第十二章 準備と違和感5


「あの……綺羅坂さん、俺達の班のことで相談があるんだけど」


「…………」


 班員の一人が、勇気を出して話しかける。

 控えめな声量と表情が、彼の心情を物語っていた。


 綺羅坂は目線を手元の文庫本から一度上げると、生徒と視線が重なる。

 冷たく、見つめられているほうが凍えてしまうと錯覚してしまう瞳に、思わず一歩だけ生徒が身を引く。


「……何かしら?」


 澄んだ声で、彼女は短くそう問いかけた。

 それを皮切りに、男子生徒は安心したかのように話を始める。


 それも見ていて、少しハラハラした気持ちになっていたが無用だったようだ。


 彼女もこの数か月で間で、見知らぬ人とそれなりに接してきた。

 耐性とまでは言わないが、人間関係にも多少は慣れたのだろう。


 俺が視線を彼女の方から前に向けようとしたときに、声は聞こえてきた。


「もしよかったら、今回の実習のことで連絡を取りたいから連絡先を教えてくれないかな!」


「嫌よ」


 

 教室全体が、クラスメイトの大半が二人の会話を静観していた。

 この場面で、綺羅坂がどのような反応をするのか。


 しかし、返ってきた言葉はあまりにも短い。

 即答かよ……



 おそらく班を代表して言ったのだろう男子生徒は、笑みを固めたままその場に立ち尽くす。

 なんと言えばいいのだろうか……ドンマイ。


 あるよね、そういう展開。

 連絡先を聞き出す口実としては悪くなかったのではない。


 実際、この先で実習の班での連絡は必ず必要になってくる。

 それがスマホを使った連絡手段であり、直接的な会話であり。

 連絡先の交換をしないにしても、何かしらの連絡手段を確立しておくのは正しい判断だ。


 だからこそ、ある程度の勝率、教えてもらえるという可能性を持ち話しかけ、あっさりと断られた生徒の心境たるや……

 まあ、相手が相手だ。


 常に予想の斜め上の行動や言動をする綺羅坂という生徒だからこそ、彼女らしいと思ってしまう。



 あっけなくクラスメイトの前で散った男子生徒は、しょんぼりと肩を落として席に戻っていく。

 代わりに次の男子がアタックをかけるが、それも即座に玉砕していた。


 では、誰があの難壁を超えるのか。

 目の離せない試合展開に、思わず息を潜めていると綺羅坂がカツカツと音を鳴らしこちらへ歩き近づいてくる。


「……どうした?」


 試合はまだ終わってないぞ?


 俺の問いに綺羅坂はうんざりしたかのように溜息を零して、言った。


「少し外の風を浴びたいわ、あなたも一緒に来てちょうだい」


「え、嫌だよ」


 自分で彼女のことを言っておいてなんだが、即答だった。

 先ほどの綺羅坂に負けず劣らずの、有無を言わさぬ超速攻。


 考えることもなく、気が付いたら言葉が口から出ていた。

 これが反射行動ってやつか……


 近くのクラスメイト達は、その返答に唖然といった様子で口を開けて俺たちを見ている。

 綺羅坂も怒ることなく、クスクスと小さく微笑み無理やり俺の手を取り歩き出した。


 ……強制参加ならそう言ってもらいたい。

 笑いながら引っ張られるとか怖すぎる。


「先生、生徒会長に今回の実習に必要な書類を受け取ってきます」


「え、あ、ああ、分かった」


 ほら、先生も困っているではないか。

 生徒が勝手に授業中にいなくなるとか、どこの不良少女?


 完全になされるがままの状態で教室から出ようとした時、教室内から一人の声が発せられた。


「私も会長に頼んでおいた申請用紙があるので取ってきてもいいですか?」



 雫だ。

 会長からは、申請用紙などあるとの話は聞いていないのだが、完全に俺たちの後をついてくるための口実に会長を使うなよ……


 小走りで追ってきた雫と、俺達二人は当然ながら生徒会室ではなく、二棟の屋上へと続く階段を進んだ。

 最後に、教室のドアから見えたのは、こちらを羨ましそうに見ている生徒の中で、一人だけ物思いにふけたような表情をしている優斗の姿だった。


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