ったのだが、この場では食べないらしい。
せっかく楓に作ってもらった弁当がもったいないとは感じたが、後で食べればいいかと自分の弁当はしまうことにした。
給仕担当の服装が一人だけ異なる女性が、俺達の前に出来上がった食べ物を置いていく。
「勝手だけれど、軽めでお願いしたの」
出てきたのは、色鮮やかな具材が沢山挟まれたサンドイッチ。
大食いでもないので、これくらいでも丁度いい。
それに、芝生の上で食べるならむしろこっちの方が合っている。
「……俺は頂く側だからな、文句は言わんよ」
いただきます、そう一言添えてから手に取る。
一口かぶりつくのを眺めてから、綺羅坂は話し始めた。
「ここは真良君も良く来るの?」
「”も”?……普段から綺羅坂が来ているみたいな言い方だな」
気になり、そう問いかける。
彼女が俺達の傍にいる以外の時間、どこで何をして過ごしているのか聞いたことがなかった。
それ故に、彼女のちょっとした言葉の使い方で気になった。
「ここは私にとって大事な場所だもの……」
寂し気な瞳で発した声は、何かを思い出すかのように聞こえる。
ただ、それが何なのか……。
仮に俺と出会った時のことだとしても、未だ思い出すことが出来ない。
黙ったまま、静かに彼女の言葉に耳を傾ける。
「別にあなたに無理にでも思い出してほしいとは言わないわ……ただ記憶になくとも無かったことにして欲しくないの」
自傷気味に綺羅坂は笑って見せた。
俺が覚えていないことを、当然だと思っているかのように。
けれど綺羅坂は、そう言うと記憶を頼りに言葉を紡いだ。
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