第十四章 想いと答え6




 なんて言葉を掛けるべきなのか。

 少し体を動かして手を伸ばせば届く距離だとしても、果てしなく感じる両者の間で考える。


 でも、頭には何も浮かばない。

 いつもそうだ。


 肝心な時に、重要な場面において良い言葉が浮かばない。

 普段は周りから冷めた視線で見られるくらいに、ぺらぺらと言葉が出てくるのに。


 ……俺には分からない。

 彼女のような悩みを抱えたことも、それ以前に考えたことがない。


 人は言われたこともなく、体験したこともない言葉や状況に理解を示すことは難しい。

 当然、俺も例外ではない。


 無理やりにでも言葉を浮かべて言ったとしても、不用意な言葉は相手を下手に安堵させて期待だけ持たせるだけだ。


 ならいっそ、相手に何も期待させない言葉だとしても、取り繕った言葉よりも相手のためになるのではないだろうか。


「正直、俺には分からないってのが本音だ……」


 曖昧に言葉を濁すことなく、ハッキリと告げる。


 俺の言葉を無責任や考えることの放棄と言うかどうかは相手の判断に委ねるしかない。

 しかし、俺の知っている綺羅坂怜という女性は、少なからず俺を理解している人物だ。


 二年生に進級してからという、限定的な条件を付けるとすれば幼馴染の雫よりも近い距離で俺を見て、観察をしてきた生徒だ。

 


 ここで急に歩み寄るような、同情するような対応を見せるのは、綺羅坂怜が”特別”と言っていた俺ではないのだろう。

 だから、ブレることなく自分を貫く。


 たとえこの選択が間違っているとしても、自分勝手な押し付けだとしても。



 だからこそ考えなくてはならない。

 俺にとっての特別とは何かを。


 間違いなく最初に浮かぶのは家族であり、雫であり、長い年月を共に過ごしてきた人のことを特別というだろう。


 でも、彼女が今まで言われ続けてきた特別という言葉はこれとは異なるはずだ。


 


 だからこそ彼女に言わなければならない。

 分からないからこそ、彼女とは全く違う道を歩んできたからこそ……


 理解することが難しい俺だからこそ言える言葉があるはずだ。



「……でも、確かに才能って言えばいいのか、それがあるのも事実だ」


「……」


 天才と凡人の違い。

 人としてのスペックの違いは誰が何と言おうと存在する。


 この考えだけは、だれに何を言われようと、どれだけの時間が経過しようと変わらないだろう。


 努力では決して埋めることのできない、確かな壁がある。

 いくら勉強を、スポーツを、芸術を、様々な分野で努力を重ねたところで、必ずしも限界点がある。

 

 だからこそ、夢を追い、挫折する人間がこの世には数えきれないほどいる。

 努力ではどうしようもない差が、確かにあるのだ。


「綺羅坂は傍から見れば特別な人なのは否定も出来ない事実だ……むしろ否定的な意見を上げる方が難しい。それがお前にとって嫌だと分かっていても」


「そう……」


「でもな」


 でも、それが答えではない。

 手に持っていた残りのサンドイッチを頬張ると、差し出されたお茶と一緒に流し込む。


 その勢いのまま、言葉を続けた。


「でも……それだけのことだ、成績が優秀だから偉いわけでも、社長の娘だから特別な訳でもないだろ」


 自分にないものを妬んだところで、何かが変わるわけでもない。

 行動に移して、その末の結果を手に入れない限り、何も変わらないのは小学生にだって分かるはずだ。


 何もしなくても世界が変わるだなんて、ただ傲慢な考えなだけだ。


 つまり、俺が何かを言えるとしたら、周りからの言葉を気にするなということだけだ。

 ただ、自分にないものを持っているが為の、妬みでしかないと。


 まあ、俺が言えたことではないのだろうけれども。


 一人、薄らと苦笑いを浮かべていると、隣で綺羅坂は顔を逸らすように横を向いていた。


「考え方を変えることだな……人の持ってないものを持ってるとかお得だろ」


 我ながら安っぽい言葉だ。

 普段からあれやらこれやら言っておきながら、語弊力の無さを感じた。


 彼女からすれば、俺の言葉は詭弁なのかもしれない。

 でも、今の俺に言えることはこれだけだ。


「……ふふ、そうね」


 こちらに視線を戻した綺羅坂は、少し憑き物でも落ちたような表情で言った。


 冷たい視線と声音で返事をされなかっただけ、彼女への印象は悪くなかったのだろうか。

 それにしても、彼女の先ほどの会話の中で出てきた一言が気になり問い変えた。


「それにしても、随分と俺は綺羅坂に気に入られているんだな……」


 いくら彼女を周りのように過剰な特別扱いをしないとしても、理由にしては弱い気がする。

 美少女に気に入られるのが、そんなに簡単なはずがない。


 俺の問いかけに、綺羅坂は顎に手を当てて思案顔をするとこう言った。


「私も真良君ほど特定の人にここまで興味を持つのは初めてね……今となっては理由がぼんやりと分かり始めているのだけれど」


「へえ……その理由は?」


 ほのめかす様な言葉に、思わず食い気味で聞いた。

 けれど、返ってきたのは答えとも言い難い言葉だった。


「今の私に足りないものがあるとすれば、それは青春時代の醍醐味ともいえる恋だと思うの」


「恋ねえ……」


 何を言い出すのかと思えば、最も彼女らしからぬ発言だ。

 青春や恋など、ほど遠い孤高な高校生活を送っているのに、そんな発言が出るとは。


 呆れ交じりの返事に、彼女は真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「不本意ながら神崎さんと真良君を見ていて、私が前から感じていた違和感にも似た気持ちに答えが見えそうなのよ」


 不本意ながらね……最後にもう一度だけ付け足すように綺羅坂は言った。

 そこまで、雫を敵視しなくてもいいだろうと幼馴染だからか思ってしまった。


 まあ、女子は男子よりも複雑な人間関係が形成されていると聞くし、彼女たちの関係も例外ではないということだろう。


「だから、週末に私とデートをするわよ」


「嫌だ」


 ランチに誘われた時と同様に、既に決定事項のように彼女は言ったのだった。

 表情から、声から、態度から、断ることが難しいと瞬間的に思ってしまった時点で今回は避けようもないイベントなのだろう。


 言葉では拒否を示していたのだが、彼女はどんどんと話を進めていく。

 日時や場所、服装に関しても何か楽しそうに呟いている。


「では、私はデートの準備があるから今日は帰ることにするわ」


「おいおい……午後の授業はサボりかよ」


 身を翻して、足取りを軽くこの場から綺羅坂は去っていく。

 最後に一度だけ振り返った彼女の表情は、僅かに見逃してしまうほどだが、微かに笑みを浮かべていた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る